第2章 犠牲の軍隊前編 5
低空を滑空飛行しながら進む零とエレノアに率いられた外骨格スーツ・ES七二五に身を固めた決死隊五百三十四名は、決して一糸乱れぬとは言い難い半数近くがふらつきながらの行軍だった。
行程の半分ほどを進んだとき、環境雑音のよう外骨格スーツのスピーカーから響いていた決死隊の者達の声の内一つがフォーカスされる。
「きゃ、きゃぁああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
ふらつきながら飛行していた一人の外骨格スーツが、突然急上昇しコースを外れたのだ。
舌打ちと共に零は、苛立ちを吐き出す。
「全く、ただ飛ぶだけで何やってる! システムに任せるだけでいいのに」
先頭を飛行していた零は、架空頭脳空間を介しもう一つの身体と認識している外骨格スーツを上昇させ背の汎用推進システムの機動スタビライザーが作り出す重力偏位でくるりと方向を変え、制御を失い暴れ回るように上空を出鱈目に飛ぶその外骨格スーツにピタリと合わせ胴を掴むと一気に制動を掛け、怒鳴るように声を叩き付ける。
「何もするな! 制御から意識を外せ」
「は、はい。も、申し訳ありません」
返ってきた声は、動揺と怯えに満ちた女の声だった。押さえる外骨格スーツから力が消え、そのまま滑空飛行している決死隊の整然としない隊列へと連れ戻した。
零に胴を抱かれ飛行しながら制御を取り戻すと、安堵した女の声が礼を言う。
「ありがとうございました。もう平気です」
「聞くまでもないけど、軍事訓練なんて受けたことがないな」
「わたくしはメイドですので。このような物を身に纏うなど初めて。荒事とは無縁でございます」
女の答に、零は軽く目眩を覚えた。大概貴族はかつて先祖がその実力でその地位を与えられた者達の子孫である為キャバリアーであることが殆どだが、当然そうで無い者も居る。それでも、貴族であればキャバリアーで無くとも軍事に多少は精通している。この時代、戦闘はキャバリアーか機械に委ねられ、国境惑星ファルで募兵を受け付けた軍人の言っていたソルダという生来のタレント区分に無い者が、肉体的な戦闘技量を身に付けようとすることは希だ。目端の利く者は多いかも知れないが、使用人となるとその立場上戦いらほど遠く、戦闘センスは自ずと絶望的だ。およそ門外漢だった。
どうして、メイドがと思う。罪状の重い重要人物でもあるまいに、およそ処罰の対象とは無縁だから。
憂鬱に、零は尋ねる。
「メイドが粛正対象になるとは思えないが?」
「はい。無体を命じられた主家に付き従って、無理を通しここまで参りました」
「自ら決死隊に参加したのか? 物好きだな。生きて帰ることは、絶望的だろうに」
「旦那様は、前皇帝軍に参加しヴァージニア女帝陛下との決戦で討ち死になされました。奥様とお嬢様だけにこのような非道な仕打ちを受けさせるわけには参りません。郎党の幾人かと参加しました。残念ながら、奥様とは別の隊となってしまいましたが」
「なるほど。死なない程度に頑張れとも言えないな。絶対に敵には近づくな。今向かって来る敵を凌ぎさえすれば、作戦行動を取る囮と本軍に敵は集中せざるを得なくなる。あの敵から生き残れれば、第一の試練とやらを生き延びられる可能性が高い」
その主家とやらに恩でもあるのか死ぬと分かっている死地に付いてきてしまう忠誠心に、さすがに零も同情を覚え慰めになるかは分からないがこれから始まる戦闘を深刻に考えさせないようにした。この時代の使用人の殆どは、自身か過去先祖が犯した罪で数世代国民資格を得られぬ階級の者達だ。自身では己の身分を保証できず、絶えず誰かの庇護を必要としていた。決して通常の国民のような生活を送れぬ、哀れな者達なのだ。
幾分声音を柔らかくし、メイドは少しだけ打ち解けたように答える。
「はい。零様。お優しいのですね。ご自分のお命も危ういというのに」
「別に。ただ、死ぬ必要の無い人間が、わざわざ死ぬことは無いってだけだ」
抱いていた胴を放すと零はその場を離れ、決死隊の先頭へと戻ろうとした。が、センサが拾った激しい物音に音源へと視線を向ける。そこでは、外骨格スーツ同士がぶつかりもつれるように落下していた。零の場所からでは間に合わず、二人とも地面に転がった。
外骨格スーツを煽り向かいつつ、零は今日何度目かの悪態を吐く。
「行軍停止! またか。何をやってるんだっ!」
「二人ともスーツが大破してる。中の者、無事か。返事をしろ」
先にその場所へと着いたエレノアが地上へ降り、二人の様子を確認していた。
