第2章 前世の花々
週末の朝。
凪と詩音は、郊外の古い寺院を訪れていた。
石段を上りながら、凪は懐かしい感覚に包まれる。
苔むした石の感触。風に揺れる木々の音。そして、かすかに漂う線香の香り。
「この場所、なんだか懐かしい」
詩音が呟く。
「ええ」
凪は静かに頷いた。
本堂の前で、二人は手を合わせる。
その時、また記憶が蘇った。
* * *
平安時代。
同じような寺院で、二人の尼僧が暮らしていた。
経典を写す時の墨の香り。
庭の池に映る満月。
そして、密やかな語らい。
「この世の無常を説く経を写しながら、私は悟りました」
詩音に似た尼僧が言う。
「すべては移ろうものなれど、魂の絆だけは永遠なのだと」
* * *
「凪、見て」
詩音の声で現実に戻る。
境内に咲く藤の花が、風に揺れていた。
「綺麗……」
紫の花房が、春の光を受けて輝いている。
その時、詩音が凪の袖を引いた。
「あそこにも」
本堂の裏手に、一本の老桜が佇んでいた。
まだ咲き残る花が、風に舞っている。
「なんだか、昔からここにあるような」
詩音が呟く。
「ええ。たぶん、何百年も前から……」
二人は老桜の下に腰掛けた。
凪は、詩音の横顔を見つめる。
清楚な横顔。長い黒髪。そして、どこか儚げな表情。
それは、数千年の時を超えて変わらない美しさだった。
「ねえ、凪」
詩音が、空を見上げる。
「私たち、いつも出会って、そして別れて……」
「でも、また必ず出会える」
凪は、詩音の手を取った。
「それが、私たちの約束だから」
風が吹き、桜の花びらが舞い散る。
その一つ一つが、前世の記憶のかけらのようだった。
詩音が、凪の肩に寄り添う。
温かな体温が、春の陽だまりに溶けていく。
「今度は、ずっと一緒にいられるかな」
詩音の声が、風に乗って消えていく。
「きっと」
凪は強く頷いた。
本堂の鐘が、静かに響く。
それは、永遠の約束を告げる音のようだった。
帰り道。
二人は夕暮れの道を、ゆっくりと歩いていた。
「あのね、凪」
詩音が、少し照れたように言う。
「私、夢を見たの。鎌倉時代かな。二人の少女が、寺の庭で和歌を詠み合っていて」
凪の胸が高鳴る。
「その和歌、覚えてる?」
「うん」
詩音は、空を見上げながら詠む。
「めぐりあひて
また逢ふまでの
命をば
捨つるばかりの
ものとこそ思へ」
凪の目に、涙が浮かぶ。
その和歌を、確かに覚えていた。
二人は黙って歩を進める。
夕陽が、二人の影を長く伸ばしていた。
その夜。
凪は再び日記を開く。
『詩音との記憶が、少しずつ鮮明になっていく。
それは、まるで古い絵巻物が、一場面ずつ開かれていくよう。
私たちは、
巫女として。
尼僧として。
姫と侍女として。
そして、数えきれない形で出会い、別れ、また出会ってきた。
その度に、約束を交わした。
必ず、また会おうと。』
月が昇り、部屋を銀色に染めていく。
凪は、窓辺に咲く桜を見つめた。
その花びらの一つ一つに、
前世の記憶が刻まれているように。




