ユラギ
松島の実家に顔を出すと、子供が6人程いた。
その子供たちを女手ひとつで育てているのは母親の及川浩子であった。
「娘さんに2年前の事件の解決を依頼されましてね」
「あの子ったらまたそんな事を……ごめんなさいね、あの子、お父ちゃんっ子だったから……でも、海賊の仕業なんでしょう……?」
卓也は火のついていない煙草を咥えながら言う。
「いえいえ、まぁ、事件の真犯人は見つけて、解決をしたはいいものの……」
「解決したんですか!?」
「此処だけの話、カルトです」
浩子は言葉を出せずにいた。
「そのカルトも解体できたので良いとして……今度はわたくしの事務所が荒らされていたらしい。娘さんとの連絡も取れない。警察が動いてくれているので、もし怪しい奴がいたら躊躇いなく通報してください。もし警察がまともに話を聞いてくれないとなったら『総本部に繋ぎ、寒河江卓也に』と伝えてください。彼らはそれで言う事を聞いてくれます。頼みますよ」
卓也が去ろうとしたところで、頭にズタ袋を被った大男が殴りかかってきた。
「きしゃーっ!」
「きゃあっ」
「奥さん退きな!」
旭が浩子を抱え、子供たちに避難を促す。
「さっそくおでましか。悪魔の軍団め」
「グオオオオオ!!」
卓也はその大男を簡単に落とした。
「此処も目をつけられてるのか……総本部に連絡! なんとかしてもらおう!」
「貴方はどうにもできないので?」
「来るやつ来るやつみんなぶっ飛ばしていくのにも限界がある」
声も瞳の色も「素」に戻っている。この声では悪人に思えてくる。目つきが悪い。
「体力の限界ですか」
「無給で休んでるからな。二階堂くん、とにかく乱暴者でも出たと言って警察を呼べ。カルトだなんだ言ってても所詮は蛆虫。詐欺グループのひと欠片だ。どうしたって警察には勝てない」
「買われてるのでは?」
「祓い屋──しかも寒河江──に勝てる警察人がいるならそいつはもう日本には居ないさ。きっとこの世にもね」
「では呼んでも大丈夫という事ですね」
旭はすぐに電話機に駆けた。
「しかしこいつなんなんだ……?」
ズタ袋を外そうとすれば、外れない。
どうやら皮膚と繋がれているらしい。首元に「改造人間第2型」と記されている。
「改造人間……?」
ズタ袋を引きちぎると、卓也は言葉を失った。
顔面に目鼻口はなく、「∵」のように並んだ3つの穴があり、そして、大きな額には木箱が埋め込まれている。
2つ並んだ穴は呼吸用の穴で、その下のひとつの穴からは唾液と思われるものが垂れて来ている。
「人間の顔の形を変えたのか……」
ふと、電話機から顔をあげる。空気が歪むほどに……霊力が溢れかえっている。
「目を消して……凹凸を無くして……鼻を……口を……」
怒っている。先ほどの……異理箱の製造過程を聞いた時と同じ程に怒っている。
「二階堂くん、それ繋がってるか」
「はい」
「『喋る』から……受話器を寄越せ」
「わかりました。ではみなさん、耳を塞いでください」
祓い屋には幾つもの武器がある。
ひとつは「異理」。もうひとつは「言気」。
言気とは言葉などの音として発せられる霊力である。
霊力は通常電気などには乗らないが、言気などの場合は「音」さえあれば電話などで相手に直接叩き込むことができる。技にかかりたくなければ耳を塞いで音を遮断するしかない。
そして言気は3種類しか存在してはいけない。
ひとつ。「攻撃系」の「番門」。
ふたつ。「回復系」の「療令」。
みっつ。「防御系」の「藤奇」。
この3つで何をどうするつもりだ?
──旭は意味が分からずに居た。
卓也は言う。
「閉丈」
バチリ、と意識が飛びかけた。耳を塞いでいながら──も。すぐそばには倒れた及川7人家族がいた。
「何をしたんです」
「閉丈だよ。相手を眠らせた。これは禁術だから、総本部には内緒にな」
卓也は旭の口に煙草をさした。
「私、煙草吸わないです」
「じゃあ捨てておきな」
卓也は少し笑む。
旭は「もったいないじゃないですか」とその煙草を掴むと、少しだけ手の中で弄った。