第1章 惑星ファル地表拠点奪還戦 6
黎明の空は、朝焼けにはまだ早くそれでも水平線近くを白ませ、群青を菫色で押し上げていた。西の空に沈み新たに東の空から昇ってきた恒星光を反射させる対となった光線照射量調整用の巨大構造物が、反射角が鈍くまだ光量を逃がしフィン状の幾重にも連なった反射板がゆっくりと稼働しつつ一層強く輝き、貴石のごとき煌めきを放っていた。
広大な宇宙港の一角、ずらりと大小様々な飛行型機械兵ユニットが並び薄い光に機影を浮かび上がらせ静かに躍動を待つひととき。その前方に巨大な人型の彫像が二体並ぶ
。
スタンバイモードのコクピットルームの中は、微かな光源があるのみで薄闇に支配されていた。僅かな光を反射させるヘルメットのバイザー越しの零は、戦いに向かう僅かないっとき静かに目を閉じていた。全身に纏う水色をした強化繊維のスーツの上にアンバーローズ色をしたモトジャケットふうのぴっしり前は閉じた上着を羽織り、生命維持補助装置やフィールド発生装置を納めた胸部プロテクターを付けたグラディアート機乗服を纏った零は、座面と背もたれの角度が僅かで身体の状態にフィットする七十五度ほど傾斜したシートに身を預けていた。
コクピットシートはタンデム式で、斜め後方の高い位置ににあるシートは零が座るシートのような特殊な物ではなく本来通常の座席だが、今は取り外され代わりに中で幽子体の精霊が揺蕩う様が透かし見える窓を備えたカプセルが固定されていた。カプセルの中身は、通称人形と呼ばれるファントムだ。ローエンドのファクトリー大量育成品で、生身の肉体を有していない。そのため、通常はカプセルに収められていた。
機械的な響きの片言さのある声が、不意にヴァーチャル音響システムで響く。
「グラディアート・グラーブ、起動シークエンスを開始します。可/不可?」
「OK。シェルケ、始めてくれ」
目を開いた零は、人形を名前で呼び許可を与えた。
すると、精霊種である人形よりも人間的なこちらはヴァーチャル音響システムではなくスピーカーから声が響く。
「オルタナアライメント・プレコグニション・サイバニクスシステム起動」
耳たぶに付けたピアス状の汎用コミュニケーター・オルタナにグラディアートのシステムが接続したことを各種接続状況のARデスクトップへの表示で知らされ、零の意識が拡大する。オルタナと人間の脳とが双方向情報投影することで作り出される仮想頭脳である零の架空頭脳空間が、リンクシステムを介してグラーブと繋がったのだ。シェルケに代わって響いた声は、グラーブそのものである汎用人工知能だ。グラディアート搭載の汎用人工知能は、ファントムのスレイブとして機能する。
オルタナアライメント・プレコグニション・サイバニクスシステムは、グラディアートの超感覚とも言うべきセンサの感知を疑似神経化しキャバリアーに出力しつつ、システムを介し幽子AIであるファントムと架空頭脳空間を媒介としてキャバリアーと同期させ、汎用人工知能の演算による未来予測と比較検証しながら精霊種としての能力でキャバリアーの未来予知を強化し、最適な戦闘解を三者で生み出しグラディアートを制御するシステムだ。これによって、ただの機械兵ユニットではキャバリアーが操るグラディアートに勝つことが出来ない。
半球状の局面モニタに外部の遠くに艦艇群が見える広大な宇宙港の一角が表示され、再び中性的なグラーブの声が告げる。
「疑似神経系、登録機乗者零・六合との間に確立。制御系フリー」
それまでぼんやりと感じていた自分のものではない身体感覚が急に鮮明なディテール持ち、独特の緊張感が零に流れ込んだ。グラディアート・グラーブのセンサの感知を人間的体感に変換し、同時に汎用人工知能が感じ取る感情にも似た感覚を機乗者の架空頭脳空間に接続したのだ。このとき零は、機体と一体となった。グラディアートの制御は、自身のもう一つの仮想の身体を動かす感覚で行うことが出来る。
