聖霊
「真っ白なものほど良い、というのは分かる。燃え尽きた灰と大差ないが、あの白さは灰よりもサラサラとして透き通る。その良さは分かる。けれども奴らはシワが多いのを好むんだ。年季、というのか?そこら辺が俺たちの美的感覚とずれているところ」
「何が美的感覚だ。えぇ? 老人相手に贋作美術品を何億も売ったやつの言葉にはぴったりだがな、お前の二つ名の方には似合わない言葉よ」
「おい、話を折るな。それに、止せよ。本当に」
「羅生門の佐竹? 追い剥ぎの佐竹?」
「あぁくそ! なぁ、その呼び方本当にカッコいいと思ってるのか? 昭和の刑事ってのは犯罪者の美化に務めすぎだろ。捉えた獲物を大きく見せたいのかも知れないがそのキャッチコピーはクソだ。マスコミとかに言ってないよな?」
「さてどうだろうな。大きな見出しにデカデカと赤枠で乗ってるかもしれん。それに老人相手に詐欺する奴にはピッタリだ」
「最悪だ。家族と元カノに顔向けできない」
「とっくにな」
「まぁ、あの時の自分を基にいうならばだ、半死半生のやつからお金を稼いで何が悪い。どうせ身寄りのない奴らの遺産は国庫に消えて、政治家の金になるんだ俺も犯罪者だしどのみちじゃないか」
「そういう話をしてるんじゃない。人を騙すことが悪いってことをだな」
「裏金、献金、政治家パーティーはそうじゃないって?」
「屁理屈ばかりだな!政治の話はやめだって言ってんだ!いいかよく考えろお前が働いてた老人ホームでの九件の失踪についてだ!老人相手の詐欺師が今や明るく爽やかな介護士だ?ふざけるなよ!お前が犯人かどうかはこれから明白になる!」
「落ち着けよ、あんただって老人だ。血圧が高くなるのは良くない介護士の言葉だぜ一家言ある……今回は人身売買だな。まぁ、もしあんたらがその証拠を挙げられたらだけれども」
「お前の言葉は一言一句残らずダイアローグに残る。発言には気をつけることだな」
「ボロ出させるのがあんたの仕事じゃないのか? まぁどっちでもいいけどさ」
「さぁどこから話す?」
「インタビューには全て答える。プロローグはまず、俺が詐欺師だった頃。四十年前はオークションのバイヤーとして働いてた一端の若造だった。まともになったと思えたのは三十代から。子供の頃は美術が好きだったし芸術家になりたかったがまぁ両親は金にならないことは嫌い、俺も貧乏は嫌だったからな。で、オークショニアよ。美と金の渦巻く螺鈿城の従者だ。まぁ良いように言ったが来るのは成り上がりのピーナッツか、バブルで運良く生き残った老人ども。デカくもない箱だからな、本物の貴族は来ない。お客より商品の方が美しいってのは嗜好品業界じゃどこでもある話だ。いろんなことを学んだ。目もそこで養ったさ。美しいものを見る目ってよりかは売れるかどうかを見極める目だがね。絵も客も本物を見てきて更に十年経った頃、経験に肥えた俺は他のオークショニアと一緒に贋作ビジネスを始めた。ホンモノのバイヤーとホンモノの鑑定士、それからホンモノの絵だ。絵画に疎い顧客に安値で仕入れた贋作を高値で売りつける。ミソなのは、贋作も真作と同時期に描かれたものであること。ゴッホなら医師ガシェか、オットー・ヴァッカーが描いた贋作だな」
「なんで贋作ビジネスに手を出した?オークションに飽き飽きしたからか?それとも俺ならできるっていう自信過剰からか?」
