第4章 「飛べよドローン、駆けろ地平嵐!」
車体下部には自爆テロ用の爆弾を搭載して、車内には目進塾の生徒達を閉じ込めて。
そんな具合に学習塾のスクールバスは、人質付きの移動火薬庫と化して泉南付近の幹線道路を暴走していたんだ。
危険な過激派による未曽有の危機を食い止めるためにも、そして防人乙女である私達が正義を成すためにも。
これから私達が決行する作戦には、決して失敗は許されないんだ。
今こそ命と誇りを賭ける時だね。
「いよいよ始まりましたね、上牧みなせ曹長。」
レーザーライフルを構えて側車に腰を下ろした私は、武装サイドカーのハンドルを預かっている顔馴染みの特命機動隊員にソッと話し掛けたの。
私ったら、誰かとの会話で緊張を適度に和らげたかったのかもね。
「人質となった塾生全員の救助に自爆テロの阻止、そしてテロリスト共の掃討。課題は山積みですが、必ず成し遂げましょう!」
「はっ!勿論であります、吹田千里准佐!」
上牧みなせ曹長ったら、固いなあ…
まあ、こうして上牧みなせ曹長が硬直しちゃうなのも無理もないよね。
だって、今回の作戦の第1陣は…
「おっ!始まったね…」
クリーンエネルギーを使用した静かなエンジン音を伴い、私達の武装サイドカーの脇を、2筋の風がサッと吹き抜けていく。
人類防衛機構が採用している戦闘用オートバイ「モートルコマンダー」の極東支部仕様モデルである、「地平嵐1型」。
その鮮やかな深紅のラインが入った象牙色の車体に跨がるのは、紺色の戦闘服に黒いアーマーが目にも鮮やかな、年若き特命機動隊員達だった。
「敵の牽制はお任せ下さい!」
「火炎瓶と手榴弾は、我々が引き付けますよ!」
二輪車両騎乗時の略式敬礼も美しく、あどけない童顔に微笑を浮かべる特命機動隊員達。
その初々しい微笑は、私達2人にとっては日常的に見慣れた物だったんだ。
「吹田千里准佐、上牧みなせ曹長!それでは、行って参ります!」
「御武運を!」
一気に加速した2台の戦闘バイクは、象牙色の疾風となって走り去っていく。
「貴官達こそ、どうか御武運を…北加賀屋住江一曹、我孫子羅依一曹…」
その後ろ姿を見つめる上牧みなせ曹長の美貌には、何とも切なそうな影が下りていたんだ。
何しろあの2人は、上牧みなせ曹長と同じ江坂分隊の所属だからね。
直属の部下の身を案じるのは、上官として当然の人情だよ。
「貴官の御気持ちは私にもよく分かりますよ、上牧みなせ曹長。」
「吹田千里准佐…」
だからこそ私は、准佐階級の特命遊撃士として、上牧みなせ曹長に共感しなくちゃいけないんだ。
「我孫子羅依一曹とは打ち上げとかで何度も同席した仲ですし、北加賀屋住江一曹に至っては、同じ県立御子柴高校1年A組のクラスメイトですからね。」
私だって、あの曹士の子達とは顔見知りの仲なんだもの。
馴染みの顔が欠けるなんて悲劇は、決してあってはいけないんだ。
「信じてあげましょうよ!あの子達の力を、そして私達の力を!」
「はっ、はい…」
そうしているうちに、スクールバスの左右で「ドンドーン!」という激しい爆発音が立て続けに鳴り響いたんだ。
爆発音の伴奏として休む間もなく鳴り続けているのは、テロリスト達の主兵装と思わしき、サブマシンガンの銃声だね。
この「タタタタッ!」って軽快な銃声は、昔だったら「タイプライターを高速で叩くような」とでも形容されていたのかしら。
もっとも、一曹の2人が敵の猛攻を物ともせずに追走しているのは、地平嵐1型のエンジン音が2台分キッチリ聞こえてくる事からも明らかだね。
まずは安心だよ。
『作戦経過は順調…予定通り、ドローンを発進します!』
耳に捻じ入れたスマホ用ワイヤレスイヤホンからは、今作戦のオペレーターを務めている東三国曹長の声が聞こえてくる。
『戦闘ドローン発進!これより敵対勢力への攻撃を開始します!』
そして次の瞬間、私達の頭上を4機のドローンが掠め、プロペラ音も高らかに飛び去っていったの。
人類防衛機構の武装特捜車には、ユニットを交換する事で様々な局面で活躍出来る多目的ドローンが搭載されているんだ。
それで今回の作戦では、レーザー砲搭載の戦闘ユニットに換装されたの。
とはいえ今作戦における戦闘ドローンの役割は、戦闘バイクに跨がった一曹コンビと同様、あくまで陽動なんだよね。
あのレーザー砲でテロリスト達を射殺すれば手っ取り早いんだけど、生き残りが逆上して自爆テロを敢行しちゃったら最悪だもん。
「クソッ…!次から次へと新手を繰り出してきやがって…」
戦闘バイク2台と4機のドローンに、暴走バスはピッタリ追撃されている。
アポカリプスの狂信者ったら、すっかり苛立っちゃって。
取り澄ました塾講師の仮面なんか、もう見る影もないね。
「致し方ない、あれを使うぞ!」
「はっ、同志!」
すると今度は奴さん、ロケットランチャーまで担ぎ出してきたよ。
こんなの、バスの車内で撃つような物じゃないってのに、やめときなよ…
「目障りだ、落ちろ!」
あーあ、撃っちゃった…
非常口のガラスが内側から粉々に砕け散り、榴弾が真っ直ぐに飛んでいくよ。
もっとも、発射された榴弾は戦闘ドローンのレーザー砲で速やかに迎撃され、私達に何の損害も与えずに空しく爆発したんだけど。
「うわっ…!車内に風が入ってくる!」
「この馬鹿者!何故撃ったんだ?」
100キロオーバーで暴走しているバスに大穴を開けちゃったせいで、強風が吹き込んできちゃっているじゃない。
もう車内はすっかりパニックだね。
「全く、ホントにバカだねぇ…」
私は半ば呆れながらも、非常口付近が吹っ飛んだままで暴走を続けるスクールバスに視線を向けたんだ。
このままじゃ、中の子供達が心配だからね。
「パパ、ママ!怖いよ~!」
「僕達、このまま死んじゃうのかな…?」
至近距離で爆発が多発し、オマケに破壊された非常口から外気がガンガン入ってくる訳だから、車内の子供達は大パニックだよ。
もっとも、縛られた状態でシートベルトを掛けられていたのが幸いして、振り落とされた子がいないのは良かったけど。
いずれにせよ、ひどい状態である事には変わりはない訳だね。
辛いだろうけど、もう少しの辛抱だからね。
私達が必ず、助けてあげるから!
人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局が誇る、「防人の乙女」の私達がね!