第２章 犠牲の軍隊前編 ６
中央を欠くため左翼ではなく決死隊の左側最前列の前に陣取った零は、外骨格スーツのモニタに映る急速に大きくなる機械の群を注視した。それに連動し小さなウィンドウがポップし、汎用攻撃型機械兵ユニット群が拡大表示された。全長三十センチメートル。それなりに小型だが、小さいからといって侮れない。実体弾を別とすれば、光学兵器ならば高威力の物がこの時代には小型化されている。機械兵ユニットであれば、蝶を象ったそれその物といった数センチの擬態ユニットであれ人を大量殺戮するなど造作も無い。センサの目を掻い潜りさえすれば、見た目で見分けが付かぬ分より厄介かも知れない。
外骨格スーツの両腕に装備されたプラズマ砲の射程内に敵機が接近間近であることをシステムが告知し、零は右腕を持ち上げ左腕にマウントした硬化型ヒーターシールドを構えた。
自動で微調整がなされ、視線の先にある一機に照準。己の内側から溢れ出るヴィジョン――未来予知に従い、自動照準をキル。目標追尾最終決定を保留。照準後の最終調整を手動調整の半自動に。体感する未来から割り出したポイントに最照準。
発射。
汎用コミュニケーター・オルタナと接続された外骨格スーツを架空頭脳空間で零は自身の身体のように認識しており、プラズマ砲を発射したのも身体を動かす感覚だった。
命中。が、敵機に発生したフィールドがプラズマ砲を減衰させ、拡散こそしなかったものの致命傷とはならなかった。すぐさま機動しその場を敵機は離れたが、その移動先に既に零は二射目を放っていた。灰色の汎用攻撃型機械兵ユニットが発生したフィールドの減衰を免れ、届いた二射目は既に損傷を与えていた箇所へ到達。貫通と同時に弾き飛ばした。
その撃破を皮切りとするように、決死隊からプラズマ砲が、実体弾が無数に二千機の敵汎用攻撃型機械兵ユニット群に殺到した。
実体弾の多くは外れたが、プラズマ砲の多くは敵機を捉え撃墜していた。弾速ではなく、実体弾射出機を使用しているのがキャバリアーではないからだ。機械兵ユニットの未来予知とも呼べる演算から算出される攻撃予測で、徒人の攻撃では躱されてしまうのだ。その上、攻撃予測に基づいた先読みした連携を行う機械兵ユニット群は、只の人間では対処できない相手だ。未来予知を有し強化された肉体と秘超理力によって生み出される超越した技によって、キャバリアーはその脅威を遙かに上回る。
数の上では四倍する敵だったが、どうやら優位に戦いを進められそうだった。多方向の敵機を撃墜して行く零の死角を付くように、一機が高速で接近した。扇形の胴体から迫り出した両側の翼のような丸みを帯びたそこにマウントされた重イオン砲が高速で連射され、けれど零は躱すことなく構えていた盾を少し動かしただけだ。連射されたビームは、盾に発生させたフィールドの減衰を受けエネルギーで表面が硬化した装甲に阻まれ拡散した。盾で受け損ねても外骨格スーツに発生したフィールドと装甲で数発なら、同じ箇所に喰らっても保つだろうといった出力だ。今のような連射を喰らえば、さすがに一溜まりも無いが。
群飛する敵汎用攻撃型機械兵ユニット群は三機で編隊を組み決死隊を多方向から攻撃し始め、さすがに後方に位置していたキャバリアー以外の者達が俄に混乱を始めた。キャバリアーが居る前方は大丈夫だと判断し、零は危険ではあったが決死隊の頭上すれすれを飛びやや離れた後方へと向かった。
忽ち殺到する重イオン砲によるビームを、未来予知のヴィジョンに従い外骨格スーツに零はおよそ人間が扱う物ではないというような機動を課し躱す。その動きは、あまりにも高速で徒人の肉眼では捉えきれない。時折、その姿を確認したときですら残像を認識できるだけで、追い切れるものでは無かった。
