第2話「よくできました」
急性イクイク中毒。
人間の体内に存在する特殊なタンパク質「イクイクイッチャウ」が過剰に分泌されることで発症する病気。
名前こそふざけてるが、発症から最短24時間で死にいたる恐ろしい病気だ。
治療法は2つ。
1つは特効薬を服用すること。これだけで他はなにもする必要はない。
けど、特効薬はアメリカにある研究所がオーダーメイドで製造しているらしく、俺がいる日本はトカラ列島の1つ、於伊津島まで届くには3日かかるという。
そこで2つ目。
——1時間に1回イカを食べる。
鼎先生によると、イカにふくまれる「イカイカイカセナイ」が「イクイクイッチャウ」の過剰分泌を抑制する効果があるそうだ。
しかし、これは病気の進行を遅らせてくれるだけで根本解決にはならない。特効薬が届くまでの対処療法だ。
イクイクイッチャウとか、イカイカイカセナイとか、命名した人はいったいどんな神経をしてるんだと問い詰めたくなるが、命の危機が迫っていることに変わりはない。
俺は鼎先生のあたりめを食べることにした。
あたりめは肉厚で、噛むたびにイカの風味が口の中で溢れ出した。うまい。
なぜか生温かくて塩気があったが、それ以上は考えないようにした。
「ごちそうさまでした」
「よくできました」
先生はニコッと笑うと、俺から離れていった。
「それにしても、どうして胸からあたりめが……?」
「仕事中に食べるためです。君たちは授業中の飲食は禁止されていますが、先生たちは禁止されていません」
「じゃあ、普通に食べればいいじゃないですか」
「そんなところ見られたら恥ずかしいでしょ! 『あっ、鼎先生、あたりめ食べてる。古臭い瓶から取り出して食べてる!』って絶対陰口をいわれます」
いや、胸の間からあたりめを取り出しているところを目撃されるほうがよほど問題だと思うが……。
「さて、雲川くん。ご両親は、いま家にいらっしゃいませんよね?」
「はい、海外に出張に出ています」
両親はやり手の起業家で、いわゆる「世界を股にかける人材」だ。
「ご両親に連絡しましたが、アフリカのカルボナーラ? っていう国にいるそうで、こちらに戻ってくるまで3日ほどかかるみたいです。
そこで、ご両親が戻ってくるまで、もしくは特効薬が届くまで、
先生と一緒にこの保健室で過ごしましょう」
思わず吹き出してしまった。
えっ? 聞き間違いだろうか。
「俺と……先生が……
保健室で……一緒にすごす?」
「はい」
即答。
思春期男子と美人保健室の先生。二人が同じ屋根にいるとき、なにも起きないわけがなく…………
「もちろん、ほかの先生も一緒です」
儚くも、脆く崩れる、夏の夢(五・七・五)————。
ま、ひとりであたりめをかじるよりかはぜんぜんマシか。
「ほかの先生方は、いま島中のイカを集めてくれています。これで3日もつわけではありませんが、急場しのぎにはなるでしょう。あとで今後について話し合いましょう」
「ありがとうございます」
話を聞かされたときはどうなるかと思ったけど、イカをドカ食いする必要はなさそうだし、先生も一緒だし、
まぁ、なんとかなるっしょ。
って、思ってたんだけど————
まさかの事態が判明した。
島にイカが1杯もないのだ。
ちなみに、イカは1杯、2杯と数える。鼎先生にいわれてはじめて知った。
いや、そんなことを考えてる場合じゃない。
島にイカがないってことは————俺の寿命があと1日もないってことだ!
マジかよッ!




