第1章 惑星ファル地表拠点奪還戦 1
懐かしさ混じりの戦塵が誘い、わたしは再び剣を取った。それは甘美な誘惑に満ち、わたしは用心した。
――――戦場の執行者の唄
「零・六合。年齢:四一歳。出生地:聖帝国帝星ヴェロイア。当地にてソルダ認定。職業:旅の巡礼者」
三時間ほど前惑星ファル周辺域にキャバリアー募兵の呼びかけを行った恰幅のいいあの帝国軍人がカウンターとなった募兵窓口に座り、募兵審査を希望したとき送られてきた応募テンプレートに必要事項を記載し提出したデータファイルを、零との間に仕切りのようにホログラム投影し軍人が読み上げていった。途中、軍人は顔を顰め言葉を切りギシリと音を立て、少し乱暴に椅子の背もたれに身体を預けた。嫌でも不機嫌さが伝わる。
隣から、同様に募兵手続きを行う声が流れ込む。
「ブレイズ・リュトヴィッツ。年齢:五二歳。出生地:ミケナ王国辺境惑星ビュート。当地にてソルダ認定。ミケナ王国経由で聖地よりキャバリアーに叙任。職業:遍歴の戦士」
その声が耳障りであるかのように、零の顔に嫌そうな表情が浮かんだ。読み上げられるプロフィールを聞き比べると、いかにも自分は胡散臭そうだと。隣で受付を行っているのは、オーガスアイランド号の用心棒のあの青年だ。
ここは元々惑星ファルの地表民間宇宙港で、今は惑星ファル駐留軍臨時本部となっている。募兵に応じる決意をした零は通信を入れてもらいその旨を伝え、乗船していたオーガスアイランド号は衛星軌道上の非常時で民間には封鎖されているキロメートル級艦船用宇宙港へ入港指示を受け、元々オクタヴィアンをボルニア帝国軍に引き渡す交渉をしたい船長は応じた。入港すると零は下船を伝え、一部運行している軌道往還機のシャトル便で惑星ファルへと降り立った。指定されたキャバリアー募兵受付にやって来てカウンターへ向かったら、ほどなく青年が隣にやって来たのだ。
灰色のローブを脱いだ零は、黒いシャツの上に黒い強化繊維の布鎧を兼ねたベストを羽織り下は黒色のパンツとブーツで固め、一片氷心の佇まいの中に雅やかさが香る零が着ているので黒系の佇まいはいかにも瀟洒だった。ローブで分かりづらかった全身は、爽やかな襟首としまった腰がセクシーさを感じさせるやや細身の中背。無駄のない鍛え方をされていると分かるしなやかさがあった。黒色の髪を束ね左肩で垂らし、それに縁取られた面は夜空を映し出したような瞳が奥深さを与えすっきり通った鼻とやや硬い感じの口元が、佳人めいた中性的な容貌の中に静謐さを漂わせていた。
一方の青年――ブレイズは、オーガスアイランド号で着ていた強化繊維の布鎧から、青い宝石が填まったリボンタイで首元にアクセントを付けた灰色のシャツの上にスウェード地の剣と盾を組み合わせた徽章を付けたネイビー色のジャケットを羽織り、下は焦げ茶色のパンツと同系色のブーツで固め、少し気取ってはいるがどこにでも居そうな青年の格好だった。腰には、ダマスカス鋼製のバスターソードを提げている。中肉中背の全身は、ほどよく鍛えられていることが衣服越しにも分かる。アッシュグレーの短めの髪が飾った面は、思慮のある藍色の瞳から通った彫りの深い鼻と結びの柔らかめな口元が、誠実な雰囲気ととっつきやすさのようなものを感じさせた。
横目で隣を窺っていた零は、咳払いで視線を正面の軍人へと戻す。
「巡礼者とは、これはまた……うーむ……」
「ほう、遍歴の戦士とは、武者修行か何かか。ふむ、頼もしい」
零の正面にいる苦い顔をする軍人とは対照的に、ブレイズの正面にいる軍人は満足そうに頷いていた。好意的な言葉にブレイズは、どことなく誇らしげだった。
ちらりと零に視線を送ると、小声で囁く。
「職業を馬鹿正直に書くなよ。こういうのはな、はったりが大事なんだ。はったりが」
「お気楽な、おまえとは違うんだよ。そこをはっきりさせとかないと、後で困ったことになるかも知れないからな」
囁き返す零の耳に再びの咳払いが届き再び正面へ視線を戻すと、不機嫌そうな軍人の顔が視界に飛び込む。