「どっちもなくはない。だが、明確にして最たる動機は女だよ。心臓に鉛玉ぶち込まれるみたいなアツく滾る愛だ!そう、俺の愛するキンポウゲはすごくスパイシーで危険な女だった。フィリピン人不法滞在者だからそうってわけじゃない。彼女は欲するものは皆手に入れてきた。金も人もどんなものでさえも。どんな手を使ってでも、な。そして俺はそんな彼女に望まれた、だから彼女のものになり彼女に全て捧げたんだ。その時改宗したよ、プロテスタントに。俺の愛は信頼だ……まぁ、その辺の詳細は自著に書いてある。買って読んでくれ。ともかく彼女がブロンドの髪をかきあげてそのオリエンタルな瞳で俺の目を見たから俺はこうなった。結構贋作ビジネスは調子が良かった。表のオークションは当時のバブル崩壊と共にたくさんの良品を仕入れることに成功したし、負け犬の顧客が減って勝馬の顧客だけが残った。客層があの数年でガラリと変わったいやぁ良かったよようやく上品になった。だが、副業の贋作ビジネスの方がもちろん利益は出てた。外国市場に先んじて手を出したのも俺だったしな。俺は駒であるよりプレイヤーである方が向いてるのかも知れないと大見栄切ってた、だがあの調子の乗り方は今の自分としては怖気る。まぁ潮時の贋作ビジネスを捨てて、新しいことを始めねばというタイミング。キンポウゲの方も日本を見限ってフィリピンに帰るかって具合だったから、彼女を引き止めながら次のビジネスを考えるのは時間が短かった。その折りにお前たちにとうとう足を掬われた。油断と焦燥はよくない。まずはキンポウゲが捕まった。慣れたショーパブが潰れたもんだから、新しいパブでステージをとってたんだが珍しいことにお客と喧嘩になって、警察沙汰だ。景気の悪いツラが嫌になったんだろうよ。からのビザチェックで一発退場だ。それで彼女の羽振りの良さにも目が行って、彼女にゲロられ彼女のベルボーイたる俺もあえなく御用って訳だ。言っとくが彼女を責めるつもりはない。だが、俺のミスもなかった。俺たちは完璧にことをやってた。老人相手の詐欺で立件されて十年か?もうちょっとか?いやさ、自分が何歳なのかもまだ良く確認してないんだ。少しでも若い自分だと勘違いしてたいからな。そんなことはどうでもいい、それよりアペタイザーは食べ終わっただろ?ここからメインが来るぞ。十年の懲役だったが、俺は模範囚だったから五年で出られた。プロテスタントになったおかげだよ。ジーザスとの邂逅は徴税官をも使徒にする、まさしくだな。それで……また老人相手の仕事を始めた。なんでだろうな自分でもよくわからないんだがいつのまにか年寄りのことが好きになっちまってたみたいだった。あの死にかけの肉体、白骨が浮き出そうな薄く張りのない肌、不透明な瞳。魂があと少しで消えるという人間になにか美しいと思うものがあった。俺の審美眼に間違いはないね。老人は醜い、生き汚い、けれどかつて最も美しかったものの風貌を持ってる。それはフェルメールの、どんな画家の描いた美人よりも美人だったという説得力がある。七十八十という年は絵には込めきれない絶対的時間の芸術だ。老いることは美しい。宗教画だろうが、風景画だろうが、現実のものを切り取った産物だから現実に敵うわけがない。モナリザも旅先で見る朝焼けにはインパクトで負ける。それで今度は介護士になったってわけだ。美術品を取り扱うという意味では、変わりない。まぁ確かに骨董品の一点ものだそういう意味では前職よりも貴重なものに触れる機会も多かった。戦争経験者、昭和を席巻した会社の社長、元大蔵省の大臣補佐、面白いのだとどこぞの辺鄙な島の島唄を作った作曲家とか。絵の解説に勝るほど面白いキャプションが本人の口から語られるんだこれほど興味深いこともない。だから才能のあった詐欺ビジネスから足を洗い、熱狂した愛からも落ち着き、今度こそ美しいものを自分の手で磨いた。でも、ある日だ宿直で施設に泊まりだった夜、所用で車を出して帰ってきたとき、光が見えた。月と星が一瞬でかき消されるほどの光が俺の目の前でピカッと光った。