第17話:兵糧の国
神話級のバーベキューで王都がパニックに陥った、その翌日の夜。
王城の奥深くにある、厳重な防音結界が張られた秘密会議室に、タロウ、アレン、セシリア、クロエの四人が呼び出されていた。
「夜分遅くに申し訳ありません、偉大なる御方」
昼間のスライディング土下座の勢いはどこへやら、国王と騎士団長レオナルドの顔は、死人のように青ざめ、深刻な影を落としていた。
「実は……あなたにお願い、いえ、ご報告があります。我が国は現在……戦争寸前なのです」
「えっ、誰と?」
食後のハーブティーを啜っていたタロウが、キョトンと首を傾げる。
レオナルドが重々しく口を開いた。
「敵は隣の『穀倉帝国グランベル』。世界最大の穀倉地帯を持つ国です」
「農業の国なんだ! いいね、話が合いそう!」
「合いません! あの国が輸出を止めれば、周辺の三つの国が飢えます。現に我が国の食料の『七割』はあの帝国からの輸入です。それが今日、突然『輸出停止』を通告されました」
セシリアが、苦々しい顔で補足する。
「……無理もないわ。我が国は長年、北部から押し寄せる魔物災害の防衛に、国家予算と人員のほとんどを徴用してきた。結果として農地は荒廃し……自国だけで民を食わせる力がないのよ」
「問題は、輸出停止の『理由』なのです。帝国はこう言ってきました。『飢え死にしたくなければ……勇者アレンを我々に差し出せ』と」
会議室の空気が、ピシッと凍りついた。
全員の視線が、部屋の隅で静かに控えていたアレンに集まる。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!!
その時、会議室の分厚い扉が外から激しく叩かれた。
「お、お待ちください! 現在会議中——」
「どけぇっ!!」
兵士の悲鳴が響き、バンッ!!と扉が乱暴に蹴り開けられた。
他国の王城の最奥に、外交の礼儀など一切無視して強引に侵入してきたのは、豪華なローブを着た傲慢な男——穀倉帝国グランベルの使者だった。
「我が帝国の要求は一つ! その勇者を引き渡せ! さもなくば食料輸出を永久停止し、貴様らの国の民を一人残らず飢え死にさせてやる!」
使者の冷酷な脅迫が響き渡る。
反論できない国王が、ギリッと唇を噛み締めた。輸入が止まれば、確実にこの国に飢饉が訪れる。
重苦しい沈黙の中。
スッ……と、アレンが静かに前に出た。
「……私を渡してください」
「アレン!?」
セシリアが叫ぶ。しかし、アレンの瞳には一切の迷いがなかった。
「私は剣だ。国を守るための道具に過ぎない。私の身一つで国が救われ、民が飢えずに済むのなら……それでいい」
それは、人類の希望として生きることを運命づけられた『勇者』の、あまりにも悲壮で、気高い覚悟だった。
国王もレオナルドも、アレンの自己犠牲を前に涙を流し、うなだれるしかない。
誰もが絶望と感動に打ち震えていた、その時だった。
「……え? なんで?」
間抜けな声が、シリアスな空気を跡形もなくぶち壊した。
全員が振り返ると、タロウが本気で意味がわからないという顔をして、帝国の使者とアレンを交互に見ていた。
「ええと……食べ物がないから、アレンをあげるの?」
「そうだ! 貴様らには、自国で食う飯を育てる力などないからな!」
使者が勝ち誇ったように鼻で笑う。
タロウはしばらく沈黙し。
「変なの」
ポツリと、心の底から不思議そうに呟いた。
「食べ物がないから戦争? 人を身売りする?……なんだ、そんなことか」
タロウは立ち上がり、背中に愛用のクワを担いだ。
そして、ニカッと無邪気な笑顔を浮かべる。
「じゃあ、作ればいいじゃん」
「…………は?」
使者を含め、会議室の全員の思考が完全に停止した。
「な、何を言っている! 国の全食料だぞ!? 荒れ果てたこの国の死んだ土で、どうやって何十万人分もの食料を賄うつもりだ!」
「うん。だから、この国の食べ物、全部俺たちが作るよ。アレンは俺の大事な弟子だから、絶対にあげない」
タロウはクワを握り直し、静かに、だが確かなプライドを持って言い放った。
「農家がいるのに、誰も飢えさせないよ」
その言葉に、クロエが呆れたように小さく呟く。
「……この人、国家戦略を畑感覚で言ってる」
「……でも」
セシリアは窓の外——荒れ果てた王都の土を見つめながら、フッと笑みをこぼした。
「出来ちゃうのよね、この人なら」
使者はワナワナと震え、タロウを指差した。
「……正気か、貴様。帝国の、世界最強の農業に勝つつもりか?」
タロウは麦わら帽子をくいっと上げ、満面の笑みで答えた。
「うん」
——一人の社畜農家が、最強の農業大国に「畑」で堂々と宣戦布告をした瞬間だった。