卵形の通常よりも硬化させたグラディアートの骨格にも使用されるハイ・アダマンタイン製の脱出カプセルも兼ねたコクピットブロックが僅かに浮き零の身体にかかる重力が失われフォーンという重低音が響き、グラーブの声が重なる。
「次元機関、スタンバイモードから復帰。コクピットブロック、重力加速度〇m/2S」
「グラーブ、起動最終シークエンス完了。オールグリーン。各種武装禁制解除。登録機械兵ユニット群、グラーブの管制下へ。発進準備完了」
グラーブの滑らかな声からシェルケの片言に引き継がれ、零の意識にオーガスアイランド号で思い出したかつての敵の姿が幻視され、それを振り払うように唇に祈りを乗せる。
「嫌なことは、とっとと終わらせよう。宇宙の深淵にある旋律よ。悪夢が早く去ってくださいますように」
「おまえな。戦の前に言う台詞かよ」
「悪いか? 行けるな、ブレイズ。機械兵ユニット群の忘れ物はしていないな?」
「応。準備OKだ。いつでも行ける」
「先に行く」
現代人の進化した頭脳ともいうべき架空頭脳空間に形成されたもう一つの仮初めの身体、グラディアート・グラーブを自身として零はふわりと重力制御で浮き上がらせた。背後にずらりと並ぶ機械兵ユニット群もそれに倣う。グラーブの背から腰にかけて連なる機構――推進ユニットから、汎用亜光速推進機関の燐光がぱっと散り一気に加速した。あっという間に空へ。宇宙港が遠ざかり、広大な敷地が一望に収められたそれが次第に小さくなっていった。ランスールと率いる機械兵ユニット群が、零のグラーブと管制下の機械兵ユニット群に並んだ。
グラーブが率いる汎用推進機関で推力を得た汎用攻撃小型機械兵ユニット群一万の編成は、十センチメートルほどの汎用攻撃機械兵ユニットからなる。一方のブレイズのランスールが率いる混成機械兵ユニット群一万五千の編成は、現在見える大型機械兵ユニット輸送用の百メートルほどはあるランディングシップを中核にガンシップやカーゴシップで、それぞれに各種機械兵ユニットを搭載している。
遙か遠くに見えていた頂を雪で化粧した山々が接近し、零は指示する。
「管制下の機械兵ユニット群一万を消せ。各機センサはパッシブ。ブレイズ、情報感覚共有リンク・システム起動。以降の戦闘中の伝達は架空頭脳空間を通した高速情報伝達で行う」
「イエス。マイ、ロード」
「了解した」
機械的な片言のシェルケと幾分声を昂ぶらせたブレイズから返事が返ると、背後を映し出すホロウィンドウに表示されていた機械兵ユニット群一万が忽然と姿を消した。環境追従迷彩によって、周囲の色と精巧に同化したのだ。が、グラディアートのセンサは超高度なステルス機能を備えていないそれを捉え、欺瞞であることを伝えていた。
架空頭脳空間を介した思考による指示を、零は出す。
【ブレイズ、輸送型機械兵ユニット群から飛行型機械兵ユニット群を出撃させ、センサをアクティブに。水増しとグラディアートに欺瞞するダミー信号を】
【了解。敵さん、うまく釣られてくれればいいな】
【ああ。そうでなきゃ困る】
千分の一秒にも満たぬ毫の間に、これらの遣り取りがなされた。情報感覚共有リンクシステムは、グラディアート戦を始めとする高速戦闘で使用される架空頭脳空間で加速した思考を伝達するシステムだ。徒人の目には留まらぬほど素早く機動し稼働するグラディアート戦において、悠長な遣り取りは役には立たない。
輸送型機械兵ユニット群から、城塞攻略に使用する多脚型や人間型を除いた飛行型機械兵ユニット群が出撃し、さらにそれらから雲霞の如く球形をした超小型の偵察機能や各種電子攻撃や電子防護を備えた自律軽量斥候が放出された。
高嶺の山脈を越えた。遙か彼方に、肉眼でも視認可能な巨大な城塞が市街地を有したコロニーが散見される以外荒涼とした大地の向こうに見て取れた。ファラル城塞だ。
城塞の一角から、わっと沸騰した鍋の蓋を開けた蒸気のように、けれど赤く染まりまるで血煙のように見えるそれが湧き上がった。グラーブが自動で映像解析をし、血煙がトルキア帝国の兵団主力機――コチニールレッド色をしたグラディアートであることが機体情報の表示とともに示された。
