第6章 「巴蛇ヒュドラ 恐怖のプラズマ光弾」
ライフルの照準器から目を離した私は、深い溜め息を漏らすのと前後して、側車のシートへ倒れるみたいにもたれ込んじゃったの。
「や、やったんだ…私!ふう、良かった…」
こういう人命の懸かった精密狙撃は、終わってからの反動がひどいんだよ。
何しろ、普段の射撃訓練とは比べ物にならない集中力と緊張感が必要とされるからね。
「お疲れ様です。お見事ですよ、吹田千里准佐!」
そんな私を労うように、上牧みなせ曹長が明るく笑いかけてくれる。
私なんかには勿体無い程によく出来た、頼もしい年上の部下だよ。
「いえ…上牧みなせ曹長の運転技術あっての成功ですよ。上牧曹長がサイドカーの横揺れを極力抑えて頂いたからこそ、上手く狙いを付けられたんです。」
有り難さと申し訳なさがない交ぜとなった感情に、自然と頭を垂れちゃうね。
「お誉めに与り光栄であります、吹田千里准佐。お陰で作戦は、次のフェイズに無事移行出来ました。」
逆に言えば、まだまだ作戦は続行中って事。
気を抜くには早すぎるって訳だね!
「おっ、そろそろか…!続きましては、少佐である御二方の花道…どうぞ御武運を!」
こうしてサッと振り仰いだ私の頭上を、二つのプロペラ音が勇ましく飛び去っていったんだ。
「おのれ…人類防衛機構の犬共が!またしてもドローンで攻めて来るか!」
教団員が毒づいた通り、それはレーザー砲を装備した戦闘ドローンだった。
しかしながら、さっきと全く同じ手段じゃ、工夫がないよね。
「準備は良いかな、マリナちゃん?」
「こっちはいつでもOKだ、お京!」
戦闘ドローンの機体後部に華奢な細腕で張り付きながら、アイ・コンタクトを交わす、2人の少女。
それは、元化二十二年春に特命遊撃士として正式配属された同期の桜にして我が戦友である所の、和歌浦マリナ少佐と枚方京花少佐の御姿に他ならなかったんだ。
要するに、二機のドローンに掴まったマリナちゃんと京花ちゃんが、暴走バスの中に殴り込んで教団員を蹴散らし、バスを停止させるって寸法なの。
ドローンがあくまでも陽動に過ぎないのは、さっきの作戦と共通事項だね。
「行くぞ、お京!」
「うん!任せてよ、マリナちゃん!」
B組のサイドテールコンビを乗せた戦闘ドローンが暴走バスにピッタリ張り付き、二人が車体に飛び移ろうとした、まさにその時だったね。
突然バスの屋根の一部が「ボンッ!」と内側から破裂して、そこから異形の人影が飛び出してきたのは。
「おのれ、小娘共…!貴様達の好きにはさせん!」
陰に籠った憎々しげな口調は、異形の人影に相応しかったよ。
「おっ!コイツは…!」
「審判獣だ!お京、油断するなよ!」
ドローンにぶら下がって個人兵装を構える二人の言葉通り、それはアポカリプスの繰り出す生物兵器である審判獣に他ならなかったんだ。
アポカリプスの連中が繰り出して来る審判獣は、西欧と東洋の似たような神話怪物をミックスしたフォルムの怪人で、そのネーミングセンスにしてもモチーフにした怪物と妖怪の名前をくっつけた分かりやすい物なんだ。
例えば、前に私達が工業地帯でやっつけた「牛頭鬼ミノタウロス」って審判獣。
コイツは地獄絵巻に登場する獄卒の牛頭鬼とクレタ島の大迷宮に潜む半人半牛の怪物ミノタウロスをニコイチにした名前で、外見も牛頭鬼とミノタウロスにソックリな牛人間だったんだ。
そうなると、今こうして半壊したスクールバスの屋根で仁王立ちしている審判獣は、何をモチーフにした怪人なんだろう?
全体的なフォルムこそ人型だけど、全身はプレートアーマーを思わせるメタルブラックの装甲で覆われているし、背中にはフレキシブルに可動する機械の触手が8本も生えていて、それをまるで孔雀の羽根みたいに広げているね。
頭部も身体と同様にメタルブラックの細かいプレート装甲で覆われているけど、縦に見開かれた黄色の眼と、耳の辺りまで大きく裂けた口に植えられた鋭い牙は、蛇や蜥蜴みたいな爬虫類を彷彿とさせているし…
「我が名は審判獣…巴蛇ヒュドラ様よ!」
細長い舌をチロチロと動かしながら、爬虫類顔の審判獣は生意気にも人間の言葉で名乗りをあげたんだ。
「巴蛇ヒュドラ…ギリシャ神話に登場する蛇の怪物と、『山海経』に紹介されている大蛇にあやかったつもりのようですね…」
穏やかな美貌を些か強張らせてはいたものの、敵の情報を少しでも掴もうとする上牧みなせ曹長の観察眼は変わらず冷静だったね。
「ああ…やっぱり蛇の怪人だったんだ!」
それに引き換え、指を鳴らしてスットンキョウな声を上げる私の、何と締まりの無い能天気な有り様よ。
まあ、この時の私は「敵怪人のモチーフが分かった!」ってアハ体験に集中していて、体裁を気にする意識なんか微塵もなかったんだけどさ。
という事は、あの怪人の背中から八本生えているのも、触手じゃなくて蛇の鎌首を模した攻撃用端末と解釈すべきなのかな。
そう考えて観察してみると、蛇の目を模したセンサーアイが黄色く明滅しているし、先端が口みたいにパカッと開きそうなデザインをしているね。
あの口が開いたら、きっと何らかの武装が出てくるんだろうな…
だけど悪い予感に限って、ピンポイントに当たっちゃうんだよね…
「無様に墜落した所を、仲間の車に轢き殺されるがいい…ヒュドラ殺人プラズマ光弾!」
巴蛇ヒュドラの背中でウネウネと蠢いていた攻撃用端末が鎌首をもたげるや、顎が外れるんじゃないかと思う程にガバッと大きく口を開き、そこから赤いエネルギー球が次々と発射されてくるんだから。
「うわっ…!あっぶないなあ、当たったらどうする積もりなの?!」
搭乗したドローンの小脇をエネルギー球に掠められ、京花ちゃんが大声で喚き散らしている。
成る程、狙いはサイドテールコンビが分乗した戦闘ドローンか。
それにしても、あのエネルギー球ときたら相当の破壊力だね。
京花ちゃんの身代わりになってくれた道路標識なんか、被弾した所だけ溶けちゃっているんだもの。
あれに当たったら、ちょっとヤバいかもなぁ…
「相手は当てる気だ!抜かるなよ、お京!」
「勿論だよ、マリナちゃん!レーザーブレード・ウィップモード!」
京花ちゃんとマリナちゃんも、各自の個人兵装を手に応戦しているけど、片手でドローンにしがみついている状態だから、迎撃に手こずっているね。
戦闘ドローンもレーザー砲で応戦しながら懸命に回避しているけど、女の子1人がぶら下がっていると、動きも多少は鈍くなっちゃうみたい。
もっとも、仮にドローンを撃墜されて道路に放り出された所で、ナノマシンで生体改造された私達なら平気なんだけどね。