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【SF短編小説】千の記憶の果てに ―魂の共鳴者たち―  作者: 霧崎薫
千の記憶の果てに

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第2章 魂の軌跡

 翌日の学校は、まるで別世界のように感じられた。


 教室の喧騒、授業の内容、友人たちの会話。すべてが遠い風景のように見える。佐伯との会話が、凪の意識を支配していた。


「地球は、彼らの実験場なのよ」


 昼休み、凪は屋上で一人、空を見上げていた。


「彼ら」――高度な文明を持つ異星人たち。佐伯の説明によれば、彼らは数万年前から地球を「魂の実験場」として運営していた。人類は実験対象であり、その魂の成長を観察し、記録するのが凪たち「記憶保持者」の役割だという。


「凪、こんなところにいたの」


 後ろから詩音の声がした。


「あ、ごめん。一人で考え事してたの」


「最近、凪って変よ? 何かあったの?」


 親友の眼差しには、純粋な心配が浮かんでいた。その瞬間、また記憶が蘇る。


 * * *


 中世ヨーロッパの修道院。凪は若い修道女として生きていた。


 その時も、同じような眼差しの友人がいた。彼女は疫病の患者たちの看病に献身的で、最期まで笑顔を絶やさなかった。


 そして、彼女もまた、疫病に倒れた。臨終の際、凪の手を握りしめながら言った言葉。


「また会えるわ。きっと……」


 * * *


「凪、大丈夫? また変な顔してる」


「ごめん。詩音、心配かけてばかりで」


 凪は親友の手を取った。温かい。確かな存在がそこにある。


「ねえ詩音、私がこう言ったら信じる? 私たちは何度も生まれ変わって、何度も出会っているって」


「え?」


 唐突な凪の言葉に、詩音が可愛らしく目を丸くする。


「冗談よ」


 苦笑いを浮かべながら、凪は手を離した。まだ、真実を話す時ではない。


 その日の放課後、凪は再び佐伯と会った。場所は同じ喫茶店。


「昨日の続きだ」


 佐伯は一枚の古い写真を取り出した。そこには、巨大な研究施設が写っていた。それは人類が今まで建築してきたどんな構造物にも似ていなかった。


「これが、実験が始まった場所だ。約五万年前、彼らは地球にやってきて、この施設を建設した」


「五万年前……」


「そう。人類の文明が本格的に始まる前からね。彼らは、人類を『魂の器』として選んだ。そして、私たち記憶保持者を作り出した」


 佐伯は静かにコーヒーを啜った。


「しかし、なぜ実験を?」


「彼らの文明は、物質的には極めて発達していた。しかし、魂の進化については、まだ多くの謎が残されていた。彼らは、転生を繰り返す魂がどのように成長していくのか、それを観察したかったのだ」


 凪は自分のコーヒーカップを見つめた。その中に、数千年の記憶が渦を巻いているように見える。


「では、私たちの役割は?」


「記録と観察だ。私たちは、人類の歴史の重要な瞬間に立ち会い、その記憶を保持する。そして、魂の成長の過程を記録する」


「それだけ?」


 凪は不審の色を浮かべた。


「もし、これが実験なら、いつか終わる時が来るはず。その時、人類はどうなるの?」


 佐伯の表情が硬くなった。


「その通りだ。実は……」


 その時、店の扉が開く音がした。


 凪が振り返ると、そこには見知らぬ青年が立っていた。しかし、佐伯の表情が変わる。


「K-455」


 青年はゆっくりと二人に近づいてきた。その眼差しには、凪と同じ、数千年の記憶の重みが宿っている。


「久しぶりだな、K-213。そして、新しい仲間か」


 青年――K-455は凪の前に座った。


「私の名は、榊原陽さかきばらよう。君と同じ、記憶保持者の一人だ」


 榊原の声は穏やかだったが、どこか威圧感があった。


「実験の終わりについて話していたところか」


 佐伯が頷く。


「彼女には知る権利がある」


「そうだな」


 榊原は凪をじっと見つめた。


「実験には、期限がある。そして、その時が近づいている」


「期限?」


「そう。あと一年。その時、彼らは結論を出す。人類という種を、存続させるか否かを」


 凪の体が凍りついた。


「そんな……」


「これは、単なる観察実験ではない。人類という種の価値を判断する実験でもあるのだ」


 榊原の言葉が、重く響く。


「私たち記憶保持者には、二つの選択肢がある。実験の完遂に協力するか、それとも……」


 言葉を濁す榊原に、佐伯が続けた。


「人類を救うために立ち上がるか、だ」


 窓の外では、夕陽が街を染めていた。その赤い光が、まるで人類の運命を予言しているかのように見えた。


 凪は、自分の前に広がる選択の重みを感じていた。数千年の記憶を持つ自分には、何ができるのか。そして、何をすべきなのか。


 その夜、凪は眠れなかった。


 窓から月明かりが差し込む中、彼女は自分の数多くの人生を思い返していた。


 戦場で死んでいった兵士として。

 偉大な発見をした科学者として。

 路上で凍え死んだ浮浪者として。

 芸術の道を極めた洋画家として。


 そのすべての人生で、人々は必死に生きていた。希望を持ち、愛し、憎しみ、そして成長していった。


 その魂の輝きは、本当に実験だけのものなのだろうか。


 月の光を見つめながら、凪は決意を固めていった。

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