エピローグ第1章 「大団円の祝宴」
人質にされた目進塾の塾生達は一人の犠牲者も出す事なく保護出来たし、黙示協議会アポカリプスの残存戦力は三大審判獣も含めて一掃する事が出来たし。
もう非の打ち所のない大戦果だね。
そして我が方の消耗度はというと、重傷者や殉職者といった取り返しのつかない犠牲は一切出さなかったから御の字かな。
武器弾薬類や燃料の消費は戦果から見れば充分に許容範囲内だし、ごく少数だけ出しちゃった軽傷者も即座に戦列復帰出来る程度の負傷だから無視して構わないよ。
まあ、その少数の負傷者っていうのが何を隠そうこの私なのだけど。
次は無いと思っていたのに、またしても黙示協議会アポカリプスの連中に手傷を負わされるとはね。
全く不覚の致す所だよ。
もっとも、前回のは数年間に及ぶ昏睡状態のオマケ付きだった訳だからね。
二度とない中学時代の半分以上を棒に振った上に同期の子達に人類防衛機構内での階級を追い越される事を考えたら、頸動脈の損傷なんて微々たる物だよ。
こうして此度の作戦を無事に遂行した私達は、堺県第二支局へ帰投して軍用オートバイを返還するや、すぐさま祝杯を上げるべく夜の街に繰り出したんだ。
目指すは勿論、堺銀座の不夜城と言うべき漁火水産堺東駅前店だよ。
何しろ漁火水産は年中無休で24時間営業をしてくれているコンビニエンスな居酒屋だから、時間を気にせずにどんちゃん騒ぎが出来ちゃうんだ。
この漁火水産の強気の営業時間が役に立つのは、今回みたいな大規模作戦の打ち上げや歓送迎会といった大宴会ばかりじゃないよ。
夜勤シフトの休憩時間や東の空が白々と染まり始める夜勤明けに一杯引っ掛けたくなったとしても、普通の居酒屋は大抵が準備中だよね。
そんな時に漁火水産の煌々と照らされた明かりを見ると、心からホッとするんだ。
堺県第二支局に配属された防人乙女の中で、漁火水産に癒やされた事のない子なんて、恐らくいないんじゃないかな。
そういう訳で、今日も漁火水産堺東駅前店の店内は人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局の防人乙女達で犇めいていたの。
そもそも今回に関しては、作戦成功を祝する打ち上げとして支局一同で貸し切っちゃったからね。
もしも今が年末年始や年度の切り替わる春先だったなら、忘年会や新年会や歓送迎会の予約で埋まっていて貸し切りなんて真似は出来なかっただろうな。
まあ、テロや災害といった緊急事態は居酒屋の繁忙期なんて無関係に起きる訳だから、そんな事を気にしても仕方ないよね。
今は貸し切り予約が出来た幸運と事件の早期解決が出来た事を喜びながら、美酒で英気を養おうじゃないの。
「それでは、人質とされた塾生達の全員救出と黙示協議会アポカリプス残党の掃討を祝しまして…乾杯!」
こうして本作戦の最高責任者にして此度の飲み会の幹事でもあらせられる東条湖蘭子上級大佐の音頭によって、高々と掲げられたジョッキが一斉に打ち鳴らされたんだ。
人それぞれにお酒の好みはあるけれども、やっぱり一杯目はビールが様になるんだよね。
「ふぅ〜っ、やっぱり良いねぇ…」
麦芽とホップの風味が効いた黄金色の液体を一気に飲み干した私は、幸福に満ちた溜め息を漏らしながら口元の白泡を拭ったの。
五臓六腑に染み渡るというのは、正しく今のような状況を言うんだろうね。
「よ〜し、次はカルーアミルクといこうかな!どう、他に注文はある人はいないかな?もしあるなら、一緒に頼んでおくけど?」
「ええっ?ち…、千里さん?もう召し上がられたのですか?」
空になった中ジョッキの代わりに注文用端末を掲げた私に唖然とした顔で問い掛けてくるのは、戦国武将の末裔と華族令嬢という由緒正しき肩書を二つも掛け持ちしている英里奈ちゃんだったの。
養成コース時代からの昔馴染みの手元に置かれた中ジョッキは、私のとは対照的に未だ半分近くも中身が残っているね。
「飲みっぷりが良いのは結構な話だがな、ちさ。口元を拭う時は手の甲じゃなくて紙ナプキンを使った方が良いんじゃないか?佐官に昇級したら指揮権の範囲も広がる訳だし、相応の威厳を備えておいて損はないぞ。」
「わ…分かってるよ、マリナちゃん。」
慌てて紙ナプキンに手を伸ばしはしたけれども、今更手遅れかも知れないね。