滝
その後。
施設内でがガリガリにやせ細った子供たちを見つけた卓也たちは、すぐに総本部に連絡を残した。
自動車に搭載されている特殊な高機能電話を使えば、すぐに総本部と連絡が付いた。
その中で子供のひとりに目が付いた。
その子供の目は左眼が青く、旭はすぐにその子供が卓也と同じ性質の者だと分かった。
「さっきのを窓で見てた」
子供は幼い声で語る。
「子供の教育に悪いことしちゃったな」
卓也はその子供の頭を撫でながらそう言った。
「ぼくと同じ目」
「そうだね。でも君には先天的なものらしい」
「この目で、お母ちゃんが泣くんだ。ここにいる先生なら良くしてくれるって言ってた」
「良くなった?」
子供は悲しそうに首を横に振った。
「君、名前は?」
「隼人。滝隼人」
「そうか。滝隼人というのか。じゃあ……隼人。君に目の使い方を教える。なりたい自分を思い浮かべるんだ。その為に必要な力を……その為に必要な未来を……頭の中で思い浮かべるんだ。その目は優れた力を持つ者の証だ。わかるかい?」
子供は頷く。子供の瞳は黒かった。
「それじゃあ……」
卓也はギターを子供に持たせた。
「このギターを君にあげよう。いつかきっとなりたい自分になってくれ」
「いいの?」
「ああ」
子供の頭の中にはいままで瞳の色で冷遇されてきた過去がよぎる。
母は泣き、学校へ行けば「外国人」と馬鹿にされて、青い瞳の子供を産んだから父は「不倫していたろう」と母を糾弾する。
自分が生きてるばかりで周囲は不幸になり、自分も傷つく。ここに来てからも「神はいる」だの「高次元の神は我々を見ている」だの意味のわからないことばかり。
誰かから何かを貰ったことなんて無かった。子供はたまらず涙を流し始めた。
卓也はその涙をぬぐって、頭を撫でた。
「待ちなよ。隼人、お前の物語はこれからかっこよくなっていくんだぜ。まだ泣いちゃ駄目だな。ね、そうだろ」
悪を討つために怒り、悪を討つために猛り、圧倒的な力で悪を討つ。優しい心を持った、優しい瞳。
子供は途端に、「この人のようになりたい」と思った。
そして、子供は総本部からの補助職員に預けられ、卓也と旭はその場をあとにする。
「あのギター、渡して良かったんですか」
「うん。いいのさ。ギターなんて……いつでも買えるだろ? ギターは彼のパスポートだ」
「観たんですか」
「ともかく、ギターってのは主人を選ぶんだ。今日、あのギターは彼に出会ったんだ」
「貴方が良いなら良いです」
あとは依頼人に事の顛末を伝えて、除霊を行うばかり。
「二階堂卓也さん、除霊の道具は持っているんですか」
「持ってないよ」
「大丈夫なんですか」
「問題ないさ。そうと決まれば依頼人に会わないと」
ふたりは事務所に帰った。鍵穴に鍵を差し込もうとして、扉が開いていることに気がつく。
急いで中に入ってみれば、食器棚は倒れていて、食器棚に入っていた皿は砕かれ、机はぼろぼろになっていて、壁には文字が書かれている。
「てんばつがくだるであろう」
旭はそれの片付けをしながら、卓也を見る。
「やられたね」
卓也は笑いながら、壁を塗れた雑巾で拭いていた。
「此処まで揃えるのだって安くなかったのに」
「児静教ですよね」
「だろうね。あのハゲ女ではなく……他のやつがやったに違いないぞ。児静教とは相当な組織らしい。この様子だと依頼人も危ないかもしれないね」
皿を拾っていると、指を切ってしまう。
「絆創膏ありますか」
「まず手を洗いなよ」
卓也は救急箱から救急絆創膏を取り出すと、旭の指に貼り付けて、「これでよし」と微笑んだ。