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曲線  作者: AG
2/2

桜は春だけ咲くからいいんだぜ

001


 平凡な日常からいきなり地獄に落ちるとは、こういうことを言うのだろうか。僕の生活は、穏やかな水流を流れているかと思ったら、いきなり激流に進路変更され、そのまま台風に巻き込まれたようなものだ。

 もしもの話しだが、いきなり信じられないほどの力を持った、通り魔みたいな野郎に襲われたら、人間はどうするのだろうか。

 おとなしく殺される?

 無理だと分かっていても逃げる?

 自分の力を信じて戦う?


 どれを選んだってそんなの人それぞれ、選択の自由があるので僕には口出しできないが、例外に、『絶対に選んではいけない選択肢』というものがある。

 僕はこう思う。『助けを求めて叫ぶ』これをやるととんでもない現象にぶち当たることになる。その前からとてもショッキングな出来事を、偶然にも体験してしまってるのだが、この『絶対に選んではいけない選択肢』を選ぶと、想像以上のショッキングな出来事が起きる。

 その出来事、現象が何かと言うと……。


 『好きな女の子が突然現れて、自分を助けてくれる』


 ということが起こる。これは普通に考えれば助けてもらって、嬉しいはずなのだが、僕はまったくもって嬉しくなかった。

 たとえば、警察官が突如現れて、僕を華麗に助けてくれたとしよう。僕はすごく喜ぶだろう。なんたってその警察官は、命の危機を助けてくれた恩人だ。たぶん、お礼に茶菓子かなんかを送るだろう。いやいや、茶菓子というのは冗談だ。

 では、今回のケースで考えてみよう。僕を救ってくれたのは、僕が想いを寄せるクラスメート、聊かわ涙だ。恋人がいる、もしくは過去にいた人なら分かると思うが、『彼女のあんまり見たくないところ』なんてものはないだろうか。

 例えば、鼻掃除をしているところとか、おならをしてしまったときなど。個人的には、ムダ毛を処理している彼女、化粧をしている彼女などはあまり見たくないものだ。

 僕が見たあのときの風景は、それと似たようなものだった。だから、僕はこうして精神的ダメージを負っている。そして悩んでいる。どうだろうか男性諸君、彼女がプロレスで飛び蹴りをしていたら、若干、引きはしないだろうか。少なくとも僕はするだろう。というか、現にしている。

 ちなみに、今のは話の例えに女子プロレスを提示しただけであって、僕は女子プロレスも男子プロレスも嫌いじゃない。

 というか、全部自分の話じゃないか。


「ちょっと恋君、聞いてるの? さっきから悩んでるような暗い顔して、ちょっと不快な気分だわ……」

「ああ、ごめん。ちゃんと聞いていた。いつもこんな顔なんだよ、すいません。」

「そうかしら、いつもよりマシよ」

 彼女、聊かわ涙は、土やほこり、血液、涙などで汚れた今の僕の顔をいつもよりマシと言った。じゃあ、普段はいったいなんだっていうんだ。

「話を続けるけど、恋君汚いからまずお風呂に入って。それから話をしましょう。」

 聊かわは立ち上がる。

「電話が先じゃあ、ダメなのかよ。妹が心配してると思うんだけど」

「その流血している耳を受話器に当てなんかしたら、鉄臭くなるから嫌なのよ。先にお風呂よ、お風呂」

 そんなに血は出てないと思うのだが、今の僕はかなり汚いらしい。けど、聊かわも人のことを言えない状態なのだが。

「分かったけど、服とかないし……。なんか迷惑掛けそうだし」

「服……そうね。私のちょっとメンズチックな洋服があったから、それをとりあえず着ていればいいでしょ」

「メンズチックって、響きがいいな」

 聊かわは、なかなか風呂に入ろうとしない僕を上から見下ろしている。僕に芽生える恐怖心、その根源は君なんだよ、聊かわ。

「まあグダグダ言っていてもどうせ、強制的に入れられそうだし、ありがたく入らせてもらうわ」

 僕は初めて他人の家の、お風呂を使わせてもらうことになったのか。昔、友達に「泊まらないか?」なんて誘われることもあったけど、その家族に迷惑掛けそうでいつも断ってたっけ。まさか今日は『お泊り』みたいなことにはならないよな? なったらなったで嬉しいけど、かなり恥ずかしいぞ。

