付き人 二階堂旭
祓い屋の本部というのは新潟県北江田村にある。
昨年改築をして3階建ての様相に変化したその建物の戸を潜る。
すると、表向きの業務をしていたらしい祓い屋たちが「久しぶり、タクちゃん」と気安く挨拶をしてくる。
祓い屋総本部の表向きは不動産業だった。
ヤクザが不当に手を付けた土地や地面師に騙されそうになっている可哀想な人達の手助けをしていた。
卓也は昔の総本部基地を知っていたので、「変わったね」と受付の美女に話しかけた。
「改築したんですもの。そりゃあ、変わります」
「前までの木造建ての方が味があって好きだったんだけれどもね」
「そう言ったのはあなたで2人目ですよ」
「へえ。ひとりめは?」
「寒河江吉之助。あなたのお父様です」
卓也は「嫌だねぇ、蛙の子は蛙かい」と返して、渡された用紙に名と異理の名を書く。
「ちちゅうじへん? 漢字は?」
「教えてくれなかったよ」
「そんな筈ないわ! 私の時はちゃんと漢字を事細かに教えてくれたもの」
「そうかい? でも俺の時はそうだったから仕方がないんだなぁ。もしかしたら前例がいるから『知ってて当然だよな』という事かもしれないね」
「いるんですかね」
「分からないさ」
卓也がふわふわ笑うと、受付の美女もつられて微笑む。いつも卓也が笑うと皆つられて笑った。
なんというか、雰囲気がほんわかしている。
そんな物だから子供に好かれる。顔もいいから、面食いたちにも好かれる。
顔を顰めるところを見たければ低気圧の日を狙え、という言葉が出てくるほど、卓也は機嫌を顔に出さなかった。
いつも笑顔を浮かべていて、しかし仏のような人とは言い難いような、雑なところも持っていた。
煙草が好きだから煙草臭いし、酒を飲むと「でへへ」と悦びだして終いには変な腹踊りをする。
そういう所が出てくると「うわ始まった」とみんな面倒くさそうにして、世話を焼き始める。
「しかし、これで卓也くんも祓い屋ね。付き人はつけるの?」
「どうしようかねぇ。俺個人としてはひとりで動けるならその方がいいのだけれど……総本部はなんて言ってんだい?」
「じゃあそっくりそのまま伝えてあげる」
美女はコホンと咳払いをしてから、モノマネみたいに声を低くして、両手の人差し指で逆ハの字の眉を作って言う。
「卓也は方向音痴だし薄鈍の怠け野郎だから付き人のひとりやふたりつけて管理された方が良いに決まってる!」
「なんだいそりゃ、そんな事言うのは蓮見の野郎だね。困るよ、俺を甘く見てもらっちゃ」
「そうかしら」
「なんだって?」
「あなた時計が見えないの? 今日だって6時間のオーバーなのよ。」
これには何も言い返せなかった。
「ということで、我々総本部はあなたに付き人を用意しました。使う車両も2輪から4輪に変更です」
「ナンダッテェ!?」
「貴方は嫌がるでしょうけどね」
美女は扉に指をさす。そこは応接間だった。
「そこにあなたの付き人がいます。少し特別な生まれですがくれぐれも喧嘩なさらず」
「俺が喧嘩だって? しないさ」
「でも愛車の『旋風号』を取り上げられたんで、怒ってるんじゃないの」
「現物があるならいつでも取り返せるからねぇ。悪いね、少し取り乱したよ。怒ったように見えたかな」
「かまいません。あなたが怒ったところでちーっとも怖くないもの」
「そりゃそうだ」
応接間に入ると、そこには眼鏡をかけた女とも男ともわからない中性的な人がいる。
「君が俺の付き人だっていう人かい?」
その人は卓也を上から下に下から上にと眺める。
「まったく不本意ながら、貴方のような人の名が『寒河江卓也』だと言うのなら。まったく不本意ながら」
「悪いね。俺が寒河江卓也だ。して、君は?」
「二階堂旭と言います」
旭は名刺を取り出す。
卓也も名刺を出そうとするが、どうやら東京の世田谷区にある自宅兼事務所にに忘れてきたらしい。
「あちゃ」と額を叩く卓也を旭は細い目で見る。
「貴方の世話を?」
「ウ……ン! 悪いね。苦労を強いる」
「仕方ありませんので。お気になさらず」
卓也は申し訳なくなって、頭の後ろを掻いた。