プロローグ第3章 「宴の予感」
こういう防人乙女の誇りを再認識するような殊勝な言い回しは、ちょっと私の柄じゃないかも知れないね。
そのせいか、青いサイドテールの少女に速攻で混ぜ返されちゃったの。
「おっ!たまには良い事言うじゃないの、千里ちゃん!じゃあさ…同じ作戦で苦楽を共にした戦友同士、これから親交をより一層深めてみようじゃない!」
「ちょ、ちょっと…京花ちゃん!」
今日の京花ちゃんったら、悪友モードの方がメインなのかな。
ベッタリと肩を組んでくる所まではギリギリ許容出来たけど、人差し指で頬を突っついてくる段階まで来たら、流石にウンザリしてきたよ。
「もう…、京花ちゃんったら…!そんな意味深な言い回ししちゃって。」
「おっと…!今日はご機嫌斜めなのかな、千里ちゃん!」
最初の「もう…」の所で脇腹に肘鉄を1発軽く決めさせて貰ったけど、これ位なら突っ込みとして許容されるよね?
「そんな勿体つけた言い方をしなくても分かるよ…作戦成功を祝した打ち上げでしょ、要するに?」
人類防衛機構に所属する防人乙女は、その身体を戦闘に適した物にするために生体強化ナノマシンを静脈注射するんだけど、このナノマシンはアルコールで活性化する面白い特性を備えているんだ。
戦闘力に防御力、それに治癒力だって格段に跳ね上がるんだよ。
そのため防人乙女である私達は、たとえ未成年であっても飲酒が許可されているんだ。
この私だって、お酒を初めて飲んだのは小5の春休みだったよ。
生体強化ナノマシンを投与され、いよいよ特命遊撃士養成コース編入を控えた時に、両親と一緒に飲んだビール。
それから4年余りの年月が経ったけど、あれが私の飲酒人生最初の1杯と思うと、何とも感慨深いよ。
そんな私の物思いに気付いているのかいないのか。
悪友モードの京花ちゃんは上機嫌だ。
「アハハハ!そうツンケンしなさんなって、千里ちゃん!確かに銀座通りの居酒屋を使った打ち上げだけど、タダの飲み会じゃないんだよ。」
脇腹へ軽く抉り込まれた肘鉄の突っ込みも意に解さず、レーザーブレードを個人兵装に選んだ特命遊撃士はケタケタと楽しそうに笑っていた。
全く敵わないなあ、京花ちゃんには…
「今回の打ち上げにつきましては、東条湖蘭子上級大佐が私共の会計を全員分負担して下さるそうですよ。私も先程、メールで知り得たばかりなのですが…」
「まあ要するに、上官のオゴリで只酒と洒落込める所が、タダの飲み会じゃないって事だよ!」
英里奈ちゃんの後を受けたのは、長い前髪で右目を隠したクールビューティー風の少女だった。
にしても、「只酒だからタダの飲み会じゃない。」か…
まあ、マリナちゃんのキャラ的に、駄洒落のつもりで言った訳じゃなさそうだよね。
「えっ、それは有り難いけど…でも、いいのかな?いくら特命教導隊だからって、そんな大盤振る舞いをしたらスッテンテンになっちゃうよ?」
今回の作戦で私達の部隊の陣頭指揮を執っていらっしゃった東条湖蘭子上級大佐は、特命遊撃士の上位組織である特命教導隊に所属されているんだ。
言うなれば上級将校さんだね。
色々と責任重大な分、お給料だって特命遊撃士とは比べ物にならないレベルで高額だけど、流石に全員分の飲み代を捻出するのはねえ…
「ちさ、それについては杞憂だと思うよ。」
言い忘れてたけど、この「ちさ」っていうのはマリナちゃんが私を呼ぶ時のニックネームなの。
マリナちゃんには親しい友達をニックネームで呼ぶ癖があって、英里奈ちゃんと京花ちゃんにも、それぞれ「英里」に「お京」ってニックネームが付いているんだ。
ところが当のマリナちゃんには、これといったニックネームがついていないんだから、面白いよね。
「なんせ、3000円の飲み放題コースだから高い酒は頼めないし、参加者も東条湖蘭子上級大佐が直接指揮した隊のメンバーに限る訳だからね。」
成る程ねえ…
それなら人数を絞り込めて金額も抑えられるし、他の子達を呼ばない大義名分も成立するよね。
まあ、今頃は他の隊の子達も、それぞれ居酒屋に繰り出しているんだろうな。
「東条湖上級大佐は報告書の上奏で、少し遅れて来られるそうです。先に召し上がって差し支えないとの事ですよ。」
「左様でありますか、生駒英里奈少佐。ほほう…天王寺ハルカ上級曹長の班は、もう飲み始めているようでありますね、吹田千里准佐。」
英里奈ちゃんの言葉に頷いた上牧みなせ曹長が、戦闘服から自分の軍用スマホを取り出し、アレコレと操作を始めたんだ。
大方、グループ登録している機動隊メンバーからのメッセージを開いているんだろうね。
「御覧下さい、吹田千里准佐。」
そうして年上の曹長さんに示されたスマホ画像を見てみると、そこには銀座通りに位置する24時間営業の居酒屋チェーンでビアジョッキを乾杯する、顔馴染みの曹士達の姿があったんだ。
「ああっ、先を越されたか!チェッ、いいなあ…住江ちゃんも瑞光ちゃんも、今頃はピッチャーを空にして、さぞゴキゲンなんだろうね。」
こういう画像は、ホントに目の毒だね。
心は既に、銀座通りの「漁り火水産」に飛んじゃってるよ。
それにしても…
飲み会参加者は私も含めて、昼間の作戦では東条湖蘭子上級大佐の指揮下で戦ったメンバーなのか。
酒席で交わされる話題は当面、昼間の作戦における各々の武勇伝で持ちきりだろうね、きっと。
今回の作戦では、これでもソコソコ活躍出来たんだよ、私だって!