驚いてブレーキを踏み潰したが、もうその時には何もなくなってた。でもそれから、いきなり頭の中に声が響いたんだ。いや、うん、その時は疲れすぎて幻聴を聴いたと思ったさ。まずは日本語の体をなさない音の羅列が頭に響いて、次に鼻水が大量に出た。涙も出た。変な話だろ?いや、どこまでも変な話なんだけどさ。ようやく頭の中のチャンネルがあった時には声が聞こえるというよりも、そうだな、啓示に近かった。ここではない何か。真っ白な本の上に置いてあるたった一行を読むような気分に近いか。それでそれは、いや感覚としては『ヤツら』は、俺の所有してるブツを望んでた。人間ってのは奴らにとって珍しいらしく特に一生のうちで体毛が真っ白くなった瞬間の人間を収穫することに熱心になってるらしかった。まぁ、よくよく考えてみれば確かにとも思う。なんで人間って最初は髪の毛が黒かったりするのに後々は真っ白くなっていくんだろうな?まぁ、そういう不思議な生態がヤツらの美的感覚に触れたのだ。取引はこうだ、施設からほどないところの森林公園に今日の邂逅と同じ時間に老人を届ける。ヤツらはそれを引き取って代金を渡す。代金はなんだったかって?それが純金の正四面体のオブジェを貰ったよ。ほんと独創的なもんだ。願わくばもう少し重くないのが良かった。後部座席一箇所ダメにするくらい重かったからな。それで、九人だったら九個か。全部即日で現金にした。オークショニアだぞ?ホワイトも、グレーも、ブラックも、そういうルートは知ってるよ。どうして売ったか知りたいか?いや、それよりも精神鑑定にかけたいか?まぁどちらにせよ俺の話を聞けって、俺も自分が狂ってるのかよく分からないがそれでも筋の通った話をしてるつもりだ。つまりだ、俺はどこまで行っても商売人だったわけだ。なにか罪滅ぼしか善行かのように始めた介護業だったが、汗水流しで働いておしめも変えたわけだったが、罪滅ぼしなんぞにはならないと途中から気づいてた。そういう動機じゃない。おいぼれも家族に見捨てられた可哀想な奴らだ、見向きもされず自分達の意欲や尊厳を介護士に奪われて、挙句は砂時計の砂が落ちるみたく記憶の全てを忘れてしまう。邪魔者扱いされて、忘れられて、最後は自分で自分のことがわからなくなる。そのうえさらに死にいくことを望まれ、まるで最良の選択であるようだと考えられるなんて。だから、キンポウゲが俺を見つけたように、誰かがおいぼれたちを見つけて欲しかった。その願いが聖霊を呼んだんだ。光のことだよ。光とは導きだったんだ。俺の内側に宿ってたんだ。エイリアンとか、天使とかじゃなかったんだ。いや、その類も一緒かもしれん。話が見えない?見えなくて結構!光とはそういうものだ。立件できるか?証拠はない。俺が老人たちを送迎したのはどっか監視カメラに写ってるかもしれないが、田舎町に監視カメラなんてないかもしれない。よしんばそんな映像が残ってても、果たして何で立件できる?誘拐が関の山じゃないのか?それとも人身売買だとか言いたいか?でも、取引相手は人間じゃない。老人たちは光の中に消えた。証拠はない。金しか残ってないよ。せめてお前たちができるのは俺から時間と金を削り出すことだ。俺の勝ちだ。認めろ、俺の勝ちだ!……ははは、興醒めだ。ところで、あんたも随分老けてる。髪の毛が芦毛の馬みたいに真っ白だ。えぇ?分かるだろ?慌てるなよ、もう遅いんだ。いや、手遅れだ。俺は光に照らされている、光のただなかにいるのだ。ここからが俺の勝ちを証明するターンなんだよ。俺はマレーシアに飛ぶぜ。キンポウゲの咲くあの南島へ。さぁ、お前はどこへいくのだろうな。祈りたまえ。父と子と聖霊の御名において、アーメン」