η型をした背の左右にある機動スタビライザーが、重力子の出力とエリアの偏向でもって自在で俊敏な機動をスーツに課し、完璧な演算でもって連携された攻撃を切り抜ける。横回転するような機動を課された零の外骨格スーツは、ビームをヘルメットすれすれで躱した刹那、放たれた時には零の背後を狙ったそれが、迫ったときには回転し横を向いており投影面積が小さくなったことで標的を失ったビームが通り過ぎる。この動きは、偶然ではない。火線を掻い潜る為、零が狙ってやったのだ。それは、キャバリアーならば誰でも可能なものではない。卓絶した、戦闘センスを要するものだった。
型遅れの外骨格スーツと謂えども、以前は最新鋭だったのだ。画期的な新技術の登場で新たな外骨格スーツが開発されたわけでも無く、只単に耐用年数等による入れ替えでマイナーチェンジが行われただけだ。国の命運を掛けるグラディアートほどの開発競争に晒されているわけではないこの兵装は、古くなったというだけでボルニア帝国の最新型外骨格スーツとの性能差は、零が先のファラル城塞奪還で使用したグラーブと現役兵団主力機パルパティアほどの開きは無い。画期的な技術革新が無くともグラディアートはクリエイトルの才能差が出やすく、二世代の開きはかなり大きなものなのだ。グラディアートや恒星戦闘艦などの中核兵器で無ければ、差は生まれづらい。この時代の技術で生み出された外骨格スーツの性能は多少型遅れでも申し分なく、使用する者の技量次第で十分な性能を発揮できた。
実体弾射出機からコイル電流により高速で打ち出された弾丸があちこち乱れ飛び、けれどその数に反して攻撃を喰らう敵汎用攻撃型機械兵ユニットは希にあるだけだった。後方の決死隊は構えれば外骨格スーツを纏った身体を隠せるほどの大盾で敵のプラズマ砲を防いではいるものの、回り込まれてしまえばいかに高速で動作する外骨格スーツであってもそれを生かせる強化された肉体による反射神経もスピードも経験も無い徒人の彼らでは、一方的に蹂躙されるだけだった。既に二十名以上が、戦闘不能に陥っていた。運がよい者は命を長らえただろうが、重傷を負っている。
零は、今まさに硬化型の大盾で八つの三機で編隊を組んだ汎用攻撃型機械兵ユニット群からの攻撃を防いでいる数十名の背後から、襲おうとする十二編隊へ地上へ降りることなく接近し接敵。素早く零の接近に反応した一部からの攻撃を、硬化型ヒーターシールドで拡散させ一瞬で近接の間合いに。腰のラックに固定した太刀を引き抜き様秘超理力を刀身に伝わせ、すぐさま連携して来る新たに迎撃に加わった敵機からのプラズマ砲を未来予知を意識しつつも、スーツのセンサからの情報と周囲に張り巡らせた秘超理力による空間把握を優先し躱し、狙いを定めていた編隊三機を一瞬で切り裂いた。
目標の排除に失敗した汎用攻撃型機械兵ユニット群はすぐさま連携戦術を切り替え、決死隊の攻撃に参加していた幾つかの編隊が零への攻撃にシフトした。連射されるプラズマ砲。緻密に計算された逃げ道を塞ぐような幾重もの十字砲火を、けれど零は未来予知の体感によって回避の筋道を機械のシステムよりも先に知覚し、重イオン砲の火線が伸びると同時そこへ逃れていた。十二国時代の到来以前、戦場を我が物顔で支配していた人を超えて進化した自律戦闘機械を上回る人類をベースに生み出された戦闘種族ソルダが、インテリジェンス・ビーイングが主導する世界を塗り替え、人類に世界の主役の座を取り戻した力の象徴であることをまざまざと教えられるような戦闘技量。
残像を残すような機動。
否。攻勢に転じ編隊に接近したとき、外骨格スーツを纏った零の身体は幾つにも分裂した。キャバリアーの超技の一つ分身だ。秘超理力により架空の疑似体を作り出し、敵を惑わせる。俄に火線が混乱し、薄く光輝を纏わせた太刀で敵機を複数同時に零は切り裂いた。そのまま飛び退き分裂していた身体が本体に戻るように消え、残る数編隊を視界へ納めると太刀が纏う光輝が高まり敵機との距離があるというのに零は超速の突きの連打を放った。秘超理力の刃が乱れ飛び、汎用攻撃型機械兵ユニットの群を襲った。理力の飛刃は機体を切り裂き、一度に十数機が撃破され地へと落ちて行った。超技、スキャッター・ブレード。
