第11話:目覚めし魔王の慈悲(※ブラック企業の研修と勘違い)
ギィィィ……。
ログハウスの木の扉が開き、寝癖をつけたジャージ姿の男——タロウが姿を現した。
【右】『あっ、ご主人様起きた!』
【中央】『やべ、遊び終わりだ』
【左】『もう一回岩投げてほしかったな……』
その瞬間、あれほど猛り狂っていた三つ首のケルベロスは耳をペタンと寝かせ、終焉の黒竜も「キュゥン……」と子犬のように鳴いておとなしく伏せた。
彼らにとって、タロウの「寝起き(低血圧)」は何よりも恐ろしいのだ。
数万の王国軍が沈黙した。
誰もが、世界の終わりを覚悟していた。
一方、タロウは目をこすりながら、目の前に広がる光景をぼんやりと見渡していた。
庭を埋め尽くす、泥だらけでボロボロの数万の集団。重そうな金属の装備を背負い、最前線にいる初老の男(国王)に至っては、剣を杖代わりにして今にも倒れそうだった。
(うわぁ……すごい人数だ。しかもみんな泥だらけで、目が完全に死んでる……。あの目……完全に三徹の新人だ)
前世で幾度となく地獄の労働環境を見てきたタロウは、彼らの境遇を瞬時に「理解」した。
(なるほど。最近の企業は、わざわざこんな山奥で『過酷なサバイバル研修』とかさせるんだな。連帯責任で限界まで歩かされてるんだろうな。かわいそうに……ブラック企業は本当に滅ぶべきだ)
タロウの目に浮かんだのは、怒りでも殺意でもなく、深い『同情』だった。
タロウはしばらく悩むように腕を組んだ。
そして、ポンと手を叩いた。
「お疲れ様。山での研修は体力勝負だし、そのままじゃ倒れちゃうよ。ちょっと待ってて」
タロウは踵を返し、ログハウスの中へ戻っていく。
「な、何をする気だ……」
「我々を、魔法の生贄にするための準備か……ッ」
「……おい見ろ。魔王が、菓子を配っている……?」
兵士たちがざわめき震える中、タロウは大きなカゴを抱えて戻ってきた。
「はい、これ。甘いものでも食べて、休んでいきなよ」
タロウが国王の前に差し出したのは、女神の畑で採れたサツマイモで作った、黄金色に輝く『特製スイートポテト』だった。
湯気を立てるそれは、信じられないほど甘く暴力的な香りを放っている。
「我々に……毒を飲めというのか……」
国王は震える手でスイートポテトを受け取り、自らの死を覚悟して一口かじった。
——その瞬間。
疲労困憊で極限状態にあった国王の脳細胞に、異世界の強烈な甘味が、優しく、そして激しく染み渡った。
それは味だけではなかった。
「敵」であるはずの絶対的強者に優しくされたことが、何よりも王の胸を強く打ったのだ。
「…………ッ!!」
張り詰めていた緊張の糸が完全に切れ、国王の目からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「う、うおおおおん……ッ!」
大国の王が、泥だらけの地面に座り込み、スイートポテトを両手で持ちながら子供のように号泣し始めた。
「えっ、そんなに泣くほどお腹空いてたの!? 朝ごはん食べてないの!?」
慌てるオカン全開のタロウの横で、クロエがヨダレを垂らしながら真顔で言った。
「その黄金の菓子……暗殺対象より優先する価値がある」
背後では、終焉の黒竜もスイートポテトをじっと見つめていた。
タロウは泣きじゃくる国王の背中を、優しくさすりながら言った。
「ブラック企業の研修って大変ですよね……無理しないでくださいね」
「……ッ!(号泣)」
絶対的な力で蹂躙できるはずが、最後は敗者に底知れぬ慈悲と施しを与える魔王。
その神々しい姿を前に、数万の兵士たちはただ畏敬の念に打たれ——
数万の兵士が、ただ静かに頭を垂れた。
後に王国史は、この日をこう記す。
——『魔王の慈悲の日』と。




