禍蝶園 7
岸本グループの頭領──キシモトは児静教の幹部だった。幼いころから両親に児静教に尽くすように教えられ、学校にも通えず児静教の施設で教育を受けてきた。
外の常識など知らず、ただ児静教だけが世界。
この信者以外の人間などは悲しき存在。
キシモトはそういうフウに植え付けられてきた。
そしてそれを一度も疑った事などなかった。
黒煙を突き抜けて、男が現れた。
怒りに包まれた黒い仮面の男。
ギターを背負い、複眼は紫色に輝いている。
「貴様は……」
その男は間髪言わせず拳を振るう。
キシモトの顔面に拳が当たると、激痛。
鼻がへし折れたのか、おかしな臭いが響き渡る。
「なんでお前のようなのが……お前のような酷いやつが、人の人生をどうにか出来ると思っているんだ」
蝙蝠男はキシモトを追い詰めていく。
距離が縮めば、まるで鬼でも相手をしているような不安感をおぼえる。尿を漏らしているのを実感しながら、どうにもできなかった。
「許せないんだよ」
蝙蝠男はキシモトの胸ぐらを掴み上げる。
そして、そのまま地面に叩きつける。
キシモトは吐血をした。
「霊能異理……」
キシモトは異理箱を持ち上げると、詠唱を行う。
「〈鎧殻円胎〉」
蝙蝠男が拳を振るうと、キシモトの身体が爪のような性質を持つ球形の殻に覆われる。
その殻を突き破り、拳が侵入し、顔面を捕らえた。
ぼぎり、と骨が砕ける音がして、殻が解けた。
「許せないんだよ……!!」
「い、いいい!!」
キシモトは跳ねるように転がりながら、殻を弾丸のように弾き飛ばす。
その殻は見事蝙蝠男に命中するが、聞いていない。
「藤奇……!? 詠唱もせずに!?」
「そんなものいちいちしていたら舌でも噛んで死んじまうだろうが。脳が腐ってんのか?」
迫ってくる。迫ってくる。
「お前のほかに児静教残党はいるか」
「ひっ……く、来るな……!」
「答えなよ」
「いない!」
「一度でも東京で悪さをしたか」
キシモトには心当たりがあった。
蝙蝠男は百景種能力でそれを察知した。
「ああ」
ばぎり、ばぎり、と鉄仮面の奥から音がする。
「みつけた」
1発──……2発──3発──……4発、5発、6発、7発、8発、9発、10発、11発12発13発14発15発16発17発18発19発20発──……。
魚が弾丸のように突き刺さる。
〈カメラート‐敬愛〉によって現れる無数の魚。
拳が雨のようになって叩きつけられる。
〈カメラート‐深愛〉によって現れる無数の腕。
蛇が雨のように突き刺さる。
〈カメラート‐慈愛〉によって現れる無数の蛇。
肉が削れていく。ばじり。ばじり。
激痛が走る。ずきん。ずきん。
キシモトは何がなんだかわからず、「ごめんなさい」「ごめんなさい」と謝り続けた。
自分は正しいことしかしていないのに、この化け物はどうして自分を此処まで苦しめるのか。
理解ができなかった。
蝙蝠男はその感情を理解した。
「ふざけるなよ」
言わなければ許される──という世界ではなかった。いつまでも同じような、優しい世界の地続きではない。
この世界には百景種があり、天命種がある。
そのどちらをも持ち得た存在がいる。
許されざる者。罪を持って生まれた者がいる。
だから潰される。