第15話:王都からの招待状(※町内会のバーベキューだと思っています)
早朝。
死の森の奥深くにあるログハウスの前に、鎧の男が白目を剥いて倒れていた。
鎧はボロボロ、剣は折れ、全身に無数の魔物の爪痕。誰が見ても一目でわかる『死の森を突破してきた顔』だった。
「うわっ、大丈夫!? こんな朝早くから熱中症かな?」
早起きして畑の様子を見ていたタロウが、慌てて男を抱き起こす。
「ほら、冷たい麦茶飲む?」
タロウは縁側から持ってきたコップの麦茶を、男の口に流し込んだ。
ゴクリ。
その瞬間——。
(……な、なんだこの神薬は……!?)
男の瞳孔がカッと開き、失われていたHPと魔力が一瞬で完全回復した。
それどころか、砕けていた鎧のヒビがパキパキと音を立てて元に戻り、折れた剣までもが新品同様に再生していく。
騎士は震える手で、懐から『王家の封蝋』が押された手紙を差し出し——直後、横で呑気に寝ていた三つ首のケルベロス(ポチ)と目が合った。
三つの頭が同時に、コトン、と不思議そうに首を傾げる。
男は再び泡を吹いて気絶した。
「あれ? また寝ちゃった。行き倒れかな?」
タロウは首を傾げながら、豪華な手紙の封を切った。
『偉大なる御方へ。あなたの絶大なる力は、すでに我々の知るところとなりました。どうか王都にお越しいただき、我々に忠誠を示す機会をお与えください』
それは、国王からの正式な文書。事実上の『完全降伏』と『命乞い』の儀式への招待状だった。
しかし、タロウの平和すぎる脳内フィルターを通すと、その文章はこう翻訳された。
『最近引っ越してきたタロウさんへ。今度、町内会の親睦会をやるので、ぜひ遊びに来てくださいね!』
「おお! ご近所付き合いの誘いだ!」
タロウはパァァッと顔を輝かせた。
「越してきたばかりだし、こういう寄り合いは顔を出しておかないとね!」
その背後で、一部始終を見ていたセシリアとクロエが顔を見合わせた。
「……国王陛下、完全に降伏してるわね」
「……ええ。タロウが王城の前でクワを振れば、国が地図から消えるもの」
二人が胃痛を堪えていると、無表情の勇者アレンが一歩前に出た。
「私が同行しよう」
アレンは真顔のまま、背中にクワを背負って言い放った。
「万が一、愚かな王が師匠の機嫌を損ねた場合——私が王を斬る」
「アンタ勇者よね!?」
セシリアの悲鳴のようなツッコミが朝の森に響いた。
***
「町内会に行くなら、手土産が必要だよね」
タロウはそう言うと、畑に向かってご自慢の野菜を収穫し始めた。
朝露に濡れて輝く真っ赤なトマト。
はち切れんばかりの巨大なキャベツ。
大地のエネルギーを内包した大根。
そして、甘い香りを放つイチゴ。
(……王国の財政が崩壊するレベルの価値よ、それ)
セシリアは、木箱に山積みされていく『神話級回復アイテム(※野菜)』を見て遠い目をした。
「……国宝級ね」
クロエも静かに頷く。
「よし! 出発だ!」
タロウは手作りの木製リヤカーに野菜の木箱を積み込んだ。
「わふっ!」
動力源として括り付けられたポチが、三つの頭で楽しそうにハアハア言いながらリヤカーを引く。
その横には、白銀の軽鎧を着た勇者アレンが、完全に『露払い』として真顔で並び歩いている。
「ピクニックみたいでワクワクするね!」
「……ねぇクロエ。これ、どう見ても王都侵攻じゃない?」
「……ほぼ凱旋よ」
「誰の」
セシリアの的確なツッコミを背に、人類史上で最も恐ろしく、最もシュールな集団が王都へ向けて出発した。
***
その頃、王都。
王城の玉座の間は、お通夜のような絶望的な空気に包まれていた。
「報告します! 死の森の主が動きました!」
伝令の絶叫に、国王と重臣たちの顔面から血の気が引く。
「現在、まっすぐ王都へ向かってきております!」
「なんというスピードだ……! まさか、もうわしの『招待(命乞い)』に応じてくださったというのか!?」
国王が滝のような冷や汗を流す。
宮廷魔導士が震える声で言った。
「陛下……死の森の主が本気を出せば、王都の防衛結界でも三分ともたないでしょう」
騎士団長レオナルドが、悲壮な覚悟で前に出た。
「陛下……結界が破られる前に、我が騎士団が全軍を挙げて『迎撃』いたしますか?」
「バカか!!」
国王は玉座から身を乗り出して絶叫した。
「わしが今しがた招待したばかりだぞ! 貴様、国を滅ぼす気か!! 全軍、最敬礼で出迎えの準備を急げ!!」
***
一方、王都の巨大な正門。
前線の門番たちは、地平線の彼方から土煙を上げて近づいてくる『異常な集団』を見て、完全にパニックに陥っていた。
「おい、見ろ……! し、神話級魔獣ケルベロスが、ボロい荷車を引いてるぞぉぉッ!?」
門番Aが槍を取り落として絶叫する。
「い、いや待て! あの横を歩いているのは……行方不明になっていた、人類最後の希望、勇者アレン様だ!!」
門番Bが身を乗り出す。
「なんと! 勇者様が、あの魔獣たちを捕らえたのか!?」
歓喜に湧きかける門番たち。
しかし、集団がさらに近づき、その光景がはっきりと見えた瞬間——。
荷車を引くケルベロス。
その横で、白銀の勇者アレンが水筒を取り出し、コップに冷たい麦茶を注いでいた。
そして、荷車に乗った『麦わら帽子の男』に向かって、深々とお辞儀をして麦茶を差し出しているではないか。
「……ゆ、勇者様が……」
門番Bが、泡を吹きながら後ずさる。
「麦わら帽子の男に、お茶を淹れてるゥゥゥ!!!」
「敵襲だぁぁぁ!! 勇者様が洗脳されているぞォォォ!!」
ウゥゥゥゥーーーッ!!!
門番が勘違いのまま、王都中にけたたましい『防衛サイレン』を鳴り響かせた。
「わあ、すごい音!」
リヤカーの上のタロウが、目を輝かせる。
「さすが王都の町内会! 歓迎のファンファーレもド派手だね!」
「…………」
「…………」
背後のセシリアと、いつの間にか門番たちの死角に立っていたクロエは、無言でそっと胃薬をかじった。
一方、防衛サイレンを聞いた王城。
「アホかぁぁぁ!! 誰がサイレンを鳴らした!! 偉大なる御方が怒って国が消滅するぞ!!」
国王とレオナルド団長が、涙目で城の階段を駆け下りていた。
「おい門番!!」
「誰だサイレン鳴らしたのはァァ!!」
「新人です!!」
——最強の農家の来訪により、王都は最悪のすれ違いパニックへと突入したのだった。