無感情なシェルケの声が、零の脳裏で響く。
【トルキア帝国軍グラディアート推定三万、急速接近。第一エクエス・ボーア機フォルネル、兵団主力機セルビン確認】
【圧巻だな、こちらのグラディアートは、たったの二機。あとは、張り子の虎だ】
さすがにやや緊張を孕んだブレイズの思考が、零に流れ込んだ。
敵味方双方、大気含有惑星重力圏内巡航速度で接近しているため、急速にモニタに映し出された機影が膨張し敵方の威容が示される。無意識に零の意識が、皮肉を刻む。
――宇宙の律動よ。敵がほどよく間抜けでありますように。目立たせた一万五千に気を取られてくれますように。
浮かんだそれへ苦笑を架空頭脳空間内で零が刻んだそのとき、シェルケの片言が告げる。
【惑星ファル駐留軍から伝達。駐留軍グラディアート二万、出撃。所定迂回ルートで、ファラル城塞へ進軍】
知らせにふっと零は笑み、ブレイズへ獰猛に呼びかける。
【喜べよ。手柄を立て放題だろう?】
【ハン! 失敗すれば多勢に無勢。一飲みにされちまうんだぞ。手柄を立てるどころか、あっという間に蹂躙されちまう】
【ははは。ボルニアで出世しようって奴が、大した勇者様じゃないか】
【おまえは……たまに居るんだよ。いざ戦いとなると、生き生きし出す奴って。始めて会ったときから、その気があったものな。ついてないぜ。そんな奴に、見込まれちまうなんざ】
愉快そうに笑う零に、ブレイズの思考はげんなりしたものとなった。
これから戦というまさにそのとき躊躇いを見せ弱気を口にするブレイズを、零は嫌だとは感じなかった。戦いが決して嫌いではなかったが、零は無謀ではない。実際自分は臆病だと、零は思っている。だから、戦うことが分かっている相手なら調べ尽くし知り尽くす。今回は一回限りの奇策で、必要に迫られなければ決してやりたいとは思わない。
架空頭脳空間内の零は人の悪い笑みを浮かべ、発する思考も人の悪いもの。
【諦めろ。ブレイズ、おまえには浮ついた欲があった。大国の臣となってあわよくばこの内乱でのし上がってやろうって、な。だから、俺なんかの口車に乗ってつけ込まれる】
【ひでー、言いようだな。巡礼者様。ま、確かにその通りだ。腹をくくるぜ。確かに乗せられちまったが、うまくいきゃ手っ取り早くボルニアで地位が手に入る。平のキャバリアーじゃ難しい手柄も、立てる機会が生まれる】
【結構。制御下の機械兵ユニット群を、予定どおり突出させるんだ】
【分かってる。そっちも、へまやるんじゃねーぞ】
【心配するな。敵がほぼ全軍で向かってきた時点で、こちらの勝ちは決まったも同然なんだ】
最後の確認をすると、零は意識を敵軍へと向けた。三万の前方にアップルグリーン色をした百三十機ほどのグラディアート・フォルネルが、兵団群を率いる形でまっすぐ向かってきた。ヘビー級グラディアートの中でも屈指の重量を誇るそれは、隆々な肩部に埋もれる堅牢な構造をしフェイスマスクでどうにかそれと認識できる頭部が特徴的だった。全身は、重グラディアートとして、マッチョで比類なき重装甲。機体の大きさから、ラージクラスの骨格を使用していることは明らかだ。メインウェポンは、右手に握る大柄のアダマンタイン製光粒子エッジ式バトルアクス。盾は、アダマンタイン製フィールド発生エネルギー伝導硬化型スクトゥムだ。
舌なめずりしつつ、零は唇に独り言を乗せる。
「なるほど。崩すのが厄介そうだ。グラーブでは、まともにやり合えないな」
敵軍を突撃する形で突出したランスール制御下の機械兵ユニット群一万五千を、それらがグラディアートではないことを視認し敵軍はそのまま当たることを警戒してか四方へ四つに分かれた。こちらの視認できるグラディアートがたった二機であることも幸いした。そのような無謀をする愚か者など、この世には居ないからだ。輸送型機械兵ユニット群の多さも警戒させるに十分役だった。ランディングシップは、グラディアートを隠し潜ませることが十分可能だから。更に双方接近すると、四つの敵の軍勢が包囲するように押し寄せてきた。
