第1章 惑星ファル地表拠点奪還戦 4
司令官デュポンに面会を求め執務室に通されたのは、酒場を出てから四時間後だった。ルナ=マリーとは酒場で分かれ、ヘザーと共にオーガスアイランド号へと帰って行った。
既に惑星ファルの駐留軍臨時本部がある地表には夜の帳が降り始め、宇宙港近郊の高層ビル群が建ち並ぶ市街地以外は荒涼とした風景を薄青い暮色に染めていた。空に浮かぶ水晶原石のような光線照射量調整用の巨大構造物は、昼間白く輝き貴石めいていたが今時分にはまさに輝度を強め人工の月といった趣を強めていた。
その暮色を背景に重厚な執務机に座るモリス・ド・デュポンは、男性としては長髪の部類に入る亜麻色の髪を丁寧に流し爽やかに整った顔立ちと相まって悪くない印象を与えるが、茶色の瞳の目元に陰鬱さがあってどこかそのまその印象を信用させない。全身は中肉中背でそれなりに鍛えられていて美丈夫だが、物腰にどこか取って付けたような優雅さがあった。戦時を意識してか紺色を基調とした略式の戦闘礼装を兼ねた戦闘服を着用しており、上下の強化繊維の布鎧と胸部プロテクターに通常とは違いレリーフや銀糸を所々あしらい堅実さのある豪華さが全体を纏め上げていた。零の第一印象では、お役所の官僚的な人物だった。
零とブレイズの二人が前に立つと、モリス微笑を浮かべやや高めの声を穏やかに鳴らす。
「我が惑星ファル駐留軍の呼びかけに、早速応えてくれたそうだね。歓迎するよ。国境惑星といっても、本当は平和な辺境なんだがね。が、その平和がトルキア帝国軍に脅かされた。現在我が軍は窮状にあり、君たちは駐留軍にとってとても貴重だ」
「ありがたき、お言葉。励みにしまっす!」
「お言葉痛み入ります」
ブレイズは高揚感に満ちた感動の面持ちで、零はいささか儀礼的に答えると、モリスは頷きつつ再び口を開く。
「とは言っても、今すぐどうこうできる相手じゃない。早く出て行って貰いたいのはやまやまだが、ことはそう簡単には運ばない。全く、困ったものだよ。わたしはね、ここの暮らしに満足していたのさ。中央との柵とも無縁だからね。が、今その平和はトルキアによって蹂躙されてしまった。で、何かね? わたしに面会とは?」
本題を切り出してくるモリスに、零の口元に人の悪い笑みが掠める。
――募兵受付のボルニア軍人とは違って、女帝陛下のためだの帝国万歳だの全く口にしないな。内乱中だっていうのに、温度差が凄い。どうやら、モリス司令はここでの平穏な暮らしを邪魔されたことを憤っておられるらしい。ま、悪いことじゃない。正直なのはいいことさ。
できる限りモリスの欲求に訴えかけるよう注意しながら、零は用件を切り出す。
「試していただきたい策があります。すぐに惑星ファルが元に戻るかと」
「ほう? 戦術担当の汎用人工知能(AGI)がすべての可能性を検討した上で、打開策なしと言っているのに?」
茶色の瞳に興味をちらつかせるモリスに、相手が望むだろうことを零は口にする。
「新参である自分とブレイズが、わざと敵に見つかるよう強力なレーダー欺瞞を備えたダミー表示が可能な機械兵ユニットと敵を足止めできる数を揃えた機械兵ユニット群と共にグラディアートで出撃し、敵主力を引きつけます。その隙に駐留軍主力がファラル城塞を奪還し、亜空間航路封鎖を解き情報運搬超光速艇(Icftlb)を向かわせ味方を迎え入れればいいのです。この惑星は、東の玄関口の一つとなる重要拠点。女帝軍は、既に動いていることでしょう。惑星ファルに向け、攻略軍を進発させている筈。すぐさま、味方が到着するでしょう」
「ほう……貴公らが囮になると」
爽やかな面にポーカーフェイスを刻むモリスの声には確かな希望が滲み、傍らのブレイズは零を睨み小声で抗議する。
「な、おまえ勝手なこと言いやがって」
「おまえは黙っていろ」
肘鉄を食らわせ「うぐ」とくぐもった呻きを漏らしブレイズが押し黙ると、素早く零が向けた観察する視線の先でモリスは満更でもない様子で、それでも取って付けたような悩む表情を浮かべる。
「我が軍にとっては悪くない提案だ。戦術担当の汎用人工知能(AGI)から当然そのような策は上がったが、完全無人の機械兵ユニット群だけでは主力がファラル城塞を奪還する間敵を引き付けておけるかどうか。接敵すれば見破られ、すぐさま城塞に取って返すだろう。無視できぬようグラディアート共々キャバリアーを同行させれば、敵がこちらの意図を訝り勘ぐる間時間を作り出せる。そして、キャバリアーを仕留めるまでは機械兵ユニット群を無視して取って返しはしないだろう。だが、人道的に問題がある。まず、囮となった者は生きては帰れない」
