第3章 「悪辣非道!スクールバス大爆破の恐怖」
そんな私の意識を現実に引き戻してくれたのは、武装サイドカーのハンドルを預かっている上牧みなせ曹長の一言だったの。
「恐れながら申し上げます、吹田千里准佐!アポカリプスの連中、何か不自然ではありませんか?」
「不自然…、ですか?いかがなさいましたか、上牧みなせ曹長?」
レーザーライフルを用いた発砲を続ける私は、江坂分隊所属の特命機動隊員に声だけで応じた。
何しろ、バスから手榴弾やら火炎瓶やらがひっきりなしに飛んでくるんだもの。
特に手榴弾の場合、雷管をピンポイントで狙わないといけないんだから。
照準器から片時も目を離せないよ。
「こんな火炎瓶や手榴弾では、我々相手には牽制にもならない事位、教団員共も分かっているはず。それにも関わらず、アポカリプスの連中に焦りが見られません…」
激しい戦闘の真っ最中だというのに、実に冷静沈着な観察眼だね。
きっと上牧みなせ曹長も、良い班長や分隊長になれるだろうな。
「人質以外の隠し玉がある…そう御考えなのですね、上牧みなせ曹長?」
「おっしゃる通りであります、吹田千里准佐。杞憂であってくれればよろしいのですが…」
それなのに私ったら、戦う事にしか注意が回らないんだもの。
我ながら情けなくなっちゃうなぁ…
そんな私と上牧みなせ曹長の会話に、楔を打ち込んできた物があるの。
『生憎ですが、その線で間違い御座いません。吹田千里准佐、上牧みなせ曹長。』
それは右耳にねじ込んだスマホ用ハンズフリーイヤホンから聞こえてくる無線連絡だったんだ。
『武装特捜車のレーダー装置で解析した所、敵がバスの車体に爆弾を搭載している事が判明しました。』
作戦中の移動司令部も兼ねている大型武装特捜車から発信された通信の内容は、あまりにも衝撃的な物だったの。
「何ですと!?それは本当でありますか、東条湖蘭子上級大佐!」
こうして問い直す声が震えているのが、自分でもハッキリ分かるよ。
「間違い御座いません、吹田千里准佐!車体下部に火薬反応。もしバスごと爆発すれば、大惨事は免れません!」
上牧みなせ曹長の報告もまた、私の声に負けず劣らず、緊迫した響きを帯びていたね。
「そ、そんな…!しかし、だとすれば…」
それに促された私は、レーザーライフルの照準器に当ててない方の目で、武装サイドカーのコントロールパネルに埋め込まれている液晶画面を覗き込んだの。
「なっ…!」
ワイヤーフレームで描かれたバスの透視図が、コントロールパネルの液晶画面に表示されている。
その車体下部の前輪付近には、確かにスーツケースサイズの箱型の部品が後付けされていたの。
どうやらコイツが、問題の爆弾のようだね。
「しかしながら…これはナンセンスですよ、上牧みなせ曹長!」
サイドカーを運転する曹士へ問い掛ける私の声は早口になり、オマケにすっかり上ずっていたんだ。
「彼奴等の目論見は、塾の生徒達を太平洋上のアジトに連行して少年兵にする事のはず…それなのに手榴弾や火炎瓶で応戦していたら、下手したらバスごと大爆発。少年兵士育成計画はオジャンになってしまいます!」
『海外逃亡が失敗した場合、子供達を巻き添えにして自爆テロを敢行するつもりだったのでしょう。その場合における敵の目的は、人質の爆殺と無差別自爆テロによる人類防衛機構の権威失墜です。』
私とは対照的に、イヤホンから聞こえてくる東条湖上級大佐の声は、普段と変わらぬ落ち着き払った物だった。
さすがは特命教導隊。
長いキャリアと豊富な実戦経験は伊達じゃないね。
「成る程…仮に人口密集地域での爆発を防いだとしても、バス内の子供達が助からねば、我々の面子は丸潰れという訳ですか。」
「そうして人類防衛機構に一矢報いたという事実が、水面下に潜伏中の残党を活性化させる。そういう筋書きなのですね、吹田千里准佐。」
私の後を受けた上牧みなせ曹長が、苦虫を噛み潰した表情を浮かべている。
きっと私も、同じような顔をしているんだろうね。
「その線で間違いない物と思われます、上牧みなせ曹長。再起の狼煙を上げる為の人柱になる覚悟が出来ているとは、敵ながら天晴れですよ!」
正しく、「敵もさる者、引っ掻く者」。
テロリストっていう人種は、こういう弱者をターゲットにした悪巧みに関しては天才的なんだから。
『勿論、このような暴挙を看過する訳にはいきません。直ちに爆弾の無力化と人質の救助、そしてアポカリプス残党の殲滅作戦に移ります。』
流石と言うべきか、ハンズフリーイヤホンから聞こえてくる上官殿の御声は、どこまでも冷静にして沈着だったの。
貴官の事を頼りにさせて頂きますよ、東条湖蘭子上級大佐。