第1章 惑星ファル地表拠点奪還戦 8
間近に迫ったファラル城塞は、その威容を見せつけた。銀河で最も洗練された文化を誇ると自負するセントルマ地方で、歴史ある大国でもあるボルニア帝国の国境惑星に建設された、亜空間航路を管理する重要軍事拠点として申し分ない規模の巨大構造物だった。それだけに守りも堅い。恒星戦闘艦を除く大規模建造物に使用される、耐久力が高く加工に適したヤスキハガネによるぶ厚い装甲で建造されていた。
夕暮れのような朝焼けの空を吹き飛ばし登り始めた優しい金色に照らされた、中央に聳える六角形が幾十と積み重なったような構造をした高層で横にも広いタワーがファラル城塞の中枢に他ならず、二百階の最上階が亜空間航路管制システムが設置されている場所だ。その裾野には、広大な宇宙港と地・空防衛システムが備えられていた。
零のグラーブととブレイズのランスールが先導する機械兵ユニット群残存五千は、空を駆け抜け城塞を急襲した。突然だったため自律防衛ユニット群は出撃しておらず稼働した自律防空システムからの重イオン砲を躱しつつ零とブレイズのグラディアートが、小うるさい砲台群を黙らせていく。
ホロウィンドウ越しにブレイズが、普段は穏やかそうな端正な面に厳しくだが気掛かりそうな表情を浮かべる。
「へますんなよ、零。退役間近の機体と無理が利かないファントムだから、こんなしょぼい攻撃でも喰らうかも知れない」
【戦闘中だ。情報感覚共有リンクシステムを使え。グラディアート戦じゃないからって、気を緩めるな】
素っ気なく零は、架空頭脳空間で加速した思考で答えた。無関心を装いつつ、零は腹が立っていた。馬鹿にするな、と。
高機動性を見せつけるように動体視力が常人とは桁外れのソルダの中でも特に優れた零の目にも残像を残すよう、砲火の中を俊敏さでもって立体的に飛び回るランスールを眺めつつ、零はお節介と思う。
――確かにグラディアートもファントムも最低ランクだけど、その二つを用いたとしてもソルダにとって玩具と言っていい機械兵相手のこんな児戯にも等しい攻撃をもうらうものかっ! こんなものオルタナアラインメント・プレコグニション・サイバニクスシステムの戦闘予測攻撃提案システムに頼るまでもなく、俺のソルダとしての反射神経と反応速度だけで十分対処出来る。
旅の巡礼者となってソルダとしての生き方を捨てた筈の零だったが、捨てた筈のものから生じるプライドが激情を生み出し、が、高速情報伝達に乗せては軽口を叩く。
【そっちこそな、ブレイズ。その機体とファントムで、へまをしたらいい笑いものだぞ】
「それこそ、無理な注文だ。ランスールの戦闘予測をマーキュリーが検証しつつ俺の未来予知を精霊種の能力で強化した段違いな精度の未来視を受け取ってるんだ。その上、長年俺と一緒に経験を積んでるファントムと汎用人工知能だ。俺の戦闘スタイルは二人とも知り尽くしてるし、同等の技量も持ってる。未来視を元にした攻撃提案は俺と一致しないことは希だ。正直、こんなもの俺が制御する必要もない」
得意げな様子のホロウィンドウ越しのブレイズに、零は当然のように面白くなかった。が、ブレイズが誇らしげなのもよく分かる。あちこちから撃ち込まれる迎撃砲を軽快な機動で難なく回避し普段装甲に隠された対物攻撃用のプラズマ砲を放ち正確に破壊していく様は、ファントム・マーキュリーの未来予知感応とランスール搭載の汎用人工知能の演算能力の高さを示していた。そして、そのサポートを受けたブレイズが出力する高度な戦闘を、キャバリアーのもう一つの身体とも言うべきハードとしてのランスールは難なく表現してのけた。ソルダであれば誰でも羨むであろう、傑出したファントムとグラディアート。その二つをブレイズは有していた。
オルタナアラインメント・プレコグニション・サイバニクスシステムによってグラディアートのセンサが捕捉している迎撃砲台の戦闘予測も交えた動きを把握している零は、重イオン砲の十字砲火をグラーブを煽り躱し、それでも避けきれないビームをヒーターシールドに発生しているフィールドで拡散させた。機動力と戦闘予測に劣る零・シェルケ・グラーブのユニットは、ブレイズ・マーキュリー・ランスールのユニットの華麗とも言える戦闘スタイルに比べれば泥臭くはあったが零は己の技量でそれらの不足をカバーし、ときにはシステムが告知する未来とキャバリアーの絡まぬ戦闘に再び有効にした攻撃提案を無視して己の勘と反応速度に物を言わせ砲台の数を減らした。
自律防空システムによる重イオン砲の砲火が大幅に減った空では、ランディングシップが降下を開始した。灰色の丸みを帯びた長方形――オーバル型をした大型地上攻略機械兵ユニットを搭載した輸送型機械兵ユニットは、まだ健在な迎撃砲台をプラズマ砲で粉砕していく。腹部の装甲が両サイドの装甲に重なるようにスライドしていくと、ぶら下がった多脚型の大型機械兵ユニットが一斉に出撃した。重力制御で落下速度を落とし汎用推進機関が燐光を散らし落下地点を制御しながら降下する。ランスールの汎用人工知能の管制下にあるその自律戦闘機械は、ファラル城塞の自律防衛ユニット群の出撃を察知し阻止するために動いたのだ。地上へ降り立った六脚がメインの機械兵ユニットは、多脚に乗った胴体に装備された旋回式の主砲のプラズマ砲で、超電磁誘導チューブがVLSのように打ち出し始めた防衛機械兵ユニット群を片端から撃破していった。