と、そのとき零の左側、決死隊の陣形右側後方で目映い光が戦場を走り抜けた。エレノアの騎士甲冑が全身に秘超理力の強い光彩を纏い、決死隊を前後から挟撃する敵汎用攻撃型機械兵ユニット群へ突進したのだ。その光の弾道は、敵機の重イオン砲を弾き飛ばしつつツヴァイハンダーで薙ぎ払い通り過ぎ機械兵ユニット群を粉砕し殲滅して行く。まさに人であることを超えた化け物。
その様を視界に捉えた零の声に、畏敬にも似た高揚が混じる。
「十二大流派の中でも二聖剣の一つに数えられるタートゥロード流奥義の一つ、スカイスクレイパー。神技と呼ばれる最強技と同等かより上位のアルティメット技に匹敵する、流派技。ソルダ位階第二位以上、伝説級クラス以上で無ければ習得不可能と言われる、流派最難関の超難易度を誇る技。あのクラスの技を使用すればこその人外。伝説級に認定される実力だ」
エレノアが描く軌跡はまさしく雄渾といったものだが、そこに加えられる分身がその動きに複雑さを与え力業で粉砕可能ながらも、敵の――機械の演算さえも幻惑する。幾多の幻影が複数の編隊の塊に突進する様を見せながら、零の視界すら霞ませるような機動をし、疑似体のフェイクに意識が向かっていた矢先あらぬ方に出現して、戦闘に最適化された自律戦闘兵器の攻撃予測をも軽々と上回り反応を許さない。力強く見えながらも、繊細な戦闘スタイル。間違っても、今の零では行えない芸当。
零は敵の攻撃を回避するが、その動きには生身と違い制約がある。
「そして、騎士甲冑。悪くはない兵装だけど、外骨格スーツではあそこまでキャバリアーの意思を反映した機動と可動は無理だ。確かに高度に身体能力を拡張してＡＩが個々人に合わせ最適化していても、一つ一つの動きには齟齬が生じている。それに比べ騎士甲冑は、キャバリアーの為にだけ開発された。制作は、完全オーダーメイド。キャバリアー個人個人に最適化されたスーツ」
暫しエレノアの戦いぶりを観察した零に、決して注意が散漫になったわけではなくよく見ていたいが為敵機の行動への対処をギリギリまで先延ばししたが故、その間に隙の無い攻撃態勢を敷いた火線が集中した。
僅かに左に横移動し外骨格スーツの背後に秘超理力の波紋が広がった瞬間、零は今まさに放たれた重イオン砲の火線から上空へ瞬時にムーブで逃れた。
舌打ちが、零から漏れる。
「少し、左に流された。機動スタビライザーの僅かな誤差で、跳躍時の空間座標がずれてたんだ。自分の感覚とこのスーツとのずれが、こんな時に響く」
今居る予定だった座標は、即座に零へ攻撃可能な敵機が別の敵機に火線を塞がれるポイントだった。が、それがずれれば当然そのまま火線が伸び、けれど硬化型ヒーターシールドでビームを拡散させると思いきや、零は強引に外骨格スーツを右に回るように機動させ、そのときには既に構えていた盾で別のポイントからの重イオン砲の火線を防ぎ、先の敵機のビームは外骨格スーツを掠め通り過ぎた。
見事に躱したものの、零の声は浮かない。
「強引な回避。これが騎士甲冑なら、こんなことが無いのに。機械兵相手に情け無いが、この僅かな差がこんな多数を相手取った戦いでは致命傷になりかねない。それが、強者との戦いなら尚更」
今度こそソルダ位階第二位伝説級のキャバリアーであるエレノアの戦闘に後ろ髪を引かれつつ、零は己の戦闘に意識を集中した。エレノアのような洗練された派手さは無いものの、それでも零は高い戦闘技術でもって敵機を確実に葬って行った。
殆ど敵を排除できない敵汎用攻撃型機械兵ユニット群は、業を煮やしたように戦術を見直し波状攻撃を仕掛けてきた。ばらける攻撃にさすがに左側面とその後方全てを零はカバーしきれず、決死隊は果敢に実体弾射出機から弾丸を放つが撃墜は殆どできず、火線が彼らを捉え始めた。そんな中、後方へ回り込まれた一団の一人が高速で移動する敵機を見失いつつも追い縋り硬化型の大盾を構えた。
