第3話「ちょっと、どこ見てんのよ!」
於伊津島では1日、20杯ほどのイカが水揚げされる。
しかし、今年はイカ大好き星人がでも現れたのかっていうくらい不漁で、釣れても2、3杯だそうだ。
さらに漁業関係者の話によると、釣れたイカをすべて買い占める若い女教師がいるという……。
俺は冷たい眼差しで鼎先生のことを見た。
「だってなくなると思ったんですもん! イカがない鼎林檎なんてただのアラサー女。布団にくるまってイカが泳ぐTikTokを見ることしかできなくなります!」
保健室の先生は駄々をこねる子供のようだった。先生の話によると、今朝までに水揚げされたイカはすべて先生の胃袋におさまってしまったらしい。
こうなるとイカの確保が最優先事項になる。
「他の島にもないか、聞いてみる」と体育の谷岡がいうと
「残念、トカラ列島のイカはすべて私のお腹の中です!」とドヤる鼎先生。
「……聞いてみるだけ聞いてみるよ」
ガララッと谷岡が保健室から出ていくや否や、
「話は聞いてたわ!」
二人の女子生徒が現れた。
彼女たちは於伊津高校で有名な双子だった。
星月紅瑠璃と瑠璃乃。
赤みがかったミドルヘアを垂らした二人は瓜二つの容姿をしているが、姉の紅瑠璃は吊り目で、妹の瑠璃乃はタレ目をしている。
あと、これはマニアな友人から聞いた話だが、瑠璃乃のほうがムチっとしてるらしい。
「イカが足りないって聞いた」瑠璃乃がおっとりした口調で言う。
「だから、あたしたちが獲ってきてあげる!」
紅瑠璃が胸をはって言う。胸をはっても隣の瑠璃乃のほうが「たゆん」としている。なにとは言わないが。
「ちょっと、どこ見てんのよ!」
おっと、マズい。
俺は男子が生まれながらに身につけている「視線そらし」を発動した。
「イカを獲ってきてくれるってことだけど、どこにいく気ですか?」
鼎先生が尋ねる。
「島の東端の岩礁帯。大きなイカがいる……」
「〝海の主〟って呼ばれるくらい大きな個体で、捕まえれば20杯ぶんのイカが手に入るわ」
「イカ20杯!!」
紅瑠璃の言葉に先生が盛大に反応する。口からはよだれがダラリと垂れてきている。
「しかし……」よだれを拭いながら先生、
「島の東側は切りたった崖が多く、海流も不安定と聞きます」
そういえば、俺が意識を失う直前に校長先生がそんなことをいってた気がするな。
だが、この二人にそんな心配は杞憂だろう。
「あたしたちを誰だと思ってるの?」
紅瑠璃が得意げな笑みを浮かべる。
そう。於伊津島で「星月家」と聞けば、誰もが知っている名家だ。
星月家には代々受け継がれている泳法があり、流れが複雑な海域を自由に泳ぐことができる。こと素潜りに関して彼女らの右に出るものはいないだろう。
「東岸はよく泳ぎにいってる。今日は波もおだやかだしヨユーだよ、ヨユー」
瑠璃乃はお淑やかな笑みを浮かべてピースした。
「でも、いいのか? そんな神様みたいな名前のイカを捕まえたりして。シシ神様みたいに暴走されても困るんだけど」
「そんなファンタジーあるわけないでしょ!」紅瑠璃に一蹴される。
「〝海の主〟はあくまで港のおじさんたちが呼んでるだけであって、信仰とかないよ。だから大丈夫」
のんびりとした口調の瑠璃乃。けど、最後に
「たぶん……」
と不安が残るような一言。大丈夫だろうか……。
「ったく、なんであたしたちがこんなヤツのために動かなきゃならないわけ?」
「そんなこといってクーちゃん、雲川先輩に会えるって楽しみにしてたくせに〜」
妹の言葉に姉は顔を真っ赤にさせて
「ルー! それは言わないって!」
片割れの手を引っ張って保健室をあとにした。
「二人に任せても大丈夫でしょうか」
鼎先生の呟きに俺は微笑を浮かべる。
「まぁ、待ってみましょう」
「そうですね……20杯分の巨大イカ」
すでに先生の頭の中にはイカのことしかないようだった。
* * *
ところが15分後、妹の瑠璃乃から「たすけて」とメッセージが届いた。