 痛む足を庇いながらも、立ち上がる。

「それじゃあ、行きましょうか」

「…………、え?」

 聊かわの発言に引っかかって、歩き出せない。

「普通に、どこにあるかだけを教えてくれれば、分かると思うから。いいよ」

「何言ってんのよ、一緒に入るのよ?」

「ふがっ!?」

 何を言ってやがんだ、絶対に無理に決まってるだろう。高校一年生の男女が一緒にお風呂に入ってはいけましぇん!

 聊かわは、僕の顔を見て苛めてるように言う。いや、苛めてるんだな。

「あら嫌だ。一緒に入るっていうのは、恋君がシャンプーとか分からないだろうと思うし」

 僕の脳内のダメなイメージよ、消えてなくなってくれ。

「それに、その足じゃあ、思うとおりに動けないと思うからよ。それから、私は着衣、可でいいわよね。それで恋君の介護をするだけだから安心していいわよ」

「お前はいいかもしれないけど、僕のデリケートな恥ずかし清純ハートは、どう処理すればいいんだよ!」

 確かに、誰かがいてくれたほうが、楽なのだが僕は絶対にそれをしたくない! もしかしたら、裸体が見えるとか考えてしまった僕が情けねぇ……。くしょう。

「でも、大丈夫なのかしら。お風呂で怪我とかしない?」

「大丈夫だ! 一人でできるもん!」

 聊かわの横をスタスタと早歩きで通り抜けて、キッチンルームから廊下に出る。その間に俯いていたのは、火照った頬を見られたくないからだ。

 そのまま、お風呂に直行し脱衣所で服を脱ぐ。聊かわのことだからいきなり、ドアを開けられないだろうか心配もあったが幸い、それはないみたいだった。

 聊かわのバスルームは予想通り、淡々としていてシンプルだった。それでもいつも掃除をしているのか、すごく綺麗だ。

 僕は汚れた身体を念入りに洗う。傷ついた身体は、シャンプーやら石鹸やらを拒絶したが、ここは我慢だ。

 清潔さを保っていたバスルームが、僕の身体に付着していた泥や血液なので、汚染していく。聊かわに怒られないだろうか。

「かなり、綺麗好きそうだもんなぁ」

 もう、バスルームから出てもいいのだが、僕はそうはしなかった。シャワーの水圧を身体で感じて、四十二度の温かさを感じて。そうしていると、どこかほっとした。いつもの日常に戻れたような気がして、さっきまでの出来事は夢だったような気がして。

