第5章 「狙いは起爆システム 責任重大の精密スナイプ!」
愚かしいテロリスト共の勇み足で、無残な大穴が穿たれたスクールバス。
しかしそのお陰で、運命の天秤は私達に有利な方へ傾いてくれたの。
第一に、車体の強度が一般的なバスと大差無いって分かった事。
第二に、人質の無事が確認出来たって事。
そして何より、大穴から吹き込んでくる強風にテロリストが気を取られて隙だらけになってくれたって事だね。
いたいけな子供達は未だに囚われの身の上だし、車内に吹き込んでくる風にハンドルを取られたバスはグニャグニャとふらつき始めて蛇行運転の真っ最中。
こうした悪条件も、幾つかあるけどさ。
「さて…いよいよ私達の出番ですよ、上牧みなせ曹長。私のレーザーライフルに、貴官のドライビングテクニック。そのどちらが欠けても、全てはオジャンですからね!」
側車に伏せるような低い姿勢で、年上の部下に発破をかける私。
「ハッ!承知しました、吹田千里准佐!」
顔馴染みの特命機動隊曹長は、それに力強く頷いてくれた。
「やります…いいえ、やり遂げましょう!自分と吹田千里准佐なら、必ず出来ますよ!」
何とも頼もしい返事と共に、上牧みなせ曹長はアクセルを力強く握り、武装サイドカーのエンジンを噴かせたの。
ガソリン車みたいに派手なエンジン音は無いけれども、それでも私達を乗せた武装サイドカーはグングン加速し、暴走するスクールバスの真後ろにピッタリ張り付いたんだ。
「ええい…目障りな小娘共め…!」
相も変わらずテロリスト共は、ぶっ壊れた非常口から吹き込んで来る強風と、両サイドから迫り来るドローンと戦闘バイクに釘付けになっている。
今はまだ大丈夫だけど、グズグズしていたら気付かれちゃうかも。
速やかにケリをつけないとね。
そう言う訳で私は、これから行う精密射撃への心構えを整えたの。
「さあ…!ここからが腕の見せ所だよ!」
側車の中に屈み込むような低い姿勢を取り、構えたレーザーライフルの照準を覗き込む。
狙いはただ一つ。
スクールバス車体下部に取り付けられた、爆弾の起爆システムだよ。
その小さな一点へ、ピンポイントに当てなくちゃいけないんだ。
「ううん、狙いがつけにくいなあ…」
思わず愚痴をこぼしちゃったけど、私の事を笑わないでね。
走行中の武装サイドカーから、同じく走行中のバスの車体下部を狙うのは、止まっている標的を撃つより遥かに難しいんだから。
オマケに非常口が吹き飛んだ事でバランスが崩れ、左右にフラフラ蛇行運転しているんだもの。
難易度は余計に上がっているんだよ。
「ええい、ままよ…!」
とはいえ、泣き言なんか言っても始まらない。
ここまで来ちゃったら、もう後には退けないね。
後は日頃の訓練で磨き上げた射撃技術を信じるしかないよ。
気分は正しく、源義経配下の那須与一だね。
古文の時間で習った「平家物語」の一節を、つい思い出しちゃうなぁ。
源平合戦における屋島の戦いで展開された扇の的を巡る一件は、狙撃手である私としては他人事と思えないよ。
「目標捕捉…!撃ち方、始め!」
フラフラと蛇行する車体に合わせて、左右に揺れ動く爆弾。
それが照準の中にピッタリと収まった瞬間、私は静かに引き金を引いた。
空気が焼ける独特の芳香を残して、赤いレーザー光線が真っ直ぐ飛んでいく。
「お願い、当たって!」
人事を尽くした以上は、後は天命を待つだけ。
神様、仏様。
うちの御宗旨の開祖でいらっしゃる、真宗西本願寺派の親鸞上人。
そして防人神社に祀られておいでの、防人乙女の英霊の皆様方。
何卒この私に、どうぞ御力添えを…
『命中…!やりました!吹田千里准佐が発射したレーザーは、起爆システムを的確に破壊!スクールバスに搭載された爆弾は、これで使用不可能です!』
『東条湖蘭子上級大佐より、全車両へ。自爆テロの危険を排除。これより当作戦は、人質の救出と敵対勢力の掃討に移行します。』
興奮覚めやらぬ東三国曹長の声と、それとは対照的に冷静沈着な東条湖蘭子上級大佐の指令。
移動司令部である大型武装特捜車からの入電を聞くに、私の狙撃は無事に成功したみたいだ。