ぴゆうちやん討ち死に
〈万緑が愛の日蔭となりたがる 涙次〉
【ⅰ】
野代ミイは、新たな人體改造計画の一端として、髭と眉毛の植毛を目論んでゐた。たゞ、彼女は会員制クラブでのストリップティーズ・ショウのギャラだけでは、自分の整形手術代金は払ひ切れず、借金をしてゐた。
ミイの夢を叶へてやりたい(且つまた自分の美學に沿はせたい)テオは、喜んでそのカネを彼女に拠出してやつた。杵塚は女性から交際費を掠め取つてゐたが、その逆に過ぎないテオの醸金。テオは杵塚の批判は出來なかつた。
【ⅱ】
突然だが、魔界には「女性専門サッキュバス」と云ふ【魔】がゐた。サッキュバスと云へば女性の夢に男のなりをして現れ、淫夢を見させる【魔】-まあ、オールドファッションの【魔】である。それの女性版。その繰り出す夢に依つて、レズビアンを作り上げる、さう云つた【魔】だ。
その「女性専門サッキュバス」の氣紛れに引つかゝつて、日常の愛に倦んでゐる田咲節(光流の母)は、レズビアンの道に歩み出た。
こゝで、作者、云つて置きたいのは、私こと永田は、決してLGBTQの皆さんに、他意はない。たゞ、でゞこがレズ猫(そんな者はゐないが)であつたなら、テオの4匹の連れ子はなかつた譯で、それでは物語上滞りとなるのは、確かなのだ。物語作者としては、それでは困る。ご理解の程を。
【ⅲ】
さて、ひよんな事から節は野代ミイと知り合ふ。ミイは見た目畸異に映る猫人間であるが、物怖じせず外出は自轉車でする。と或るカフェの駐輪場に、彼女がチャリを停めやうとしてゐるのを目撃した節は、電撃的にミイに魅せられてしまふ。
レズだけでなく、付き纏ひの癖をも拵へてしまつた節。ミイは、薄々とだが、節の存在に氣付き、その事をテオに相談した。「あのねテオさん、わたし、變なをばさんに付き纏はれてゐるのよ。今度現場をみせてあげる」-テオがのこのこミイの後に着いて行くと、確かに彼女に色目を使ふ、中年女性がゐることが分かつた。しかも、それは光流の母・節ではないか!
テオ、だうすべきか天才脳に浮かばず、じろさんに相談してみた。じろさん親子論には一家言あり、「何! なんて親だ!!」確かに節がレズの道を行くなら、可哀相なのは、父母の性的不一致に悩まされるであらう、光流である。
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〈レスボスの島の詩人の遥けしや係累に今滿ち溢れるが 平手みき〉
【ⅳ】
「女性専門サッキュバス」は、この儘、節を魔道に突き落としたかつた。その為には、家族が邪魔だ。
光流と由香梨が連れ立つて歩いてゐる(光流は車椅子だが)。そこを使ひ魔、*「ねかうもり」に襲撃させた。「うわ、何? これ」由香梨は自然、我が身だけでなく、光流の身も庇つた。だが、それは平凡人の及ぶところではない。
と、何処からともなく、鎌鼬の仔・ぴゆうちやんが、一陣の風に乘つて登場、彼らを救ふ為に、その身を挺した。たゞ、ぴゆうちやんはまだ子供。「ねかうもり」の集團殺法には、敵ふ譯がない。
哀れぴゆうちやん、その魂は風に散り、ぼろぼろの肉體のみが殘つた。
由香梨、最近持たされてゐるスマホで、テオに連絡。現場がカンテラ事務所に近かつたのは、不幸中の倖ひであつた。テオがボンド・スクーターで乘りつけると、天敵登場に慌てた「ねかうもり」たちは、雲霧消散した。然し...
「だうしよう、ぴゆうちやんが...」
* 当該シリーズ第18話參照。他にも色々な場面で、出てきます。
【ⅴ】
テオはその遺骸を運んで、カンテラに見せた。カン「あゝこれなら大丈夫」と、* 金尾蘇生の為使つたホムンクルス式蘇生法は用いず、護摩壇で焚いた藥草をぱらぱらと振り掛け、風通しの良い場所に、ぴゆうちやんの躰を安置した。「妖魔の仔だ。しぶといところを見せてくれるよ。きつと」
「シュー・シャイン」の話によると、「ねかうもり」は今、「女性専門サッキュバス」の使ひ魔をやつてゐる、と云ふ。テオ、「ミイちやんに、節さんが-」-「付き纏つてるんだろ? じろさんから聞いた。テオ、そんな母親の為に、夫がカネをだすのか、光流くんの父親に訊いてくれ」-「ラジャー!」
* 当該シリーズ第88話參照。
【ⅵ】
哀れ、と云へばこちらも哀れな、父・悠雅は然し、仕事の代金は任せて慾しい、と答へてくれた。と、云ふ譯で、じろさん、怒りの矛先が見付かり、兩手の指の関節を、ぽきりと鳴らした。
【ⅶ】
光流がだうしても囮として必要だつた。カンテラ「俺たちが絶對に守るから」と云ひ含める迄もなく、「わたしが着いてく!」と由香梨は勇ましい。
光流の姿を見ると、「ねかうもり」たちがわつと湧いて出た。じろさん、掌底で彼らを端から叩いて行つた。劣勢とみた「ねかうもり」リーダーは、ご本尊「女性専門サッキュバス」を呼びつけた。
カンテラ、「あんたが『ニュー・タイプ【魔】』でもないのに、頑張つてる事は認めるけど、こゝで會つたが百年め、だ。成佛して貰ふ」-「何を!」サッキュバス、隠してゐた鋭い爪を露はにして、カンテラに襲ひ掛かる。だが、到底カンテラの太刀には及ばない。「しええええええいつ!!」一瞬の内にして、彼女は斬られた。
【ⅷ】
と云ふ顛末。節は光流を掻き抱き、「莫迦な母さんでご免ね」と落涙。じろさん、心底ほつとした様子だつた。悠雅氏から、約束のカネを受け取つた金尾、「今回はオーソドックスな事件でしたねえ」と、妙に感心したのであつた。
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〈水からくり詩情はいづれ渇くもの 涙次〉
因みに、ぴゆうちやん、カンテラの讀み通り、數日後には元通りの元氣な彼に戻つた。光流が思はず抱き締めると、甘えて「きゆうん」と啼くぴゆうちやんであつた。
お仕舞ひ。