 聊かわも、夢だったりして……。

 蛇口を捻る。一気に静かになって、一人になった気分。

「全部、気がするだけだけど」

 頭を振って、身体に付着している水滴を払った。バスルームから脱衣所に出ると、衣類が畳まれて置いてあった。

 一番上に置いてあるバスタオルを手に取り、身体を拭く。傷のことを忘れていて、強く拭いてしまったりすると、声が出るほど痛い……。

 バスタオルの下にはコンビニの袋。

「ん?」

 開封してみると、まだ包装袋に入ったままのボクサーパンツが入っていた。

「…………」

 なんでMサイズって知っているんだ。

 それにも驚いたが、聊かわがこの短期間にコンビニに行って、僕のパンツを買ってきたことも驚きだ。準備の早い奴だ。結婚するならあんな女性がいいでしょう。

 いや、一応前言撤回しておこう。


 素早く服を着て、キッチンルームに出る。二人がけの対面式ダイニングテーブルで、聊かわはお茶を飲んでいた。澄ました顔で、スガシカオで。

「あら、もうあがったの?」

「ああ」

「もう少し、泣いていても良かったのよ」

 バレていた……。そうなのだ、実は僕、お風呂で泣いていた。シャワーの温かさがうんぬんどうとか言っていたけど、実際は泣き声が聊かわに聞こえないようにである。

「そんなに大きな声で泣いてたか、僕」

「……本当に泣いていたのね」

 鎌掛けやがったぜ……。

 まぁ、そんなことどうだっていいさ。気にするな僕。あんなことがあって、泣かない奴なんてきっといないさ。

「おっ、お前は入らないのか?」

「私は後でいいわよ。話したいことがあるんだけど、あんまり遅くなっても都合が悪いのよね」

 僕は、聊かわと顔を向け合う形で空いている席に座った。それを見て、聊かわは立ち上がり、お茶を淹れ、僕の前に差し出した。

「ありがと」

 そして深く座りなおす。

 しばらく僕を見つめる。見つめるというか、僕の後ろにある何かを凝視しているようなそんな感じ。

 思わず、後ろを振り返ってみたが特に何もなかった。イコールで僕を見つめているということだ。

「な、何だよ」

「話してもいい?」

「そんなのいいに決まってるよ。いちいちそんな間作るなよ」

 僕は頬杖をついて、できるだけ動揺しないよう、話を聞けるようにした。

「……、どうぞ」

「じゃあ、今日の流れから説明してもらってもいいかしら」

 僕は何か悪いことをしたみたいで、あまりいい気分ではなかった。それに、目を合わせるのが恥ずかしいのに、聊かわはずっと見つめてくる。

「えっと、今日は九時に起きてまず着替えて、それから洗顔して……」

「そんな細かくじゃなくていいわ。それと、あの公園からのプロローグでお願い」

「ごめん。だけど仕方ないだろ? あんまり頭回ってなくて」

「分かるわ。分かるんだけど、愚痴は後で聞くから」

 聊かわの優しさがどこで出てるのか、怒りがどこで出てるのか、僕には分からない。だけど、聊かわの言葉一つ一つが僕には重い。いろんな意味で重い。

「妹と花見を楽しんでいたんだけど、僕は夜桜が好きで、夜に見たいからってことで」

「ええ」

「六時頃に、妹を帰らせて僕は歩きながら、桜を楽しんでいたんだ」

 髪を適当に手ぐしで整えると、シャンプーの甘い、いい香りがした。

「それで、妹と電話中に――あ、この電話中というのは、僕が一回掛けたんだけど妹はその時、風呂に入っていたみたいで、出なくて。それで妹が掛けなおして来た奴なんだけど……」

「…………」

 聊かわは何も言わなかった。相槌くらい打ってくれればいいのに。

「それで、何気なく会話していたらさ、いきなり座っていたベンチが壊れた」

 先ほどの悪夢を思い出してしまった。夢ではないから辛い。

「ベンチが壊れたって……、恋君は?」

「僕は大丈夫だった。壊れたのは空いていた半分のほうで、僕の怪我は飛んだ木片でぐらいかな」

「そう……、続けて」

 聊かわは一回頷いてそう言う。

「そのあと、振り返ったら全身真っ黒な男がいて、持っていた携帯電話を取り上げられたんだ」

 差し出されていたお茶を一口飲むと、それは僕の大好きな麦茶だった。

「携帯電話は握りつぶされて、今度は僕がいるほうに足を振ったんだ」

 聊かわが口を開く。

「あなたはなんとか避けて、ベンチは破壊されたと」

「ああ、なんか避けれたんだよね」

「その男、器物破損もいいところね」

 お前が言えることじゃないと思うんだけど……。

「そのあと、僕は走って逃げようとしたんだけど妨害されて……、ピンチになったときに最後の思いで「助けて」って叫んだら、お前が華麗に登場したんだ」

 これで僕が語れる出来事は全て話した。

「…………」

「あとは、覚えてない」

「だって、恋君気絶するんだもの」

 『気絶したっていいんだよ。人間だもの』名言っぽいものが頭に浮かんだが、冷たい目で見られそうなので、言わないことにした。

「そうね。分かりました、ありがとう」

 コップを持って立ち去ろうとする聊かわ。

「おい、ちょっと待てよ! 僕が気絶してた時間のことを話せよ。僕は、僕は、気づいたらお前ん家にいて、訳も分からないまま風呂に入らされて、こうして話したら疑問点が解決するかなぁって思ったから、だから」