ことの成り行きに予定どおりうまく事が運んでいることを確認し、零は鋭く呼びかける。
【シェルケ、グラーグとランスールの同期で自律軽量斥候をしっかり纏わり付かせた幽霊を動かせ!】
【イエス・マイ・ロード】
機械的なシェルケの答に、ホロウィンドウ表示された戦域情報に零は視線を走らせた。ランスール制御下の機械兵ユニット群に追従する形で配置していたグラーブ制御下の環境追従迷彩を施した汎用攻撃機械兵ユニット群一万が、高速で空を疾駆した。続いて四方から迫るトルキア帝国軍の内下方の軍勢に乱れが生じた瞬間、相次いで爆発が引き起こされ混乱に陥った様子を零は敵機を表す輝点から読み取った。汎用攻撃機械兵ユニット群には強力な炸薬が仕込まれていて、それが自律軽量斥候の電子攻撃に守られかろうじてセンサに補足できただろうそのときには、もう既に手遅れだった。未来予知により、この事態を体感したことも徒となった。下方の敵軍全機が、同時に回避しようと機動したため乱れが生じたのだ。そこを襲われた。大破し堕ちていくトルキア帝国軍グラディアートが多数。
鞭のように思考を迸らせ零は、リンクシステムにより繋がったグラーブをより一層強く感じ己の身体のように認識していたそれを、己自身と故意に錯覚する。
【ブレイズ、切り抜けるぞ!】
【応。一切色気は無しだ。ここを切り抜ければボーアの奴らと戦う機会は、この内戦中幾らでもある!】
グラーブ制御下の機械兵ユニット群一万の特攻を受け混乱状態の下方の軍勢は、十分につけ込む隙が生じていた。零はグラーブに、大気含有惑星重力圏内巡航速度から、大気含有惑星重力圏内最大速度を強いた。背面の推進システムから大量の燐光がぱっと散り、一気に駆け抜けて行く。ブレイズのランスールも、制御下の機械兵ユニット群一万五千も。
が、敵もただ呆気に取られているわけではない。指揮系統は混乱していても、咄嗟に個人の判断で動いたグラディアートも僅かながらあった。当然、それは精鋭であるボーア・エクエスこそが。
アップルグリーン色のごつい超重量級のグラディアート・フォルネルが、その鈍重そうな外見からは想像し難い敏捷さで、横合いから突っ込んできた。他ユニットとの行軍用ではない高速を課すが、旧式のグラーブではまるで振り切れない。
零の中で、痺れるような感覚が湧き上がった。久しく忘れていた感覚。それを求める渇望と共に生じたのは、恐怖。零に過去を、ソルダとしての生き方を捨てるに至らしめた過酷な情景を思い起こさせた。
そして、もうあそこに戻るのはごめんだと零に激情が湧き上がり、途端培われた戦士としての直感が呪詛を吐き出す。
【一国の誇りを注いだ玩具を駆っているからって、粋がるなよ! シェルケ、攻撃提案をキャンセル】
光粒子の赤い凶悪な輝きを宿すバトルアクスが振り抜かれ、グラーブへと迫った。零は、フィールドを発生させエネルギー伝達によって表面を硬化させたヒーターシールドでそれへぶつけるように叩き付け、同時にバトルアクスの刃に直角に近い角度で当てた盾の角度を鈍角へと変えつつ相手の力を利用し流す
。
グラディアートの武器に使用される創世金属アダマンタインは、その超重量と引き換えに破壊不能とまで言われる硬度を持つ。光粒子及び秘超理力の伝導率が高く刃に流せば、グラディアートのエンジンである次元機関による高出力で生み出されるパワーでもってキロメートル恒星戦闘艦クラスの重装甲を除けば、あらゆるものを切り裂く。近接戦闘で対抗できるのは、同様にアダマンタインを使用したグラディアートが使う武器だけだ。
そして、グラディアートは近接戦闘こそが真骨頂だ。汎用亜光速推進機関の推力と機動スタビライザーの重力偏位による機動制御によって、不可能などないような速度と機動。それを活かす機体制御の根幹をなすオルタナアライメント・プレコグニション・サイバニクスシステムは、キャバリアーの有する未来予知をより先鋭化させる。つまり遠隔からの攻撃は、搭載された汎用人工知能の未来予測とファントムが増幅したキャバリアーの未来予知によりほぼ通用しない。先ほどの奇襲のように、それが徒となるような使い方をしなければ。
