第12話:勇者アレン、死の森へ(※真理の神眼が農作業を必殺技と誤認する)
「魔王討伐など、決して口にしてはならん! あれは……我々が触れてよい御方ではないのだ……ッ!」
王城の玉座の間。
数日前の『死の森』への遠征から帰還した国王は、震える声でそう宣言した。
「なっ……!?」
居並ぶ兵士や貴族たちがざわめく。
数万の軍勢を率いて出陣したはずの王は、なぜか魔王に心酔し、すっかり戦意を喪失していた。
「王は、魔王の精神支配(洗脳)を受けたようだな」
ざわめきの中、静かに進み出た一人の青年がいた。
氷のように冷たい銀色の髪。無駄な装飾を一切排した白銀の軽鎧。
彼こそが、王国史上最強にして人類最後の希望——勇者アレン(18歳)である。
「勇者様! 勇者様なら、あるいはあの魔王に勝てるやもしれません!」
すがるような兵士たちの声に、アレンは表情一つ変えずに頷いた。
「了解した。私が単身で斬る」
短く一言だけ告げ、王国最強の剣は『死の森』へと歩みを進めた。
死の森の入り口。
アレンを案内してきた兵士たちが、突如として悲鳴を上げた。
「ひぃっ! ギガントオーガだ! まずい、Sランクの魔物が森からあふれ——」
ヒュンッ。
アレンが一歩、無造作に踏み込んだ。
ただの一閃。
次の瞬間、見上げるほど巨大なギガントオーガの首が、音もなく地面にずんっ、と落ちた。
「み、見えなかった……」
腰を抜かす兵士たちを背に、アレンは剣に一滴の血すらついていない白銀の刃を鞘に収めた。
「雑魚だ。お前たちはここで待機しろ」
(行くか)
アレンは森へ足を踏み入れ、自身の持つ最強のスキル『真理の神眼』を発動させた。
あらゆる魔力、オーラ、敵の弱点を視認し、未来の勝率すら弾き出す究極の眼。
(……魔力密度が異常だ。森全体が、巨大な魔力の海になっている)
アレンは冷静に分析しながら、森の奥へと進む。
やがて、丸太で作られた巨大な家の庭先に到達した。
(……見つけたぞ)
庭の隅で、三つ首の巨大な犬が昼寝をしていた。アレンの神眼が即座に解析する。
【解析結果:神話級魔獣ケルベロス。危険度:都市壊滅レベル】
(魔王の配下か。だが、斬れる)
さらに、そのケルベロスの頭の上には、一羽の赤い小鳥がとまって「ピィ」と間抜けな声で鳴いていた。神眼が、その愛らしい小鳥の正体を無慈悲に暴き出す。
【解析結果:神話級霊鳥フェニックス。危険度:不滅の厄災。特性:無限の再生と極大炎熱】
(……馬鹿な。不死鳥だと? 神の使いとされる霊鳥までが、何故ただの小鳥のように……!?)
少しだけアレンの計算が狂い始める。
さらにその奥。漆黒の鱗を持つ巨大な竜が丸くなっている。
【解析結果:終焉の黒竜。危険度:世界災害レベル】
「……撤退を!」と幻聴のように兵士の悲鳴が脳裏をよぎるが、アレンは強靭な精神力で冷静さを保った。
(……厄介だが、問題ない。私の剣の敵ではない)
アレンはこれまで「負ける未来」を見たことがなかった。
彼にとって、戦いとはただ『神眼が導き出した勝利のルート』を完璧になぞるだけの作業なのだ。
そして——ついに、元凶たる標的を見つけた。
ログハウスの前の畑。
麦わら帽子を被り、首にタオルを巻いた男が、のんびりと畑を耕していた。
【右】『あ、ご主人様! 遊んでー!』
「わふっ!」
先ほどまで庭で昼寝をしていたケルベロス(ポチ)が、千切れるほど尻尾を振りながら男の足元に駆け寄り、ゴロゴロと甘え始めた。
男は「はいはい、後でね」と、神話級魔獣の頭を無造作に撫でている。
(……馬鹿な。あの厄災が、完全に服従しているだと……!?)
アレンは気配を完全に殺し、必殺の間合いへと静かに忍び寄る。
そして、男の背中に向けて『真理の神眼』を最大出力で発動させた。
——その瞬間。
アレンの思考が、完全に停止した。
【解析結果:魔力量/測定不能(ERROR)】
【オーラ:世界樹クラス(大自然の奔流)】
(な、なんだ……この男は!?)
ただ立っているだけだというのに、アレンには男の背後から『宇宙の理そのもの』が噴出しているように見えた。
男が「よいしょっと」と、無造作にクワを振り上げた。
【神眼解析:回避不能の完全神撃。致死率100%】
(……ッ! ただの振りかぶりに、一ミリの隙も存在しないだと!?)
アレンは額に冷や汗をにじませながらも、奥歯を噛み締め、思考を強制的にクリアにした。
(落ち着け。相手のオーラが規格外で解析不能なら、戦術を再構築するだけだ。まずは距離を取り、魔法剣での牽制から——)
アレンが天才的な頭脳で次の一手を構築しようとした、次の瞬間。
男が「ふんっ」と、土から大根を引き抜いた。
【神眼解析:地脈破壊技。大地のエネルギーを掌握】
(——無理だ)
構築しかけた戦術が、瞬時に瓦解する。
(たった今……大地の根源を、素手で引っこ抜いたぞ……!?)
さらに男が「パンパン」と、足で土を踏み固めた。
【神眼解析:地形操作技。空間座標の書き換え】
(大地が……奴の意思で改変されている……!)
上段からの斬り下ろし。死。
死角からの刺突。死。
魔法剣による遠距離攻撃。死。
一歩でも近づけば、死ぬ。
神眼がアレンの脳裏に突きつけた冷酷な結論は——【勝率:0%】だった。
王国最強の勇者は、剣の柄に手をかけたまま、完全に硬直していた。
氷のように冷たい無表情の顔。しかし、その背中からは滝のような冷や汗が流れ落ちている。
(……この空間そのものが、すでにあの男の支配下なのか……!)
張り詰めた恐怖で、アレンの呼吸が止まりかけた、その時。
「あれ? お客さん?」
麦わら帽子の男が振り返り、呑気な声で話しかけてきた。
勇者アレン。
王国最強の剣は今——ただ畑仕事をする男に、完全敗北していた。