「何だね、わたしが話をしているというのに余所見とは。これは帝国と貴殿にとって重要な話だと思うのだがね。周辺域内へ流したオープン回線の通信で要旨は分かっておるとは思うが、ことここに至った経緯を伝える。肝に銘じるように」
睥睨するような眼差しを零に向けると、軍人は声調を変える。
「ボルニア帝国では、前皇帝陛下の放蕩ぶりに各所で怨嗟の声が上がっていた。当初、西方鎮守府将軍の職にあるベルジュラック大公が男子のない前皇帝陛下に代わられることを願われていたが、かの大公は行動を起こさず自然に果実が落ちる――老齢の皇帝陛下が崩御なされるのを待っておられた。ボルニア帝国では大公家は皇族であり皇帝に男子の直系がなければ、皇位継承権を持つ男の大公が皇女より高い継承順位を持ち、現在男の大公は五人おりそのいずれかが次期皇帝となる筈であった。ベルジュラック大公は、その近衛軍やオルデン・エクエスの長に並ぶ要職から皇位継承権第一位に指名されていた。次期皇帝となるのはベルジュラック大公が最有力であった。が、状況はそれを許さなかった。前皇帝が出された悪法不敬密告法が臣民の生活を圧迫し始めたのだ。高潔な人物であられたアルノー大公オブリエ殿下が皇帝陛下を除こうと主導し始め、それを恐れた前皇帝陛下は愚かにも他国の、かつてよりボルニア帝国を狙うトルキア帝国やミラト王国と手を組み軍勢をボルニア帝国領内に招き入れた。焦ったのか、それに対抗する形でアルノー大公も他国を、ヴァグーラ王国を盟主とするヴァグーラ王国経済共同体諸国家盟約の盟約諸国の軍勢を自領内に引き入れた。傀儡となった前皇帝軍とアルノー大公軍の激突は間近と思われていたが、それまで静かに動静を窺っていたダイアス大公ヴァージニア殿下が憂国の思いから挙兵に踏み切り、皇帝軍を打ち破り捕らえたアイロス陛下を処刑された。ラ・リヴィエージェ宮殿にて女帝として新生暦一〇二一六七年八月六日に即位し帝国領内に蔓延る内憂外患を打ち払うため、女帝軍を起こし親征に出立なされた」
一旦言葉を切ると語調に勢いを纏い直し、軍人は続ける。
「なんと勇敢であることか。新皇帝ヴァージニア女帝陛下は。ことの成り行きに誰もが手を拱いていたというのに、帝国を救うため果断な行動を起こされた。ダイアス大公であられた陛下の手勢は、決して多いわけではないというのに。本来なら、敗北は必至。が、結果は違った。まさに機を見るに敏。トルキア帝国やミラト王国と組んだ皇帝派軍とヴァグーラ王国経済共同体諸国家盟約と組んだアルノー大公派軍。どちらが勝とうと、ボルニアは他国の思惑で混沌とした泥沼へと堕していったことだろう。心ある者は、誰もが憂えていた。そこへ、どこの国の紐もついていない皇位継承権者の挙兵。トルキア帝国ミラト王国連合軍と前皇帝派軍が合流してしまえば、ヴァグーラ王国経済共同体諸国家盟約の傀儡のアルノー大公以外手出し出来なかっただろう。まさに挙兵は、絶妙のタイミングだったのだ。まず近衛軍を皮切りに、並ぶボルニア帝国最精鋭の第一エクエス・オルデンと次ぐ精鋭第二エクエス・ロキナの半数以上が当時のヴァージニア大公殿下に呼応。他にも多数の主力兵団群が。皇帝軍は離反や様子見を決め込まなかった第一・第二エクエスの一部と皇帝支持に残った兵団群に皇帝派貴族軍からなっていたが、戦力はダイアス大公連合軍の三分の一に満たなかった。まさに疾風迅雷、ダイアス大公挙兵から僅か十日で勝敗は決した。新皇帝は、まさに女傑。英雄であらせられる。継承権上位者が帝国内に並び居る中、実力で帝位を奪ってしまわれたのだから」
感極まったように、軍人は大声を張り上げる。
「帝国万歳! 新皇帝ヴァージニア女帝陛下万歳! 帝国に希望の光が差したのだ。帝国軍人の端くれとして、わたしは帝国と女帝陛下に身命を賭す覚悟」
話す内に己の言葉に感化され感動の面持ちの軍人に、零は置いてけぼりを喰らったみたいに全く及ばぬ熱量で応じる。
「それは、何よりですね」