零が駆るグラーブは、フォルネルのバトルアクスを流しきり大振りさせるかに見えた。そうなれば、それは零にとっての圧倒的な隙となり確実な敵の破滅だった。が、そうはならなかった。フォルネルは、左腕に装備されたスクトゥムをバトルアクスを握った腕とクロスするようにし、強引にグラーブとの間に割り込ませたのだ。その奇妙で不自然な動きは、キャバリアーとファントムとグラディアートの協働――オリジナルより進化した未来予知によって導かれたものに違いなかった。
生身のキャバリアー同士の戦いでは未来予知は互いに同等に影響し合い相殺されるが、グラディアート戦は差を持って機能する。それは、未来予知に干渉するファントムが存在するためだ。キャバリアーが有する未来予知に優劣は本来ない。が、グラディアート戦ではファントムの優劣が、未来予知の優劣にそのまま直結するのだ。
ぞっとしたようなグラーブが感じ取る感覚が疑似神経接続によるリンクシステムを通し零に流れ込み、が、それは零にしたところで同様だった。何しろ、ファントムで劣ったことは滅多になかったものだから。衝撃が機体を襲う。第一エクエス・ボーアが有する超重量級精鋭機の圧倒的なパワーで弾かれた。フォルネルが、巨大な盾でシールドバッシュを仕掛けたのだ。コクピットの中が、警告の表示と不快な音で満ちた。
シェルケの淡々とした片言が、被害を伝える。
【駆動系一部損傷。概算出力、一五パーセントダウン。戦闘に支障無し】
【端からパワーやスピードあらゆる全てにおいて劣ってるのに、更にパワーダウンして戦闘に支障が無い筈がないだろ!】
体感している未来が、震えた。それは、零の敗北に繋がるもの。
――次の一手は取られる!
未来に従い機体を制御するが、間に合わない。フォルネルは、超重量級の機体による突進の迫力を撒き散らし突っ込み、が、得意げなブレイズの高速情報伝達が響くと同時藤色の残像が駆け抜ける。
【一つ貸しだぞ、零】
突進してきたフォルネルは、高い機動性を有するランスールが真上から機体を掠めるように擦り抜け様、一撃を喰らっていた。流石にその重装甲に助けられ撃破とまでは行かないが、それでも戦闘続行は難しい損傷だった。
悔しさにも似たものが零に掠めたが、思考にほっとした様子を装う。
【悪い、ブレイズ。助かった】
疑似神経接続が伝えるグラーブのセンサが捉えた敵機の動きに零は、機体をただの人間が見れば瞬間移動したような動きで横にずらした。元いた場所を、赤い光を刃に宿したグレートソードが機体と共に通り過ぎた。
コチニールレッド色をした、アイセンサとぽかりと空いた口元にストライプ状のバーが縦に並び見る者に死神的な印象を与える頭部と、ラージクラスの骨格を使用した丸みを帯びた重装甲に覆われた全身を有する、トルキア帝国軍兵団主力機セルビンだ。右手に赤い光を刃に宿したアダマンタイン製光粒子エッジ式グレートソードを持ち、左腕に同じくアダマンタイン製フィールド発生エネルギー伝導硬化型スクトゥムを装備する。
セルビンが、その重量級にしてはフォルネルにはまるで及ばぬものの悪くない機動を見せ向きを変え、グラーブへと向かってきた。
羞恥にも似た思いが、零を駆り立てる。
――さっきのフォルネルのようにはいかない。ファントムは、少し上なだけだろ? 間違った未来しか視ていない。こんな未来を突きつけられても、幾らでも覆せるぞ。
背を向けている零のグラーブは、遊ぶように後ろへと飛行する。セルビンが突き入れてきたグレートソードを、機体を前へと倒し縦にくるりと一回転させ躱し、元の向きに戻ったときにはセルビンのがら空きの後ろに付けていた。セルビンのキャバリアーの慌てた様子が機体の動きから伝わってきたが、もう遅い。この世の何ものをも切り裂く創世された超硬金属アダマンタインの光粒子を刃に伝導させることで増強された貫通力が、恒星戦闘艦やグラディアートの装甲に用いられるシェイプキーピング素材、他の追随を許さぬ耐久力と卓越した剛性を有する超緊密アポイタカラ甲の装甲を機動スタビライザーごと刺し貫き撃破した。