「…………」

「思い出すのが嫌だったけど、話したんじゃないか」

 しばらくの沈黙が、この空間では痛い。この沈黙は、先生に怒られて、何も言えなくなった時の沈黙に似ている。

「聞いたら、ショック受けない?」

 聊かわはいたって冷静に言う。僕がこう言うだろうことを予想していたようだった。

「ショックなら、お前が登場したときからかなり精神的なダメージを受けてる」

「だから、気絶したのかしら」

「そうかもな……」

 嫌な笑みを浮かべる聊かわ。なんだその含み笑いは! そんな笑顔見せられたら……。

「まぁ、いいわ。恋君が聞きたいっていうのなら、話してもいいわよ」

「ほんとか。聞かせてくれ」

 僕は座りなおして、聊かわの話を聞く体制に入った。だが、聊かわはなかなか口を開こうとしない。

 ………………。

「おい、どうし……」

 視界の中心が暗幕に包まれた。

 口は開いたままだ。

 僕の口が音を発するのを待ってたかのように、正面から飛んできた拳。その拳は、眼球目前で止まり、その衝撃は波動に伝わり、僕の前髪が揺れた。

「な……、何だよ」

 返答もないし、目の前の拳は動かない。そのせいで聊かわの姿も見えない。だが、現在この空間にいるのは僕と聊かわだけのはずだ。僕に恐怖感を感じさせている、この空気を作っているのは聊かわだ。

