第25章 「理性なき野獣の咆哮」
学習塾「目進塾」を隠れ蓑に暗躍していた黙示協議会アポカリプスの残党3名は、在家信者でありながら審判獣への変身能力を有していたの。
様々な飛び道具を内蔵していた巴蛇ヒュドラに、体毛から分身を産み出す無支奇イエティ、そして火を吐く獅子ドゥン。
1匹だけでも厄介なのに、この審判獣3匹は「キメラ細胞」と呼ばれる特殊細胞を移植されていて、合体能力まで備えていたんだ。
そうして私達の前に姿を現したのが、合体巨大審判獣の鵺キマイラなんだ。
こいつは3匹の審判獣全ての特徴を併せ持っている、危険極まりない奴なんだよ。
「ウォォォォン!」
赤い獅子の鬣に覆われた白い類人猿の顔が獣その物な雄叫びをあげ、それに呼応するようにして尻尾のように生えた蛇型攻撃端末が鎌首を持ち上げてウネウネと伸縮させている。
顔は猿だけど、雄叫びに関してはライオンとも猿とも判別がつかないね。
「ウォォォォン!」
2度目の雄叫びは、単なる威嚇ではなかったんだ。
鎌首をもたげた8本の蛇型攻撃端末が、黄色いセンサーアイをチカチカッと明滅させている。
この攻撃端末が巴蛇ヒュドラの物と同じ仕様なら、次の手は赤く輝くエネルギー光弾だね。
「気をつけて!コイツ、蛇の頭からエネルギー光弾を撃ってくるよ!」
こういう場合、敵の手口を知っている人間が注意喚起をしなくちゃね。
「そうかい!助かるよ、ちさ!」
「心得ました、千里さん!」
打てば響くような返事が、マリナちゃんと英里奈ちゃんから飛んでくる。
こうして戦友達のお役に立てるなら、私も准佐冥利に尽きるって物だよ。
「光弾を発射できる機械の蛇か…まるで『未来戦士サイボーグ7』の悪役みたいだよ!」
懐かしいアニメを例えに出すね、京花ちゃんも…
ところが、一寸先は闇。
事態は私の予想外な方向に進んだんだ。
「おっ、おい…!何だよ、アイツの攻撃?」
「ホントだ!これじゃまるで見境なしじゃない!」
戸惑うマリナちゃんに釣られて、私もスットンキョウな声を上げちゃったね。
ガバッと大きく開いた蛇型攻撃端末の口から、人魂みたいな赤いエネルギー球が次から次へと吐き出されていく。
そこまでは、さっき私が相対した巴蛇ヒュドラと同じ攻撃方法だった。
おかしいのは、蛇型攻撃端末が四方八方バラバラの方向に伸ばされていて、無茶苦茶なペースで連射されているって事。
可動範囲内をグルグルと回りながら出鱈目に乱射しまくっている端末もあれば、路面の1ヶ所をひたすらに撃ち続けて、アスファルトの破壊に専念している端末もあったんだ。
攻撃端末は1つとして同じ動きをする物はなかったけど、私達6人を明確に狙って光景する端末もまた、1つとしてなかったね。
あの御大層に黄色く明滅しているセンサーアイも、形ばかりのこけおどしなのかな。
「弾幕を張るにしても、もっとやり方があるんだけど…うわっ!」
首を傾げながら呟いていた独り言を切り上げ、私は大慌てで飛び退いた。
だって合体審判獣の奴ったら、蛇型攻撃端末によるエネルギー光弾だけじゃ飽きたらず、口から炎まで吐き始めたんだから。
本来なら火炎放射は獅子ドゥンの能力だったのに。
「ガオォォォォン!」
しかし今は、無支奇イエティの名残である類人猿の口をガバッと大きく開き、雄叫び上げて紅蓮の炎を盛大に吹き出している。
どうやら合体する前に使っていた個別の能力は、ほとんどそのまま使えるみたいだね。
ところがこの火炎放射にしても、ただ闇雲に炎を吐き続けているだけで、とても狙いをつけているとは思えなかったんだ。
「もしや…あの合体審判獣は私達の事を、正しく認識出来ていないのではありませんか?」
随分と鋭い勘だね、英里奈ちゃんも。
内気で気弱な性格の英里奈ちゃんには、その場の空気や周囲の顔色を怖々と伺う癖があるんだけど、その癖が今回は鋭い観察眼として役立ったんだね。
短所と長所は表裏一体。
AO入試や就活の自己PR欄を記入する時の定番アドバイスは、やっぱり正しかったんだ。
「そういやアイツ、白眼を剥いていたよ!バラバラだった時は話せていた日本語も、今は全く喋らないし…もしかしたら、合体した時の代償に理性を無くしちゃったのかも?!」
京花ちゃんが立てた仮説には、それなりの説得力があったんだ。
鵺キマイラの合体材料となった審判獣3匹のうち、巴蛇ヒュドラは頭を吹き飛ばしてやったし、無支奇イエティもマリナちゃんと英里奈ちゃんのタッグ攻撃で確かに死亡したらしい。
合体直前までマトモな意識が残っていた獅子ドゥンにしても、両腕と過半数を吹き飛ばされて全身至る所に傷を負って殆ど虫の息だったし。
こんな具合に悪条件が幾つも重なった状態で、複数体の審判獣の人格と頭脳を統合しようとしても、無理な相談だよ。
唯一残っていた獅子ドゥンの人格と理性も、どうやら合体時のショックで吹き飛んじゃったんだね。