エピローグ第2章 「准佐は王女殿下の影武者を夢想する」
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
そんな私達の遣り取りを面白そうに眺めていたのは、大皿のポテトフライを自分の皿に移し替えていた京花ちゃんだったの。
「ふ〜む、やっぱりなぁ…やっぱり造作は似てなくもないけど、千里ちゃんじゃ雲泥の差だね。」
そうして言いたい事を吐き出すと、まるで何事もなかったかのように移し替えたポテトフライへ卓上塩を振り掛けたんだ。
だけど今の一言は、私としても流石に聞き捨てならなかったよ。
「ちょっと、京花ちゃん!どういう事なの、その『雲泥の差』って?どうせ私は泥の方だと思うけどさ…」
「あっ!ゴメン、ゴメン…いやさ、千里ちゃん。さっきニュースアプリをチラ見して知ったんだけど、台湾島の中華民国への表敬訪問を終えられた愛新覚羅麗蘭第一王女殿下が、中華王朝の紫禁城へ無事に帰城されたみたいなんだよね。それでニュース記事のトップに掲載されていた写真の王女殿下が、改めて見てみると千里ちゃんに少し似てるなって…」
そうして京花ちゃんが苦笑しながら差し出してきた軍用スマホの液晶には、中華王朝の次期天子であらせられる愛新覚羅麗蘭第一王女殿下の御尊影が表示されていたんだ。
正直言って、瞳の色を除いた顔の造作はかなり似ていたから驚いたよ。
それに私も麗蘭殿下も黒髪のツインテールだし頭身や体格といった背格好も同じような感じだから、全体的なフォルムもソックリだね。
モノクロ写真で撮影するか画像生成AIやCGで加工を加えたら、もっと似てくるんじゃないかな。
「ちょ、ちょっと…その発言はマズイよ、京花ちゃん。私と愛新覚羅麗蘭王女殿下がソックリだなんて…ここが日本で中華王朝が親日国だから別に良いけど、国や時代が違っていたなら悪くすると不敬罪にもなりかねないんだよ。」
「アハハ!冗談だって、千里ちゃん。流石の私だって、本物の愛新覚羅麗蘭殿下にそんな口は叩かないよ。」
本当に仕様がないなあ、京花ちゃんったら。
冗談として茶化すには、かなりデリケートでセンシティブ過ぎる問題だと思うよ。
まあ、中華王朝の王室は御優しい方々ばかりだし、麗蘭王女殿下もアレコレ軽口を叩かれる事は公人として御覚悟の上だろうからね。
余っ程の悪意ある言説でもない限りは、きっと笑って水に流して下さるだろうよ。
「そもそも一介の少佐風情が一国の次期君主に謁見する機会なんて、そうそうない訳だし。それこそ、この堺県堺市に麗蘭殿下が表敬訪問にでもいらっしゃらない限りはね。」
「そりゃそうだよ、京花ちゃん。そんな事になったら警備だの何だのって大騒ぎになっちゃうよ。そういう物々しい事は、大阪とか京都とか帝都でやって欲しい所だよね。」
こうは言ったけれど、仮に私が麗蘭王女殿下に謁見する事になったら、どうなるんだろう?
もしかしたら、容姿が似通っている事に目を付けられて殿下の影武者を務める羽目になったりして。
そうなったら私も、中華王朝の王室の方々が御召しになっているような豪華で仕立ての良い満州服を着る事になるのかな。
上手く着こなせるかはあんまり自信がないけど。
そして王女殿下の影武者を務める時期が夏場だったなら、変装用の衣装もチャイナドレスみたいなノースリーブの満州服になるのかも知れないね。
或いは「敵を欺くには先ず味方から」という考えから、暫く殿下の替え玉として紫禁城で過ごす事になったりして。
紫禁城で供される宮廷料理は、きっと豪華で美味しいんだろうな。
何しろ中華王朝の前身である清王朝には、美食家として名高い西太后がいらっしゃったのだからね。
その高貴でグルメな舌を満足させる為に発展した宮廷料理が今日の中華料理の礎になっていると考えたら、自ずと期待をしてしまうよ。
流石に満漢全席なんて豪華絢爛な饗宴は無理だとしても、せめて八珍は食べられないかな。
確か今の中華王朝の八珍は、二代女王である愛新覚羅翠蘭陛下の御在位中に確立されたんだっけ。
翠蘭陛下の妹君である愛新覚羅白蘭第二王女殿下は歴史や芸術といった文化振興に尽力されていて、現代版八珍の選定にも携われていたんだよね。
この現代版八珍には葡萄酒の玄玉漿も入っているんだけど、これがまた香り豊かで高品質だと評判なんだよ。
「ねえ、英里奈ちゃん?愛新覚羅麗蘭殿下が嗜まれている葡萄酒って、やっぱり美味しいのかな?」
「えっ、ええ…!?藪から棒に如何なされたのですか、千里さん?」
しまった、私とした事が…
事もあろうに、何も知らない英里奈ちゃんにいきなり話を振っちゃったよ。
英里奈ちゃんが二杯目として頼んだ赤ワインに引っ張られちゃったって理由もあるけど、そんなの言い訳にもならないよね。
「はは〜ん…もしかして千里ちゃんったら、あわよくば麗蘭殿下の影武者になって宮廷料理で晩酌したいと思ってる?」
「うぐっ…」
見事なまでに図星を突かれたんだもの。
ぐうの音も出なかったよ。
「生憎だけど、麗蘭殿下は十四歳だからお酒は未だ飲めないんだよ。だから仮に千里ちゃんが影武者になったとしても、飲酒は御法度!そういう意地汚い考え方をするようじゃ、やっぱり麗蘭殿下と千里ちゃんとは雲泥の差だね。」
「わ…分かってるよ、京花ちゃん…」
こうして窘められる形になっちゃったけど、元を正せば京花ちゃんが振ってきた話題だからね。
う~ん、何か釈然としないなぁ…