表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【SF短編小説】千の記憶の果てに ―魂の共鳴者たち―  作者: 霧崎薫
星の証人たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/24

第3章 地球という庭園

 翌朝、佐伯は早くから外に出ていた。


 まだ誰もいない公園を歩きながら、彼は地球の朝の訪れを味わっていた。


 東の空が、少しずつ明るさを増していく。

 小鳥たちが、さえずりはじめる。

 花々が、朝露に輝いている。


 これらの風景は、かつてのエイドリアンにとって、ただのデータに過ぎなかった。


 日の出時刻:05:47

 気温:12.3℃

 湿度:76%

 風速:2.1m/s


 しかし人として生きることで、その数値の向こうにある美しさを知った。


 桜の木の下で立ち止まり、佐伯は上を見上げる。

 枝々の間から漏れる朝日が、まるでステンドグラスのような模様を作っている。


 ふと、遠い記憶が蘇る。


 * * *


 評議会での設計会議。

 地球という実験場を作り上げる時の記憶。


「生命維持に最適な環境を」

「しかし、あまりに完璧すぎては実験の意味がない」

「適度な困難と、それを克服する喜びを」


 エイドリアンは、その時反論していた。


「なぜ、美しさを加えないのですか?」


「美しさ?」

「そんな非効率的な要素が、なぜ必要だ?」


「それこそが、実験に必要な触媒になるかもしれません」


 結局、その提案は採用された。

 そして、地球は美しい惑星として設計された。


 * * *


「やはり、正しい選択だった」


 佐伯は微笑んだ。


 人類は、その美しさに触発され、芸術を生み出した。

 音楽を奏で、絵を描き、詩を詠んだ。


 それは、純粋な実験計画には含まれていなかった予想外の発展だった。


 スマートフォンが震える。

 画面には、K-891――宮本かれんからのメッセージが表示されていた。


『K-617との面会、予定通り?』


 佐伯は、簡潔に返信する。


『計画通り進行中』


 メッセージを送り終えると、彼は万年筆を取り出した。


 ペン先から漏れる光が、朝日に溶け込んでいく。

 新たなデータが、刻一刻と記録されていく。


 魂の振動数。

 感情の波長。

 記憶の強度。


 しかし今の佐伯には、それらの数値以上に大切なものが見えていた。


 人々の表情。

 つぶやき。

 祈り。

 笑顔。

 涙。


 それらは全て、数値化できない人類の本質だった。


 公園のベンチに腰掛け、佐伯は朝日を見つめる。

 七十七年の人生で、この光景を何度見ただろう。


 しかし、飽きることはない。

 それもまた、人類の特質なのかもしれない。


 同じものを見ても、毎回新しい発見がある。

 それは、エイドリアンの種族には理解できない感覚だった。


 ベンチの横で、一輪の花が風に揺れている。

 タンポポ。最も普遍的な雑草の一つ。


 しかし、その黄色い花びらには確かな生命力が宿っていた。


 佐伯は、その花を静かに観察する。

 かつてのエイドリアンなら、即座にその生態を分析しただろう。


 種子分散能力。

 生存戦略。

 遺伝的多様性。


 しかし今は、ただその存在を味わっていた。

 それは、極めて人間的な行為だった。


「おはようございます」


 突然の声に、佐伯は顔を上げた。

 そこには、凪が立っていた。


「ずいぶん早いな」


「はい。なんだか、眠れなくて」


 凪もベンチに腰掛ける。

 朝日が、二人の影を地面に映し出していた。


「佐伯さん」


「なんだい?」


「私……分かってきたんです」


 凪は、空を見上げた。


「地球が、実験場として作られたということ」


 佐伯は、かすかに息を呑んだ。

 彼女の直感は、予想以上に鋭かった。


「ええ」


「でも」


 凪は続けた。


「それは、この世界の価値を否定するものではないんですよね?」


 その言葉に、佐伯は深く頷いた。

 まさに、自分が人類から学んだ真実。


「その通りだ」


 二人の頭上で、桜の花びらが舞い落ちる。

 その一つ一つが、儚くも美しい生命の証だった。


 観測者として。

 そして人として。


 佐伯は、その両方の視点から世界を見つめていた。

 それは時に矛盾を生むが、その矛盾こそが新たな発見をもたらす。


 experiment(実験)という言葉の語源は、experience(経験)と同じ。

 つまり、この実験も一つの経験なのだ。


 人類にとっても。

 観測者にとっても。

 そして、佐伯自身にとっても。


「さあ、そろそろ学校の時間だ」


 佐伯は立ち上がった。


「私たちには、まだやるべきことがある」


 凪も頷いて立ち上がる。

 その背後で、朝日が燦々と輝いていた。


 それは、新たな一日の始まり。

 そして、人類の新たな一歩の始まりでもあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