脅威を大分減らした段階で制空権確保のためエイのような形状をしたカーゴシップの腹が幾つもの仕切り板に分かれそれぞれが九十度回転し、吊り下げられるように搭載された一メートルほどの飛行型機械兵ユニット群が次々と飛び立っていった。
それらの動きを機体のセンサと戦術データリンクを整合させ作り出された空間認識戦術マップを架空頭脳空間で確認し、零はブレイズに呼びかける。
【乗り込むぞ、ブレイズ。敵のグラディアート兵団群をモリスたちのグラディアート兵団軍が足止めしてくれているが、もたもたしてれば被害が馬鹿にならなくなる】
「くれてるってより、騙してやらせてるんだろう? おまえ、その内味方に刺されるぞ」
【どちらにせよファラル城塞を攻略しようと思ったら、無傷では無理だ。そりゃ多少は恨まれるだろうが、惑星ファル駐留軍が孤立している窮状から脱せられれば大目に見てくれるさ。このままじゃ、敵がその気になれば全滅必至だからな】
返事の代わりに飛び立ったランスールに倣い零のグラーブも、重力制御で機体を浮かせ汎用亜光速推進機関の燐光を散らし飛び立った。
細長いシャープなデザインの胴体下部中央に電磁投射砲を備えたガンシップ群が、聳えるタワーに向かって移動を開始した。長い砲身に紫電が走り抜け、弾体が電磁気力で加速され打ち出される。恒星戦闘艦やグラディアートの装甲に使用される自己修復能力を有するシェイプキーピング素材超緊密アポイタカラ甲に比べれば強度に劣るとはいえ、果ては宇宙軍事要塞にも使用される加工に優れ巨大構造物を支える強度を持つヤスキハガネも十分な装甲材としての頑強さを有してはいるが、集中的に放たれた超速の複数の弾体はタワーの壁面の一部を打ち砕いた。
ガンシップ型機械兵ユニット群がムカデの脚のように両サイドの数十のハッチを開き、そこからハンガーごと吊した人型機械兵ユニットを迫り出させた。人の活動地域制圧用の全高百八十センチメートルの全身の部分部分を覆ったアーマー以外は中身が剥き出しの骸骨めいた機械兵ユニットたちは、ハンガーから自由になると重力制御で一瞬その場に止まると背の推進システムから燐光を散らし、城塞の壁面に穿たれた穴へと突入していった。
零のグラーブとブレイズのランスールは、人型機械兵ユニット群の突入が完了すると穿った穴へと機体を壁にくっつけ胸部の複雑な機構をした開閉部を開き、コクピットルームを顕わにした。身体をシートに固定していたフィット形状の可変固定具が外れ身体が自由になると、零はヘルメットを外し背後の収納スペースに置くと固定しておいたハイメタル製の光粒子エッジ式ソードを手にし水色とアンバーローズ色の機乗服で外へ。
開口部に入る前に、グラーブへ振り向く。
「留守番を頼む、シェルケ、グラーブ。非常時になることはないと思うけど、無理なようなら引いていい」
「イエス・マイ・ロード」
「お気を付けて、零。あなたの戦闘に加われて光栄でした。フォルネルの撃破は、この身体の使用を終えるわたしには最高の勲章となるでしょう」
片言でシェルケが、流暢にこれがグラーブとしての最後の戦いと知る搭載汎用人工知能が返事を返した。
すぐにタワー内に向かおうとしていた零だったが、振り返りやや居住まいを正す。
「二人とも、長い従軍ご苦労。亜種法とロボディクス法で保護された亜種丙とインテリジェンス・ビーングの二人はこの機体が解体されれば、次の契約が決まるまで暫く国の保護下か……このままボルニアに留まるか、除隊してジョブをそのままにして他の国へ行くか、それとも転職を?」
「わたしは、次のボルニア帝国軍との契約まで眠ります」
「実は、わたしはオファーを受けていまして。最高経営者から従業員の九割がインテリジェンス・ビーングで構成されたロッサム社で、販路拡大の仕事でもして銀河各地を見てみようかと考えています。仕事に就くと職種ごとに適した名になることが多いですが、ヨシュアといいます」
「ヨシュアか、覚えておく。なるほど、仕事を変えるのもいいかもな」
グラーブの機体そのものは資源再生工場へ回され解体されるが、人権と同等の権利を有するファントムと汎用人工知能は亜種法とロボティクス法に基づき処分されることはない。グラディアートに搭載するには本亜種人及び本知的存在と契約を結ばなければならず、自然発生しない亜種己以上の亜種人と汎用人工知能を含むインテリジェンス・ビーングの設計製造は許可制で国際機関テンブルムに設置された亜種管理局とインテリジェンス・ビーング管理局の許可を得なければならず、たとえ国で製造したとしても誰かの所有物ということは決してないのだ。
視線を隣に送るとブレイズも零同様警戒を、マーキュリーとランスールに呼びかけている。
「何かあったら、すぐに知らせるんだ。可能な範囲で対処してくれ」
「了解、ブレイズ。気をつけて」
「お任せを、我が主。栄光があなたにあらんことを」
「任せとけ。二人とも、次の戦いではボルニア帝国軍の正規兵団所属だ。マーキュリーとランスールも、軍の亜種とロボティクス医療保険に加入できる。もう、亜人医療費や整備代で苦労をかけたりしない」
零が着用しているものと形状に大差ない私物の青っぽい機乗服姿の意気揚々といった様子のブレイズに、零は声をかける。もう戦闘前に見せた逡巡は、ブレイズには全く無い。戦いが、零もそうだが普段の感情を洗い流したようだ。
「行こう、ブレイズ」
「おお。最上階を押さえればこっちの勝ちだ」




