憤・怒・畜・積
卓也は革の白い手袋をはめる。
そして、信者の中に歩き出した。
禿頭の女オウエは「その男を殺しなさい」と叫ぶ。
信者は困惑していた。
信者1の頭を掴み、地面に叩きつける。
「詐欺」
卓也が呟く。
信者2は錯乱して拳銃を向ける。
その腕を掴み、握り潰す。そして、腋を思い切り殴り、倒れたところで首を踏みつける。
信者3は真剣を持たされていた。
「洗脳」
拳銃でその刀身をへし折り、脚に突き刺す。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「やかましい」
頭を掴み顎に掌打。
ごきりと嫌な音が響く。
「殺人」
それはまるで簡単な単純作業のように。
人が叫び、唸り、地に……落ちていく。
「殺してやらァーっ!」
信者4が西洋の盾のレプリカを構えて突進する。
「声が大きいな。お前は蝉か?」
蹴りを盾レプリカの下部にたたきつけると、此方に向いてきた上部の縁と盾レプリカの中央部分を掴み、それを奪い取る。そして、背後にいた信者5の顔面に思いきり横向きにたたきつける。
信者4の首を掴むと、盾レプリカに叩きつける。
「なんだ蛆虫か」
暴力、暴力、暴力、暴力。
卓也が1つ歩けば血が飛び散る。
まるで放送した車に風船がぶつかっている模様。
旭は「寒河江の血か」と妙に納得して、懐から拳銃を取り出し、信者56〜61の両脚と両肩に銃弾を撃ち込み、行動不可能にする。
そうして10分もすると、そこにいた信者184人が全滅した。死者はひとりもいない。
「さて、大幹部」
「ヒ・イ・ウワッ・ウワアアア……!」
「やかましいよ」
「気を失われては困るので興奮剤を飲ませましょう」
「持ってるのかい?」
「私は貴方の付き人です。貴方が持たない物ならば大抵は持ち合わせています」
「そりゃ、すごい」
オウエは無理やり脳内のドーパミンとノルアドレナリンを活性化させる総本部印の興奮剤を飲ませられる。
呼吸が整う。
「さて。それじゃあいろいろお話しようか」
「な……なにを……」
「依頼人がね、2年前海で死んだ漁師の娘なんだ。調べていくと、どうやらあんたの信者5人が、その漁師の死亡が明るみに出始めた頃合いから姿をくらましたそうじゃないか」
「調べていく内に、その潜伏先を知り、我々はそこへ向かった」
「そう。話でも聞ければいいからね。しかし、死んでいた。それも昔に死んだわけじゃない。つい最近まで生きていた死体だ。首吊り」
卓也はジャケットを着なおして語りかける。
「あの5人は何かを知ってるな? あんたらの何知ってるんだ? 俺が知る以上の何かの秘密をあんたらは持ってるのか?」
「どうしてそれを言う必要があるのです? あなたに」
「死んだら聞けないからじゃないか」
「あなたに人は殺せないでしょう?」
「失血で殺すことは出来る」
「そうなる前に止める癖に。教祖様は言います。『寒河江卓也は人を殺さない。どんだけ怒っていても』ってね」
「殺してやろうか?」
「うふふ。慌てる乞食は貰いが少ないってね」
オウエは血に塗れた手で手のひらの上に収まる大きさの小さな小さな木箱を取り出した。
「これを知ってますか?」
「怪しい動きをすれば撃つ」
「これは異理箱……霊能者の女を孕ませて、その子と女の血と胎児を入れたものです」
旭はゾッとして、拳銃を握る手を強めた。
「しかしね、これを持ち、唱えるとその女の持つ機能が使えるようになるのです」
「それを此方に渡──」
「霊能異理〈心抜呼来雲〉」
周囲にドス黒い霊力が溢れ出した。そして、そこから死臭を放つ死んだ姿をした者達が現れる。
「この異理は屍人を操る異能です! 死霊の貯蔵も死体の貯蔵も充分。これまで児静教が蓄えていた物を使うのです。あなたに人が殺せますか!?」
旭が小さく叫ぶ。
珍しく感情を表に出している。
「寒河江卓也さん。彼らはもう既に死んだ存在です。沈めてやるのが一番です」
屍人は口々に……。
「いたい」「死にたくない」「いやだ」「苦しい」「かなしい」「せつない」「うらやましい」「うらめしい」「ころしてくれ」「痛い」「いたいいたい」「いやだ、いやだ」「しにたくない」「くるしいよう」「たすけてお母ちゃん」「苦しい」「暗いよう」「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」「いやだよう」「たすけて」「ころして」「死にたくない」「助けてくれ」「苦しい」「助け」「殺してくれ」
女性の屍人はやたらと扇情的な動きをして、でもやたらとグロテスクで、卓也の怒りは次第に頂点に達していく。クネクネと縋ってくる屍人の頭を両手で挟み、潰し、スーツに肉汁が飛び散る。
「二階堂くん」
「……なんですか」
「足手まといだ。50歩さがれ」
「…………わかりました」
もう抑えられない。