顎に手をやりモリスは、しきりと声を悩ましげにする。
「君たちを捨て駒にするような策を、実行するわけにはいかない。敵兵団群三万だけではなくボーアも恐らく食いついてくる。二人が生きて帰れる見込みは、まず皆無と言っていい」
言葉とは裏腹、茶色の瞳に抑えがたい欲望が見え隠れするモリスに、もう一押しと零は言葉を重ねた。相手が、自身のためではなく公儀のためと錯覚するように。
「そのようなことは、瑣事でございます。ひとたびボルニアの臣となったこの身。帝国、引いては女帝陛下の危難に、身命を賭すのは本懐。是非とも御命じください。その身を投げ打ち、帝国に、女帝陛下に尽くせ、と」
「どの口でほざきやがる。そんな心にもないことを、ペラペラと。テメーが忠誠だぁ。笑わせんな」
脇腹を押さえ小声で抗議してくるブレイズの肩をやや乱暴に抱き、零は猫なで声を作る。
「なぁ、ブレイズ。ボルニア帝国の臣になりたいんだろう? 今の俺たちは、試用期間だ。正式には、まだ帝国のキャバリアーとして正式に雇われたわけじゃない。ここで、先輩方を立てて認めて貰う必要があるんじゃないのか? そして、手柄も立てておく。内乱が終わった後、帝国内にそれなりの地位を築けるだけのな」
「ま、まぁ、そうだけどよ。でも、それでもな、おまえ。いきなりなんだよ」
零とブレイズの様子を眺めていたモリスが、敢えてその遣り取りが見えていないかのように感に堪えないといった面持ちで声を高揚させる。
「いや、お二人とも立派な心がけだ。作戦が成功したら、その生死に関わらず必ず貴公等の献身的とも言える忠誠を報告させて貰う。生き残れば、最初から一軍を預かる部将となり正式に帝国の臣となろう。明日、作戦を実行するものとする。おって、詳細を貴公等に伝える」
うまくいったと零は内心ほくそ笑み、そう言えばと支障となる問題を駐留軍司令官直々に解決して貰おうと決める。
「お願いがあります。グラディアートとファントムをわたしは持参しておらず、回して貰うまで数日かかると言われました。作戦に間に合わせる必要があります。それと、機械兵ユニット群の編成はこちらに任せて貰いたいのですが」
「早速、手配しよう。ユニット群の選別と規模も任せよう。では二人とも、作戦決行まで十分に英気を養い給え」
執務室を出ると、早速ブレイズが噛み付いてきた。いつになく険悪な声だ。
「巫山戯るなよ。第一エクエス・ボーア連隊に敵兵団群三万。それを、俺とおまえたった二人で引き受けるって? それは、無謀ってもんだろう。司令が言っていたとおり、生きては帰れない。誤解するな。俺の願いはボルニアに仕えて栄達することで、病的な忠誠心を満足させることじゃない」
憤慨をぶつけてくるブレイズの剣幕に、零は尤もだと人が悪く思った。誰が見ても死地と分かる。ブレイズは、一方的に巻き込まれたのだから。
だが、零の麗貌には小馬鹿にしたものが浮かぶ。
「おまえ、馬鹿か? グラディアート戦では物の役に立たない機械兵ユニット群を抜かした兵力差、二対三万百三十五。誰が馬鹿正直に、そんな戦力差で敵を引きつけ続ける?」
「おめーが、言ったんだろう」
煙に巻くような己の言葉を訝しむブレイズに、真実を打ち明けるような口調で、けれどその実具体的な事柄を含めず零は明かす。
「敵を騙すにはまずは味方から。デュポン司令には悪いけど、俺は巡礼の旅のために早く先へ進みたいんだ。現状、ファラル城塞攻略を戦力で劣るボルニア帝国軍では達成できない。連隊とはいえ、最精鋭のボーア・エクエスがいるからな。デュポン指令に従っていては、いつになることやら。何ヶ月もかけて攻略群が到着するのを待たなければならなくなる」
「おい、零……それって……」
何やら察したらしいブレイズが先ほどより険しい視線を向けてきて、零は満足そうに笑みを閃かせる。
「味方を出し抜かせてもらうさ。喜べ、ブレイズ。募兵に応じてそうそう、望み通り手柄を立てられる。そして、俺は戦いとはおさらば。巡礼の旅に戻れる」
悪びれない零に、ブレイズは押し殺した声で心底を探るよう問い質す。
「おまえ、言ってることとやってることが矛盾してるぞ。戦いでは何も解決しないとか、言っておいて」
「そうさ。戦いは何も解決しないけど、生きていれば嫌でも巻き込まれることがある。ソルダとしての生き方は捨てたつもりでいたけど、仕方がない。今だけはまた戦って、望む未来を勝ち取るしかない」
それまでの覇気にも似た奸智さが消え失せ零は不機嫌になり、そんな零を見るブレイズは訝しげだった。