対人
放課後、蕃茄は菟葵に誘われて「おそらく蕃茄好み」だという喫茶店「青空」に向かってみる。
「しかし、俺なんてので良かったのかい?」
「私の誘いに乗れるのが貴方くらいしかいなかったものですから。それに、誰も私の電話番号を知らない」
「そうなの? 哀しいね〜」
俺にしか教えなかったのかなぁ、と蕃茄はホワホワ考えながら、席のひとつに腰を下ろした。
「此処は雰囲気がいいので静かに考え事をしたい時なんておすすめらしいんです。学生はみんなすぐそばの百貨店に行くんです。それにここ、レコードとかもあって。いつもお洒落な洋楽がかかってます。ね、好きでしょ」
「いいね。まさしく。実は俺、落ち着いた雰囲気のところが大好きだったんだね。最近はドンパチうるさくって。鼓膜が疲れちゃうからね」
蕃茄は菟葵に微笑んだ。菟葵も、そういう蕃茄の顔を見るのが久しぶりなような気がしたので、少し安心して、口角が上がった。
「此処は今日から俺の聖域になりそ♡」
「それはよかったです。ここ、ケーキおいしいですよ。自家製のイチゴを使っているんですよ」
「頼んじゃおっかな」
その時、左腕に収まっていたクラムの人工ショック器官が危機感知能力の唸りをあげた。
それと同時に斜め後ろの席に座っていた男が立ち上がり、蕃茄の所に向かって歩み寄ってきた。その眼に生気はなく、蕃茄はそれを認めると、周囲を見渡す。
「話し声がうるさかったですかね。だとしたら、謝ります。どうもごめんなさい。気をつけます」
「緑の瞳のカニ男」
男は霊力を発散させ、食器を拭いていたマスターや新聞を読んでいた常連客らしき老爺を気絶させた。
「なんて酷いことをする」
「瞳の色が赤くなる可能性のある者は排除しろ、と言われているので、少々威嚇した」
「その気になればいつでも殺せるって?」
「よく理解した」
「あんたにそんな命令を下したのって、寒河江卓也って名前の人?」
「違う。寒河江卓也は無関係だ。あんな勝手に人類に絶望し、自分勝手に人を殺す情けない奴と我が主を一緒にしないで頂きたい」
菟葵は消えゆく意識の中で、瞼を薄ら開けながら、その会話を聞いていた。蕃茄の聞いたことのない声色。そして、恐るべき事に光を帯び始める緑の瞳。
「あんたの主って?」
「貴様に明かす名もない」
「情けない。自分の名は明かさず、そうして使い走りを寄越してくる。現実をチェスだと思っていては、かわいそうだが俺の排除など絶望的だ」
「何を言う。貴様のような若葉など、摘んでしまえばそこまでよ。ここでそうしてみせようか?」
「ならばやるか」
蕃茄はクラムの背を撫で、椅子を少し引き、足を組み、膝の上に手を置いた。
「行くぞクラム。プクプクタイムだ」
《霊能異理。〈蟹肉波変〉》
蕃茄の身体が泡に包まれる。
男はその泡に拳を叩きつけると、硬い生体装甲に当たり、ぐりっと柔らかい痛みに襲われた。
「戦いは現実を見なければ」
「こいつ……変身系か!!」
「お前って何?」
蕃茄は立ち上がると、男の首を掴み、店の外に出て腹を蹴り、上空に蹴り上げた。
「グゥっ!!」
「ははーん! こいつめ、ほんとうに俺が若葉に見えていたんだな。頭のわるい奴!」
「蕃茄、調子にのるな」
「わかってるよ、大丈夫!」