弱々しい声が、恐怖に怯え返る。
「ど、どうにか」
「ぶ、無事だ」
重力制御が破損していなければ地面に激突する前にセイフティーが働き、外骨格スーツを装着していて落下死することはまずない。低空を滑空飛行していたことも幸いし、声の様子から怪我を負った様子は無かった。
エレノア達のところに到着した零は二人のスーツを一目見て、戦闘は無理だと分かり当座の行動を指示する。
「ここは、全くの敵地で乗ってきた強襲降下ユニットをベースとして使用するには危険だ。それに、次の戦闘に形だけでも参加しなければ刑の執行を逃れたと敵前逃亡を問われかねない。オルタナに、活動は記録されているからな。二人は、離れて付いて来い。そんなでも、無理な動きをしなければ飛ぶくらいはできる筈だ。戦場には、近づきすぎるな。適当に無駄弾でも撃ち込んでいろ」
二人に指示すると、上空に止まる外骨格《Eスケルトン》スーツ群を見上げながら零は呼び掛ける。
「外骨格スーツを装着した経験が無い者も居るようだが、無理に操ろうとするな。戦闘で無理をしようとしなければ、スーツの人工知能が自動で飛行を制御してくれる。飛ぶことは、少し意識するだけでいいんだ。自動飛行モードに目的地をこちらで入力するから、後は止まるまで放っておけばいい」
初めからこうしておけばよかったと零は思いはしたが、多少でも外骨格スーツの使用も含めた軍事行動に慣れなければ生還の目は上がりはしない。そう考えたところで、零は自嘲する。
――俺は、何をやってるんだか……決死隊がどうなろうと、俺の与り知るところではないというのに……今回生き残れれば、俺とは何の関わりもない者達だ……仮に、この場に俺一人だとしたら生き残れるかも知れない……けれど、現状はそうじゃない……個々はどうか知らないが、総合すれば足手まといが居るだけ……そんな者達の世話を焼いて、生き残れるのか……こんな状況で誰にでも生きる権利があるだの、一人で生き残って何になるなんて綺麗事を言うつもりはない……俺は、どんなときでも死ぬのはご免だ。
湧き上がる煩悶に自問しつつ、データリンクを通してスレイブ化してある決死隊のスーツのモードを切り替えた。ほどなく、先ほどとは打って変わって綺麗な群飛で行軍を決死隊が再開した。何も問題が起きることなく迎撃ポイントに到着する。
背後に居並ぶ外骨格スーツで身を鎧った決死隊を振り返り、零は口を開く。
「キャバリアーで無い者は、大盾で身体を隠し実体弾射出機を構え! ミサイルポッドはスーツに装着したままオートに。迫る小型機の群が見えるだろう。撃ってきても、無理に回避しようとするな。ここに来るまで、スーツを扱う勘が働いていないのがよく分かっただろう。仮にもこいつは、軍事用だからな。システムの安全機構があると言っても、親切丁寧な代物じゃない。装着者の命令に反して人工知能が自動回避などで制御してしまえば、戦場で役には立たないからな。そこら辺は、使用者の技量が要る。そんな状態で素人に自由に動き回られれば、混乱して戦闘どころでは無くなる。その場で敵機の群を照準に捉え、トリガ。前衛のキャバリアーは、味方の火戦に巻き込まれないように、スーツに装備された腕のプラズマ砲でなるべく対処して近接戦闘は避けろ。補給が必要なグレネードやミサイルは、後の為に取っておくんだ。自律軽量斥候を総員放出!」
こちらの移動に合わせ方向を変えた地上の機械兵ユニット群が、鷹の目の助けを借り無くとも肉眼で大分判別できるほどの距離に接近してきていた。その、頭上。雲霞の如き汎用攻撃型機械兵ユニット群が地上のユニット群を飛び越え、真っ直ぐこちらへと向かって来る。速度が速い。外骨格スーツの人工知能が提示した推定接触時間は、一分二十六秒後。待ち時間というほど間が無かった。
傍らのエレノアが、艶のあるメゾソプラノに開戦を間近に控えた気鋭を乗せ呼び掛ける。
「わたしと零は、ばらけよう。大雑把だが、右半分の面倒は見る。零は、左半分を。決死隊にとって最初の戦闘。彼らがこの作戦で生き残れるかが、掛かった戦いだ。ガチガチの彼らが、初戦を乗り切り戦場に慣れ勝つ感覚を手に入れさえすれば、半数近くはキャバリアーなのだ。生き延びる可能性が高くなる」
「そうしよう。浮き足立たなければ、機械兵ユニットではキャバリアーの相手にはならない。二百強は居るんだ。半数が門外漢でも、そこまで難しい相手じゃない」
お互い素顔がバイザーで覆われた機械じみた顔で頷き合うと、零とエレノアは左右にホバリングし分かれた。




