第29章 「救助は成功、そして次の一手は?」
とはいえ、そんな悠長な事を言ってはいられないよ。
このまま北加賀屋住江一曹を盾にされると、私達としても攻撃し辛いからね。
「住江ちゃんを放してよ!この痴漢!変態!ドスケベ蛇!」
思い付くままに悪態をつきながら、私はレーザーライフルを連射したの。
理性の失われた合体審判獣を罵倒したって意味はない。
そんな野暮なツッコミを入れる人もいるかも知れないね。
確かに審判獣への心理攻撃という点では無意味かもしれないけど、こうして敵を口汚く罵れば私の士気は上がるんだよ。
まあ要するに、敵へのデバフじゃなくて自分へのバフって事だね。
「ギャオッ!?」
ほらね、上手くいったでしょ!
合体審判獣の戸惑い染みた悲鳴と共に、蛇型攻撃端末の1本が爆発して吹き飛んだよ。
「うっ!」
そうして自由になった北加賀屋住江一曹の身体が、空中に投げ出されたね。
投げ出された北加賀屋住江一曹には気の毒だけど、あの攻撃端末の爆発に直接巻き込まれなかっただけでも良しとしてくれなくちゃ。
「住江ちゃんを頼んだよ、マリナちゃん!」
「よし!任せてくれ、ちさ!」
大型拳銃を発砲していた少女は、自身の現在地が投げ飛ばされた機動隊曹士の落下予測地点に近い事に気付くや否や、遊撃服のベルトに愛銃を無造作に挟み込み、サッと両手を広げて駆け出したんだ。
そうして広げられた腕と腕の間に、御子柴高校1年A組に在籍する機動隊一曹の肢体が、美しい放物線を描いて落ちていったの。
「しっかりしろ、北加賀屋住江一曹!」
目を閉じ、力なく項垂れている曹士の少女に、マリナちゃんは懸命に呼び掛けていた。
どうやら蛇型攻撃端末の締め付け攻撃は、予想以上にハードだったみたい。
生体強化ナノマシンで改造されている北加賀屋住江一曹だからこそ、五体満足で生きていられるんだよ。
これが生身の人間だったら、今頃は胴体が押し潰されていただろうね。
それでも失神してしまうまで追い詰められたんだから、何たる馬鹿力だよ。
「うっ…あっ!?」
不本意極まりない失神から回復した、北加賀屋住江一曹。
この少女に戸惑いの声をあげさせたのが、自身を抱き留める遊撃服の両手の温もりなのか、或いは硝煙の残り香なのかは、私には分からない。
「わ、和歌浦マリナ少佐…」
しかしながら、その次に生じた感情が安堵である事だけは確かみたいだね。
空中に放り出された自身の肢体を受け止めたのが、冷たく硬いアスファルトの路面ではなくて、同学年の上官の温かい懐だったんだもの。
そりゃ無理もないよ。
「大事ないか、北加賀屋住江一曹?」
「はっ…はい、和歌浦マリナ少佐。何と御礼を申して良いか…」
自身を抱き抱えるマリナちゃんの首に手を回す北加賀屋住江一曹の声は、まだ少し震えていた。
しかし、その震えが恐怖心からではない事は、自身の救い主を見つめる瞳に浮かんだ切なそうな色合いと、甘く悩ましげな口調からも明白だったね。
「いいさ、北加賀屋住江一曹。志を同じくする戦友を助けるのに、理由なんか必要ないからね。」
しょうがないなあ、マリナちゃんは…
住江ちゃんに巻き付いていた蛇型端末を破壊したのは、私なんだよ。
こんな決め台詞まで言われちゃったら、今回の救出劇を一から十までマリナちゃんが解決したみたいに見えちゃう。
まあ、クラスメイトの住江ちゃんが無事に助かったんだから、善しとしなくちゃね。
「まあ、何にせよ…まだ戦いは終わっちゃいないんだ!まだいけるな、北加賀屋住江一曹?!」
「勿論であります、和歌浦マリナ少佐!この北加賀屋住江一曹、この程度で音を上げる柔な鍛え方をしておりません!」
マリナちゃんに気遣われただけなのに、住江ちゃんったらあんなに嬉しそうになっちゃって…
あれぞ正に、恋する防人乙女の姿だね。
命短し、恋せよ乙女か…
羨ましくないかと聞かれたら、正直言って返答に困っちゃうけど。
「オヤオヤ…これは女たらしの和歌浦マリナ少佐、また今宵も浮き名を流すおつもりですかな?」
と、さっきまでの熱血な主人公気質も今は昔。
皮肉が2割に、茶化しが8割。
京花ちゃんったら、すっかり悪友モードだね。
「ああ、いえ…枚方京花少佐…これは決して、そのような訳では…」
住江ちゃんったら、すっかり狼狽えちゃってる。
きっとしばらくは、京花ちゃんにからかわれちゃうんだろうな。
「お京…おかしな言い草をするなよ!さっきも言ったが、まだ戦いは終わっちゃいないんだからな!」
照れ隠しなのか、マリナちゃんもすっかりムキになっちゃって。
言ってる事はもっともだけど、場の空気を変えるための強引な話題転換って風にも解釈出来ちゃうなぁ。