第2章 犠牲の軍隊前編 2
兵団と共に乗艦の帝国で標準的な軽巡航艦ヴァルミー級を取り上げられてしまった零は、押しつけられた決死隊と共にドゥポン兵団群旗艦である全長四キロメートル級の重戦艦ポトホリに移乗した。少しの間の根城から運ばれてきた物は零の本来の所持品と戦闘礼装やら身の回りの物以外何もなく、与えられた帝国兵団主力機パルパティアと標準的諸元の高性能強化型人形や最新型の外骨格スーツ等は運ばれてこなかった。
重戦艦ポトホリの格納庫の一角。そこに、今回の作戦で零と麾下の決死隊が使用する外骨格スーツがずらりと並んでいた。作戦決行時間が近づき、各自これから死地へと赴く憂鬱からのそのそと躊躇いつつそれの装着を開始していた。外骨格スーツを着込むなど、手間のかかるこことではない。自立式整備ハンガーに固定され開いた外骨格スーツへ背中から身体を預けるだけだ。が、装着し終えた者はほんの数人で零自身大多数に属していた。
自立式整備ハンガーにラックされた外骨格スーツを眺めつつ、零は独り言を溢す。
「ボルニアの最新型を見た後じゃ、こいつは型が大分古くて廃棄寸前まで使い古されてることがよく分かる」
「仕方がないさ。戦場での処刑を目的とする決死隊。これから死にゆく者たちに、ボルニア帝国の財産とも言える装備は渡せない。再生工場行きを検討されている予備の装備品を回されるのは、ま、当たり前だ。死に装束としては精彩に欠けるがな」
隣で肩を竦めてみせるエレノアは決死隊の刑を執行する零の補佐という名目で、零や決死隊共々処分したいジョルジュの思惑で同行することになり、兵団群旗艦ポトホリに与えられた乗艦から一時的に移ったのだ。
向き直り零は、互いに身体のラインがよく分かるインナーウェアに身を包んでいる為、その十分な女性的起伏を有した洗練されながらも野性味を感じさせる全身から色香が匂い立つエレノアに、詫びつつ相手を呼ぶことが初めてなので疑問を麗貌に浮かべる。
「済まない、リザーランド卿?」
「エレノアでいい」
綺麗な眉を軽く持ち上げ艶美な美貌を柔らかくするエレノアに、零の戦士としての部分が発する彼女の力量に対する警告を意識しながら口調に気軽さを装う。
「じゃあ、エレノア。前にも忠告してもらったのに、無視して巻き込んでしまった」
「同じことだ。ベルジュラック大公の機嫌を損ねなくても、同じ結果になっていたさ。わたしの家であるリザーランド伯爵家は、前皇帝派でな。父上は、女帝ヴァージニア陛下との決戦に参戦し、帰ってこなかった。わたしが、決死隊と共にいないのは近衛軍司令と女帝陛下の好意だ。自分で言うのも何だが、わたしはボルニア帝国でも貴重な戦力だ。それを失いたくない打算がある、というのが本音だろうがな。だから、この内乱でわたしに手柄を立てさせ、近衛軍に復職させようとしているのさ。伯爵家も、お咎めなしという条件で。それが公には都合がよくないのさ。わたしがこの内乱を生き残れば、女帝陛下の忠実な臣となるからな。後々の為にも、女帝陛下の手元に優位なキャバリアーが多く居られては困るのさ」
雅やかさの中から現れる率直な言動のエレノアに好意を抱きつつ、零は言うべき言葉を続ける。エレノアには縁もゆかりもない関わらぬ方が得策の自分に、関わったのだから。
「それでも、だ。どこの馬の骨とも知れぬ、この先ボルニアでやっていく気があるのかも分からない俺のために、ベルジュラック大公に楯突いてもらったんだから」
「いいさ。言っただろう。わたしは、この国の貴重な戦力だって。これでもソルダ位階第二位伝説級だからな。伝説級位階以上の者は、大国ボルニアでも二十名といない。元から、わたしはあんな感じだったんだよ。ま、それも内乱勃発以前の話だけどな。それなりに、大きな顔をしていられたのさ」
吐息がかかるほど美貌を零のそれに近づけるエレノアから艶めきを感じつつも、彼女の内奥に潜む勇猛な気配がひしひしと伝わり、人外と言われるソルダ位階第二位以上の化け物であることが嫌でも感じさせられた。
それを気取られぬよう零は、笑みを纏う。
「なら、よかった。少しだけ気が楽になったよ」
「ああ、だから恩になど着なくていい。この作戦は勿論のこと、生き残ればその後も内乱中はご同輩だ」
零から身を離すとエレノアは、自立式整備ハンガーに固定された零たちに用意された外骨格スーツとは別のというより、別物へと手を伸ばした。それは、ここにある物だけではなく通常の外骨格スーツよりもぎゅっと収斂されていて、兵装としてのゴツさがなくどちらかと言えば優美であり、洗練された形状を有していた。金色のインナーアーマーが所々覗く紅のそれへ、エレノアは身体のラインを浮き彫りにしたインナーに包んだ身体を預けた。
零も外骨格スーツに身を預けつつ、エレノアへ羨ましそうな視線を送る。
「いいな、それ。騎士甲冑か。こいつじゃ痒いところに手が届かないからな」
「わたしの個人所有の物は、使わせてくれるらしい。ありがたいことに、な。長年愛用しているものだから、ないと戦場で違和感が湧く」
拳の裏で、砂色の全体的にブロック化したアーマーに覆われた見た目から軍用の実用タイプの外骨格スーツを叩く零に、エレノアは満更でもなさそうに答えた。
エレノアが装着したそれは外骨格スーツではあるのだが、区分が異なっていた。騎士甲冑と呼ばれ、キャバリアー用に最適化された外骨格スーツだ。一体一体、使用者の体格に合わせ制作されておりそのため他者が使用できず、使用者専用の第一・第二エクエスでなければ通常の兵団群では群長くらいにしか用意されない高性能な高級兵装だ。零の外骨格スーツも十分にソルダとしての力を拡張してくれはするが、騎士甲冑ほどの精度とパワーやスピードは期待できない。
汎用コミュニケーター・オルタナと外骨格スーツの接続を確認すると、零は装着を軽く念じるように命じ開いていた装甲を閉じた。
周囲を見回し、悲痛な顔で俯いたままの決死隊へやや低めで大きくもないのによく通る声を厳しくし命じる。
「もたもたするな。ここでグズっても時間になれば無理にでも、強襲降下ユニットに乗せられる。痛い思いを、戦場に着く前にしたくはないだろう」
諦めたように外骨格スーツを装着し始める決死隊を見遣りつつ、小声で零は心にもない己の言葉を自嘲する。
「ま、分かるけどな。誰だって、死刑執行台になんて昇りたくない。俺だって」
「今は、目の前の戦場を生き延びることだけに集中するんだ。生き残った後で愚痴るんだな。死出の旅路に出立したくはないだろう、巡礼者」
騎士甲冑に身を固めた優雅でありながら凜々しい姿のエレノアが零の前へ立ち、小声でメゾソプラノに気迫を乗せ言外に気分を切り替えろと窘めた。軽く、零は目を見張った。
――ソルダとしての生き方を捨てたくても、許されないな……。
逡巡後、零は短く答える。
「了解」
自立式整備ハンガーから外骨格スーツをリリースし、零は仮初めの戦士として床に足を着いた。