感嘆と喜色が同居したような、ブレイズの声が脳裏に飛び込む。
【なっ、今のすげーな。未来予知で攻撃は予測できてても、意表を突いた動きで分かってても対処出来ねー。回避も攻撃も封じられれば、機体とファントムが上でも無意味だ】
【つまんない、手品だよ。機体もファントムも違いすぎて、まともに戦えないからな】
【いやいや、だからすげーんじゃねーか。やっぱ、おまえキャバリアーに向いてるぜ。このまま手柄を立てて、そのままボルニアに仕えちまえよ。俺も頼りになる同僚がいれば嬉しいし】
意気込むようなブレイズの言葉に、零はむっとなる。
【ソルダとしての生き方には意味がない。戦いでは何も解決しないからな。ブレイズ、動きを止めるな。新手が向かってきてる。兵団群を突っ切って一気にファラル城塞へ。機械兵ユニット群の一部は捕まるだろうが、着いて来られるだけでいい】
【心得た】
グラーブとランスールは機械兵ユニット群を先導するように、小さくはない損害を受け未だ混乱が残る四つに分かれた敵軍の一つを突っ切る。さすがにもう立ち直った機体が多く、グラディアートの速度についてこれず遅れがちな機械兵ユニットが、敵の攻撃に捕まりだした。煙を引きランディングシップ型機械兵ユニットの一機が堕ちていき、搭載していた多脚型の機械兵ユニットを吐き出した。
機体性能に任せた高速で追い縋る数機のフォルネルの内一機を、零はグラーブの速度を落とさずヒーターシールドを叩き付けるようにしてシールドバッシュを仕掛けた。が、ファントムの性能で勝るフォルネルは、それを読み機体を僅かに傾けるだけで躱した。
零の思考に閃光が走り抜ける。
【うまい】
速度と敏捷を高める基技アジリティを、零は強く発動した。零は攻撃が躱されても空振りした挙動を止めず懐に飛び込ませたグラーブを敵機に密着したまま機体を擦り抜け様高速で回転させ、盾のラッキング機構を動かしヒーターシールドを後退させた。最後は高めた零の身体能力が乗った捻りでフォルネルに再び正対したときには、既に伸ばしていた左掌をフォルネルの胸部に相手が反応出来ぬ尋常ではない速度で押し当てた。
インパクト――。
装甲に密着させたグラーブの掌に、青白い光が溢れた。重奏波。左右掌に装備された、複数の波長の異なるプラズマを発しその衝撃で内部を破壊するグラディアート標準装備の機構。掌を押し当てられたフォルネルは、装甲の隙間からスパークを散らし堕ちていく。
――神速に達したのは、一瞬だけ。シェルケは、機能不全になってないな。一定レベルのクリエイトルが育成したファントムでも無い限り、あんな速さはサポート仕切れない。
その隣では、グラディアートとファントムの性能差でランスールは、操るキャバリアーの力を遺憾なく発揮し一方的に斬撃を見舞いフォルネルを撃破していた。
零とブレイズは、その実力に物を言わせトルキア帝国基地防衛兵団群を抜けた。前方には、遮るものなき空間が広がっている。機械兵ユニット群は大分数を減らし、それでも五千ほどは健在だった。朝焼けの空を疾駆する零たちをトルキア帝国兵団群三万は向きを変え追い始めたが、既に距離はかなり開いていた。零とブレイズは、逃走進路を変えつつトルキア帝国兵団群を誘導する。トルキア帝国軍の追撃ルートに、別軍の進撃ルートが交差した。
暫くするとシェルケの片言が、零の待っていた報告を違和感を感じさせるほど無感動に、機械的に告告げる。
【惑星ファル駐留軍兵団群二万、トルキア帝国軍兵団群三万、戦闘開始】
【へ、うまく味方に擦り付けたな零。これでファラル城塞攻略の時間が稼げる】
【ああ。城塞に居座ってるトルキア帝国軍残兵を叩き出して、亜空間航路封鎖を解く】