第10話:王国軍、死の森へ(※魔王は昼寝中)
王国歴五百年の歴史において、これほどの危機はかつてなかった。
『死の森』に君臨する絶対的な魔王。
配下には神話級の厄災ケルベロスと不死鳥を従え、さらには王国の最強騎士と最強暗殺者すらも魔王の軍門(※農作業担当)に下った。
そして極めつけは、数日前に森へ降り立った『終焉の黒竜』である。
「もはや、座して世界が滅びるのを待つわけにはいかん……!」
国王は自ら建国神話に伝わる『聖剣』を抜き放ち、決死の覚悟で数万の王国全軍を率いて死の森へと進軍した。
「余の命に代えても、民だけは護り抜く! 全軍、突撃ィィィッ!!」
王の悲痛な叫びと共に、地響きを立てて数万の軍勢が魔王の拠点へと殺到する。
国家の存亡を懸けた、最終決戦の火蓋が切って落とされた。
……しかし。肝心の魔王は、連日の農作業の疲れから、丸太のベッドでスヤスヤと気持ちよさそうに昼寝をしていた。
ログハウスの前庭。
王国軍の先陣が放った投石機の巨大な岩が、空を裂いて飛来する。
「よし! まずはあの巨大な犬の化け物を——」
兵士が叫んだ、次の瞬間だった。
【右】『あっ! 今のいい投げ方だった! もう一回やろ!』
【中央(】『人間意外と遊び上手だな! よっしゃ俺が取る! 退けお前ら!』
三つ首の冥界の番犬が、千切れるほど尻尾を振りながら嬉々として空中に跳躍した。
ポチは数十トンの岩石を空中で『パクッ』とフリスビー感覚でキャッチすると、「ほら、もっかい投げて!」とばかりに王国軍の陣地へとポイッと投げ返した。
ズドゴォォォォォォンッ!!
「ぎゃああああ!?」
じゃれ合いのフリスビー(巨大岩)が直撃し、王国軍の投石部隊が一瞬にして壊滅する。
ポチは「あれ? もう遊んでくれないの?」と首を傾げていた。
「ば、馬鹿な……投石機による一斉掃射が、ただの犬の遊びだと!?」
前線から報告を受けた国王は、血の気を失いながらも声を張り上げた。
「怯むな! 宮廷魔導士団よ、黒竜を狙え! 奴が空へ飛び立てば、すべてが終わるぞ!」
数百人のエリート魔導士たちが、命を削って巨大な魔法陣を展開する。
空を真っ赤に染め上げるほどの、超高密度の魔力。
「総員、命を賭けろ! 極大滅竜魔法、発動ォォォッ!!」
大気を焼き焦がす巨大な閃光が、庭で丸くなっている終焉の黒竜へと放たれた。
直撃すれば、山一つが丸ごと消し飛ぶ威力の必殺魔法。
だが。
ぽかぽか陽気の中で気持ちよくまどろんでいた黒竜は、眩しそうに薄目をあけると、大きな口をパカッと開けた。
『ふぁぁ…………』
黒竜が、ただ無防備な『あくび』をした。
その口から漏れ出た微かな吐息が魔法の閃光と衝突した瞬間——パリンッ!! と、極大滅竜魔法はガラス細工のようにあっけなく粉砕され、霧散した。
さらに黒竜の吐息が地面を撫でた。それだけで、最前線に構えられていた王国軍の強固な大盾が、まとめて粉々に砕け散った。
「…………え?」
魔導士団の長が、杖を取り落とした。
「終焉竜の……あくびだと……?」
命懸けの極大魔法が、ただの寝起きの『あくび』一つでかき消された。
そのあまりの次元の違いに、数万の王国軍の心がポキリと音を立てて折れかける。
「お、おい! みんな武器を下ろせ!!」
その時、ログハウスの裏手から、エプロン姿のセシリアと、クワを持った暗殺者クロエが血相を変えて飛び出してきた。
「セシリア様! 無事でしたか! 今、我々がお助けを——」
「違う! 助けなどいらん! お願いだから帰って!」
セシリアは涙目で王国軍に向かって叫んだ。
「タロウの寝起き(不機嫌)は本当に危険なの!!」
「頼む、命が惜しければ退け」
クロエもまた、真顔でクワを握りしめながら同調した。
「あの男の“不機嫌”は、我々でも止められん……ッ!」
極度の緊張と恐怖で、王国軍の兵士たちが次々と膝から崩れ落ちていく。
もはや、一歩も動けない。世界が終わる。真の厄災が、目を覚ます——。
その瞬間、ポチも黒竜も、ぴたりと動きを止めた。
ギィィィ……。
ログハウスの木の扉が、ゆっくりと開いた。
「ふわぁ……ん? なんだか外が騒がしいな……」
寝癖をつけ、パジャマ代わりのジャージを着たタロウが、目をこすりながら姿を現したのだった。
(この男が……魔王……)
国王は震える手で聖剣を握り直し、息を呑んだ。
黒竜の黄金の瞳が、ゆっくりとタロウへ向いた。