その様子を視界の端に捉えていた零は、やや感心したように独りごちる。
「いい反応だ。そして、キャバリアーで無い者ならそうするしかない。けど、敵は一機だけじゃない。一人突出すれば、いい的になるだけだ」
迫り来る敵機の塊を、零はスキャッター・ブレードで一瞬で殲滅すると外骨格スーツを急角度で降下させた。
先の外骨格スーツが大盾で正面からの火線を防ぐ中、左右から敵機が襲来しそれへ為す術も無い絶望の響きが零の耳朶を掠める。
「ああ……そんな……わたし達は、これでは……」
その女の声に、零は聞き覚えを感じたが急速に左右から彼女へ迫る汎用攻撃型機械兵ユニットの一機をスキャッター・ブレードで破壊し、けれどもう一機へ対処するには彼女の身体が邪魔をして回り込もうにも時間は無かった。が、地面に映し出された零の陰がすっと伸び、その先に零が現れた。その正面、今まさに攻撃を放とうと重イオン砲の砲身に赤い日差しを鈍く反射させる敵機を零は切り伏せた。そして、彼女の正面から攻撃し続ける敵機へ硬化型ヒーターシールドを構え突進。刺し貫いた。
零が振り向くと、助けた外骨格スーツがぺこりと頭を下げる。
「あ、あ、ありがとうございます」
「誰かと思えばあんたか。使用人が戦場なんてと思ってたけど、案外やるね。キャバリアーじゃ無かったのが、残念だけど」
動揺しつつも落ち着きを取り戻したその声の主は先ほどのメイドかと零はその果敢さに感心し、元メイドはやや呆気にとられたような声で尋ねる。
「今のは？ キャバリアー様でも無いわたくしでは、ソルダ技というものには疎いのですが、零様はわたくしを通り越して反対側に出現したように見えましたが」
「ああ、あれ。ちょっとした、手品だよ。まぁ、少し珍しいけど」
「は、はぁ。ですが、本当にありがとうございました。いくら感謝しても仕切れません。いつか必ず、このお礼は致します」
何度も礼を言う元メイドに軽く手を上げ零は、その場から飛翔した。
今の技は、影縫。ローレンツ力変換により影の伸びた先に、己を出現させる技だ。特殊な演算を要求される為、キャバリアーであることは勿論クリエイトルであることが絶対条件の、希有な技。エレノアのスカイスクレイパーのような派手さは無いが、流派に属さぬ汎用ソルダ技では最上位の神技に属する。それを使用した零は、尋常ならざる使い手であると言わざるを得ない。元メイドがそのようなことに疎いことをいいことに、零ははぐらかしたが。
確実に数を減らしていった敵汎用攻撃型機械兵ユニット群の攻撃は、その数に比例して散発的なものとなり半数はキャバリアーである決死隊は、零やエレノアといった超戦士の活躍もあって敵機を殲滅して行った。が、残り三機となった敵機が決死隊の上空を逃れるようにすり抜け様何かを落として行った。
それを鷹の目で視認した零は、忌々しげな声を発する。
「ちっ、爆撃か」
「零、撃ち落とすぞ。後れを取るな！」
気迫を艶のあるメゾソプラノに乗せるエレノアに、零は呼応し自由になった空を疾駆した。
投擲された数センチの小型爆弾を、零は急接近しつつスキャッター・ブレードで、エレノアも同じ技で十数個のそれを破壊する。が、遅れて投擲された小型爆弾へはやや距離があった。
零はムーブよる高速を纏い、背後に秘超理力の波紋を残し瞬間移動のごとき速度でその距離を瞬時に詰め、太刀に纏う光輝を強めパワー・ブレードで切り裂き爆発の余波を打ち消した。
零の耳朶に、声音を柔らかくしたメゾソプラノが流れ込む。
「零の戦いぶりを見るのは初めてだが、見事だな。ソルダ技に頼り切らぬ技量はさすがだ。論功行賞で報告されていたとおり、第一エクエスたる十分な実力があるな」
「そっちも。伝説級位階のキャバリアー様」
バイザーを上げ艶美な美貌に笑みを湛えるエレノアに、零も笑みを返した。
敵第一波の攻撃を、多少の被害を出しつつも決死隊は乗り切ることができた。