「何よりとは、何だね? 他人ごとのようじゃないか。志高く覇者の心を持つ女帝陛下の偉業を聞き惚れ込み、馳せ参じましたくらい言えんのかね? 君が提出した募兵願書の職業欄にある旅の巡礼者とは、巫山戯ているのかね」
「別に巫山戯ては……そのままを書いただけですが」
睨み付けてくる透過プロフィールファイル越しの軍人に、零はつまらぬことを気にするなと内心毒づいた。軍人は、口調に嫌みのスパイスをふんだんに塗し鼻で嗤う。
「全く熱意を感じられない。隣で受付を行っているブレイズ君を見てみたまえ。彼は、聖地からキャバリアーとしての叙任を受けている。その一事をとってみても詳細の分からぬ素性も、しっかりしていることが明らかだ。で、零君はというとソルダ。それは、正式な戦闘代理人としての位ではなくタレント区分。ただ、生物的に君は人間のソルダという種類に生まれたと言うだけに過ぎない。これまできちんとどこかの国に仕えていたかも怪しい。そもそもキャバリアーを募兵すると、わたしは言ったと記憶しておるが……まぁ、それはいい。一般的に、ソルダであればキャバリアーと呼ぶのが慣わし」
まくし立てられ返答に零は窮し、捨てた過去は抹消されて国際機関テンブルムのデータベースに問い合わせをしたとしても、零・六合に紐付けされた情報は徒人のように彼を映し出す。
どうにか事実と辻褄を合わせ、零は誤魔化し答える。
「アルバイトで、民間軍事企業で働いていたことはあります」
「傭兵崩れかね。ブレイズ君は、グラディアートとファントムを持参。手ぶらで来た君とは大違いだ。これから、帝国軍の一翼を担う覚悟のほどが見て取れる。一方の君はと言えば、旅の巡礼者だという。一体その巡礼の旅をしている君が、どうしてまたボルニア帝国の募兵に応じたのか甚だ疑問としか言いようがない。大国ボルニアがキャバリアーを集めていると聞いて、自分にも機会があると思って気が変わったのかね? 何を目的に生きているのか分からんね」
「そんなこと、あんたに関係ないだろう。ここは人生相談の場かよ」
相手に聞こえぬ小声で毒づくと零は、オーガスアイランド号では食い詰め感が漂っていたのに嫌な奴だと隣のブレイズに殺意の籠もった視線を一瞬送り、小馬鹿にした態度と口調で嫌みを口にする透過ファイル越しの目の前の軍人に、ことさら不貞不貞しいまでに取り澄ます。
「国境惑星ファルの亜空間航路管制システムが設置されたボルニア帝国の軍事拠点がトルキア帝国軍の手に落ち、現在航路が遮断されており先へ進めず難儀しております。これでは、巡礼の旅を続けられません。募兵の知らせを聞き、先へ進むために応じました。首尾一貫しております」
「巫山戯ているのかね? 内乱で低下する戦力を補うため新皇帝となられた女帝陛下は、広くキャバリアーを求めておられる。それまでの実績如何によらず実力ある者ならば誰でもボルニア帝国軍に加え、功績を上げれば生え抜きでなかろうとも取り立てるお心づもり。その場凌ぎの傭兵を集めているわけではないのだ。なのに君の言いようだと、亜空間航路封鎖の問題さえ解決されれば帝国軍を辞めると言っているように聞こえるが?」
「一定期間は、試用期間の筈でしょう。帝国側はその者の適正を見定め、応じた側は帝国軍の戦争代理人に自分が相応しいか見定める。双方の合意があって、初めて正式な仕官となる。だから、俺――わたしが、惑星ファル駐留軍に属している間に軍事拠点の再奪取がなされたとしても、ボルニア帝国軍こそが自分に相応しいとわたしが思えば、帝国側が仮採用から正式にしたいという段階になっても、問題はないと思いますが?」
小首を傾げ麗貌を不思議そうにしてみせる零には嘘偽りがないように見えて、却ってそれが自分の言うとおりにしろという不遜さが隠れ見えて、無言の圧力を軍人に与え彼という個性の奥にある傲岸さが垣間見えた。
恰幅のいい身体を前に乗り出させ、軍人は怖い顔で零を睨み付ける。
