第24章 「合体審判獣・鵺キマイラ」
蛇型審判獣の巴蛇ヒュドラに猿型審判獣の無支奇イエティ、そしてライオン型審判獣の獅子ドゥン。
今回の作戦で私達と戦った三匹の審判獣達には、キメラ細胞という特殊な細胞が移植されていたらしいの。
壊滅した黙示協議会アポカリプス教団本部から押収した資料から分かった情報は断片的だけど、このキメラ細胞を移植された審判獣には通常と異なる力が秘められている事だけは確かだね。
「すると敵の現状は、各細胞を分化前の原型細胞にリセットし、細胞分裂をやり直している最中でありますか?」
『的確な類推です、和歌浦マリナ少佐。』
そして東条湖蘭子上級大佐とマリナちゃんの会話を傍受した事で、私なりに理解出来た事がもう1つ。
今は細胞分裂が活発化している最中って事だから、たとえ攻撃を受けたとしても破壊された細胞を栄養源にして分裂し直せば事実上ダメージは無効化出来るって寸法か。
むしろ中途半端な攻撃は、却って敵を活性化してしまう危険があるのかも。
一気に焼き払えば倒せるかも知れないけど、どれ位の威力なら敵の再生速度を上回るのか分からないし、大量のナパーム弾や焼夷弾を準備するには時間がかかっちゃうし。
何より、幾ら市街地の中心から離れているとはいえ、ここからは砂川遊園も程近い距離だからね。
臨時休業は要請済だし、近隣住民の避難誘導だって済んだけど、子供達の憩いの場である砂川遊園を、焼夷弾で延焼させる訳にはいかないよ。
「迂闊には手出し出来ないのでしょうか…?しかしそれでは、細胞分裂を終えて現れる物は、果たして何なのでしょう?」
レーザーランスを構えた英里奈ちゃんが、可憐で上品な美貌に不安そうな影を落としながら、誰に言うとなく呟いた。
まるで、さっきの私みたいだよ。
『恐らくは…3体の特徴を兼ね備えた、『合体審判獣』とでも呼ぶべき存在かと…』
「落ちてくるぞ!散開して回避しろ!」
回答に応じてくれた東条湖蘭子上級大佐の無線通信は、マリナちゃんによる注意喚起の叫びで掻き消されてしまったんだ。
「お乗り下さい、吹田千里准佐!」
「クッ!」
私が大慌てで側車に乗り込むのを確認するや、上牧みなせ曹長はアクセルを思いっきり握り、アイドリング中だった武装サイドカーをフルスロットルで急発進させたんだ。
「うわっ…何、これ!」
熟した柿が地面に潰れ落ちた時みたいな湿った音と共に、後を引く縦揺れの衝撃が身体に響いてくる。
この場に地震計があれば、震度3の揺れを観測出来ただろうね。
「ああ…ビックリしたなぁ、もう!しかし、この湯気と来たら…!」
自分と上牧みなせ曹長の無事を確認出来たのも束の間。
審判獣3匹の融合した肉団子が路面に落下した直後から、白い湯気が辺りに立ち込めているんだよね。
「有毒ガスじゃなかっただけで御の字だ、ちさ!」
声のした方に振り向くと、そこではモートルコマンダーに跨がったマリナちゃんが、大型拳銃の銃口を湯気が上がっている先に向けていたんだ。
マリナちゃんも無事だったんだね。
「英里、お京!そっちは無事か?」
『はっ、はい…住江さんが急発進をして下さった御陰で、掠り傷1つ御座いません…』
『私はいつもと変わらず、健康優良な防人乙女だよ!私のハンドル捌きを駆使した鮮やかな回避、マリナちゃんにも見せたかったなぁ…』
軍用スマホに入電する元気な声を聞く限りでは、他の3人も無事みたいで何よりだよ。
「全く、お京と来たら…まあ、無事ならそれで良い!今の最重要課題はキメラ細胞だ!」
マリナちゃんに促されて見てみると、審判獣3匹の身体がミックスされた怪球体には驚くべき変化が起きていたんだ。
大地にベシャリと叩き付けられ、半球状に変形した肉団子。
スライムを思わせる表面が、みるみるうちに萎びて縮んでいく。
まるで栄養分を吸いとられていくみたいだよ。
どうやら例のスライム状の球体は、その中にいるであろう存在にとって、鶏卵の白身のような役割も果たしていたみたいだね。
そして、中に潜んでいるであろう物の輪郭を徐々に現し始めていたんだ。
「気をつけろよ!中にいる奴が、いよいよお出ましだ!」
私達への注意喚起を促すマリナちゃんの叫び声に呼応したのか、今やすっかり干からびたスライムの膜が、内側からバックリと引き裂かれたんだよ。
「ああっ…こっ、これは…!」
「出たね…!」
マシンに跨がった英里奈ちゃんと京花ちゃんの2人が、緊張感に満ちた声を上げながら個人兵装を構えている。
「貧乏クジを引いちゃったかなぁ…これは少し、厄介そうだよ…」
2人に釣られて愚痴を溢してしまった私だけど、成長を終えて怪球体から現れた敵の姿を見てくれたなら、その気持ちも分かってくれるんじゃないかな。
合体と再構成を終えた敵の大きさは、審判獣3匹分の質量を素材にしたためか、なかなかのボリュームを誇っていたんだ。
一般的な軽自動車の大きさを想像してくれたら、イメージしやすいと思うの。
サイズだけじゃなくて、フォルムもまた大きく変化していたの。
曲がりなりにも人型だった審判獣3匹とは異なり、ソイツは動物みたいな4足歩行のシルエットをしていたんだ。
膝を地面につけずにピンと伸ばしている所を見るに、後ろ足だけで立てる構造じゃなさそうだね。
しかしながら、素体となった審判獣3匹の面影は随所に残っていたよ。
大地を踏み締める四肢と胴を覆う赤い毛皮と鬣は、さっきまで私と京花ちゃんが戦っていた獅子ドゥンそっくりだったし、ふてぶてしい類人猿の顔は無支奇イエティその物だ。
そして尻から尾みたいに生えた8本の蛇型攻撃端末は、巴蛇ヒュドラから受け継いだ特徴みたいだね。
黙示協議会アポカリプスで研究されていたキメラ細胞の力により、3体の審判獣全員の特徴を満遍なく受け継いだ、合体審判獣。
正しくキメラの名に相応しい合体振りだよ。
「アポカリプスの命名法に則るなら、差し詰め『鵺キマイラ』とでも呼んだら満足か?」
書類上の呼称はそれで決まりだと思うよ、マリナちゃん。
相手からの返事はなかったし、そもそも人間の言葉を理解出来る知能が残っているかも疑わしかったけどね。