「なぁ、聊かわ? なんだっていうんだよ」

 そう言い終わる前に、眼球目前にあった拳はすっと、テーブルの上に戻った。

 と思ったとたん、聊かわは高速でテーブルの上に移動し、そのまま僕に飛び掛ってきた。

「うわっ、おい!」

 胸倉を掴まれたまま、後ろの壁にプレスされた。当然、背中にそれだけの重量がかかる。ここ最近ではなかなか痛い体験の部類に入る……。

 そのまま沈黙が訪れて、転がる椅子。

「く、痛てぇ……」

 僕の呻きは聞こえているはずなのに、聊かわは乱暴に僕を反転させる。つまり、先ほどまで僕の後ろは壁だったが、今度はテーブルがあるわけだ。

 聊かわが僕の胸を平手で押さえる。

「ちょ、ちょっと待て!」

 そのまま、ポンっと押した。表情は、笑っていた……。

 身体が空気を裂いて、空中を移動するこの感覚。あのときと一緒だ。僕は一日何回、吹っ飛べばいいのだ。

 テーブルの上を滑走し、聊かわの座っていた椅子を道連れにして、床に落ちる。

「あう……、んー」

 どこも怪我はしていないとは思うが、身体の内側から痛みがこみ上げる。はぁ……、今日の僕は『いきなり』が多すぎる。

「どう?」

「何がだよ……」

 聊かわが一歩一歩とこちらに近寄ってきて、僕の目の前に立つ。僕は横になっているので、見えるのは聊かわの膝から下だけだ。

「私、強くなかった? 恋君、抵抗できたかしら。受身も取れた?」

「まったく……」

 足を畳んで屈む聊かわ。目を見られると少し悔しい。

「確かにお前は強いよ! なんか速いし、痛てぇし、怖いし。人間じゃありえねぇ力持ってるよ!」

 僕の手首に、聊かわの細い指がベルトのように締まる。

「つまり、そういうことなのよ」

「…………」

「あ、ごめん。ちょっと熱くなっちゃって言い過ぎた、悪い」

 二人だけしかいない、キッチンルーム。家具も少ないこの部屋は、声がよく響く。この空間の中で、沈黙が訪れると冷静になれる。

 しばらくして聊かわが倒れた椅子を立てて、席についたので僕もそれを真似した。

「いいのよ、別に。慣れてはいないけど別にその言葉、痛くはないわ」

「ああ……、うん」

「恋君に言われるなら特に何も思わない」

 聊かわは自虐的に聞こえるトーンで、そんなセリフを言う。そのあと、僕を覗き込むようにして口を開いた。

「怪我してない? ごめんなさいね、ちょっとやりすぎたかもしれない」

「大丈夫だけど……、やりすぎかもな」

「まぁ、今起きた現象のとおりよ。私は、人間……じゃあないわね」

「…………、お前のことは後で聞くにしても、俺の知らない時間が気になるんだけど」

 恋君が気絶して……、と聊かわは語り始める。

「あの男は、溺れて死んだわ。カナヅチだったみたいね。それで、気絶した恋君を私の自宅まで運んできたってわけよ」

「なんていうか、それだけ?」

 少し眉をひそめる聊かわ。質問が質問で返ってくる。

「それだけって何が?」

「いや――てっきり派手に登場した聊かわさんだから、物凄い戦闘シーンとかあるのかなぁって思ってたんだけど」

 物語的には面白いのかも知れないが、実際、戦争みたいなことが起こらなくて良かったと思う。

「そうね。あちらさんが溺死しちゃうんだもの、暴れようなんかないわよ」

 まぁ、それもそうだな。と僕は聊かわの意見を肯定した。

 だけどまだ疑問はある。

 聊かわの登場シーンだ。暗くてよく見えなかったがあの時聊かわは、どこからともなく飛んできて、あんなに身体が大きい男を……、たぶん、飛び蹴りで。

「お前、飛び蹴りで飛ばしたよな?」

「ええ」

 一旦間をおき、お茶をすする。沈黙が辛いので二口目を飲もうとしたが、コップにお茶はもうなかった。どうやら、僕は一口でかなりの量を飲んでいたみたいだ。

「まぁ、その……聊かわ、お前はあれなんだろ? なんていうか、そう! 強いというか、カッコいいというかさ」

「……さっきも言ったけど、私は人間じゃないわよ」

 そんなにスラスラと言っていい言葉ではないけどな。まったく――、少しは躊躇しろよ。

「でも、こうやって話せてるじゃないか。外見だって人間そのものだ。普通に見れば、人間にしか見えない」

「普通に見ればね」

「あ……」

 僕は大事なところでの気遣いが足りなすぎる。そのせいで友達に嫌われたことだってあったし、バイトだって何回落ちてきてんだよ、くしょう!

「ま、恋君にも分かるように簡単に言うとね、ごくごく普通の人間に恐ろしい、化け物みたいな力が備わった。私はそれだけなのよ」

「力ねぇ……」

 僕は溜息を付く、というより吐いたって感じだけど。

「力って言ってもそれは総合してだから。そうねー、能力っていう言葉のほうが合ってるかもしれない。その能力っていうのは、身体能力が上がるっていうのが一番大きいわ。力も上がる、代謝も上がる、治癒能力も上がるわ」

「うーん……、まぁすげー強くなるってことだよな?」

「……、ええ」

 絶対にちょっと馬鹿だって思われてる。もしかしたらちょっとじゃないかも……。完全に馬鹿だと思われてる?

「ふうん。なんとなく理解したよ。で、なんだけどあの男はなんだ? お前と同じように馬鹿力だったけど」

 思い出したくない人物でも、思い出さなければいけないときがある。

「あれは私と同類。同じようなものよ。だけど、私のほうが能力としては上だから、安心していいわよ」

 聊かわのことだから、自慢ではないと思うけれど、彼女が言うとそう聞こえてしまう。

「別に安心しないけど。僕はさぁ、一番疑問に思ってるんだけど」

「何?」

「なんであいつは僕を襲ったんだ?」

 聊かわが『もう少し喋りなさい』とそんなふうな顔をしている気がして、僕は続ける。

「別に僕を襲ったって、なんもメリットはないだろ。つーか、自分は殺されちゃって、メリットどころか、デメリットじゃねぇかよ」

「ん?」

 もう一度、耳を傾ける聊かわ。

「だから、メリットがないだろって……」

 僕がまだ、金魚みたいに口をパクパクしてる途中で聊かわは喋りだす。

「ああ、それは……、ただ単に――ストレスが溜まってたんじゃないのかしら」

「ああ、そうなのか……」

 当然、納得はできないが聊かわがこの会話は嫌そうにしているので、頷いておくことにした。

「まぁ、そんな感じかしら。恋君の話、とても分かりやすくて助かったわ」

「ああ、僕もなんとなくではあるけど理解したよ」

 二人で席を立とうとした時、高くて耳に響くインターホンの呼び出し音が、キッチンルームに響いた。

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