「自分に都合のいい理屈をこねおって。残念だったな。ここは、そこらの国とは違うのだ。セントルマの大国ボルニアだ。君のような我が儘な考えの者を、仮とはいえ帝国軍の末席に座らせるわけにはいかない。身勝手な君の志望動機は、帝国の臣に相応しくない。帝国への、引いては女帝陛下への忠誠心が育つのか甚だ疑わしい。君を採用するわけにはいかない」
軍人の厳めしい顔に満足そうな笑みが広がり決めるのは自分だという自己承認欲求が満たされた様に、反比例するように零の中で怒りが湧いた。自分を雇ったら報奨では全く見合わないくらいプラスにしてやるから、さっさと雇えと心中呟く。が、そんなこと言えるわけがない。
怒りを抑え込み、が、どうしても零の舌先は鋭くなる。
「それは、広くキャバリアーを求める女帝陛下の御心に反するのではありませんか? 氏素性が少々怪しかろうと、多少の脛に傷があろうと、有為の人材が欲しい筈。必ずしもそのような者が、最初から帝国や女帝陛下に忠誠心があるわけがない。そもそもそのような者ならば、既にボルニア帝国内に居て、仕官を求めて活動しているだろう。だが、そのような者が売れ残っている筈がない。だからこその女帝陛下の詔。募兵を聞いてそれぞれの思惑でやってきた者たちの心を繋ぎ止めるのは、大国たるボルニアの責でありそうでなければそんじょそこらの十把一絡げの国と変わらない。銀河の中原たるを自負するセントルマ、そこの歴史ある大国。そうでなければ生まれない寛容。それこそが、わたしたちにとって魅力と映る。その国の誇りある戦争代理人の一人となれるのだから。まずはその歴史ある大国としての態度を示さなければ、内乱で戦力が低下するボルニアが零落する可能性だってあり得る。それを防ぐため、戦力の補充は急務。個人の意見を優先していい事柄ではありません。そして何より、女帝陛下の御心を代弁するなら、忠誠を誓わせる自信がおありなのだろう。なのに、卿の言いようは女帝陛下への侮辱とも受け取れる。王者たる者、他者を屈服させ従わせるは生き様に備わっているもの」
「ぐぬぬ。また、理屈をこねおって……」
「お気をつけください。狭量は、ヴァージニア女帝陛下の株を下げるだけですよ」
歯がみする軍人に零は内心快哉を叫んだが、敵も然る者だ。
「君を採用してもいいが、条件がある。やはり再考してみても、君の職業と志望の動機は不安に感じる。だから、君が何らかの帝国軍規に反したときの連帯責任を負う保証人を用意してもらいたい。そうすれば、君を採用することができる」
その軍人の言葉は、零を心底困らせた。そして、激怒させた。
――なっ! こいつ。俺が一人で来たことは分かりきっているのに、そんな無理難題をふっかけて。今から、そんな奴見つけられるものかっ!
殺意を込めた視線を零は送るが、軍人はやたら嬉しげだ。
「どうしたのかね? 容易かろう? たったそれだけで、君の希望は叶うのだ。保証人を連れてきたら、君の帝国への仮仕官を承認しようじゃないか」
したり顔で条件を告げる軍人に、零は歯がみした。零の言葉に易々と軍人は乗らなかった。決してボルニア帝国に仕官したいわけではない零の心底は、見透かされている。
どうするか思い悩んでいると、隣から気軽な声が響く。
「俺がやろうか? その保証人。一応、俺とおまえ、初対面ってわけじゃないし」
まじまじと、行きずりに過ぎないと思っていた隣のブレイズを零は見詰めた。募兵受付の経緯からブレイズに負の感情を増大させていた澪だったが、まるで彼が聖人か何かのようにこのときだけは見えた。
だが、零の冷静な部分が――善意を装った悪意はどこにでも漂っていることを思いだし――ブレイズは怪しげな客船もどきの貨物船の用心棒をしていてそれに不釣り合いな実力を持つ海千山千な輩、目的が何か別にあるのではと飛びつきたいが思い止まる。
「本当か? だが、ブレイズだったか、おまえに何の得がある? 俺に何かあれば、おまえは連座するんだ」
「邪推するなよ。困ったときは、お互い様だろう。代わりと言っちゃなんだが、これから同僚になるんだ。一杯奢ってくれよ。それでいい」
あっけらかんとおおらかな笑みを浮かべるブレイズを、零は俄に判断しかねた。