序章 目覚め
夜明け前の青白い光が、霧島凪の瞼を透かすように差し込んでいた。
「……また、あの夢」
凪は静かに目を開けた。十七年の人生で幾度となく見てきた不思議な夢。それは断片的で、時に激しく、時に穏やかで、まるで誰かの記憶の欠片のようだった。
天井に映る曙光を見つめながら、彼女は今朝方の夢を思い返す。砂漠を歩く男の記憶。喉の渇きと、足の痛み。そして何よりも、あの深い絶望感。
「きっと、ただの夢よ」
自分に言い聞かせるように呟いて、凪はベッドから身を起こした。しかし、その瞬間だった。
激しい頭痛が襲いかかる。視界が歪み、部屋が回転するような感覚に襲われた。
「うっ……!」
そして、それは始まった。
無数の記憶が、氾濫する川のように凪の意識に流れ込んでくる。男として生きた記憶、女として生きた記憶。王として君臨した日々、奴隷として鎖に繋がれた時間。戦場で剣を振るった手の感触、僧院で経を書き写した指先の柔らかな感触。
それは確かな記憶だった。夢ではない。凪は、これまで数え切れないほどの人生を生きてきた。そして、そのすべての記憶が、今、一斉に蘇ったのだ。
「私は……私は……」
震える声で呟きながら、凪は自分の手のひらを見つめた。か細い、十七歳の少女の手。しかし、この手で何度死に、何度生まれ変わってきたのだろう。
窓の外では、朝日が静かに昇りはじめていた。新しい一日の始まり。しかし凪にとって、それは数千年の記憶との再会の朝でもあった。
「実験……そうよ、これは実験だった」
突如として、ある重要な記憶が浮かび上がる。白衣の研究者たち。巨大な研究施設。そして、「魂の記憶保持実験」という言葉。
凪は深く息を吸い込んだ。体の中を流れる血液が、まるで千年の時を運んでいるかのように感じられた。
「私は、K-617」
それは彼女に与えられた被験者番号。記憶を保持したまま、転生を繰り返す実験の被験者として。
部屋の中に朝日が差し込み、新しい光が古い記憶を照らし出す。凪は静かに立ち上がった。制服がハンガーに掛けられている。いつもの朝のように、学校に行かなければならない。
しかし、もう何も以前と同じではなかった。
「どうして私だけが……記憶を取り戻してしまったの?」
問いかけは、静かな朝の空気の中に溶けていった。答えを見つけるためには、まだ多くの記憶の扉を開かなければならない。そして、その扉の向こうには、人類の、そして地球という惑星そのものの真実が待っているのかもしれない。
凪は深く息を吸い込んで、カーテンを開け放った。