第23章 「奇々怪々!変異するキメラ細胞」
今を遡る事、おおよそ2年半。
黙示協議会アポカリプスという終末思想を掲げた危険なカルト宗教団体が日本各地で無差別テロ活動を繰り返していて、自衛隊や警察といった公安系の組織はその対応に追われていたんだ。
私達が特命遊撃士として所属する人類防衛機構も、アポカリプス関連の事件に何度となくスクランブル出動したね。
このアポカリプスを根絶するべく、人類防衛機構極東支部近畿ブロックは麾下の各支局を動員して大規模作戦を決行したんだ。
こうして元化22年夏に決行された「黙示協議会アポカリプス鎮圧作戦」は、少なからぬ重軽傷者をだしたものの人類防衛機構側の大勝利に終わったんだ。
そうして廃墟と化した教団本部からは、様々な証拠物件が押収されたの。
銃器や爆発物や毒ガスの材料といった凶器準備結集罪の物的証拠は勿論の事、教団が様々な悪事を働くためにまとめていた資料群もウンザリする程に沢山見つかったんだ。
例えば自己啓発系セミナーや大学の瞑想系サークルを隠れ蓑にしての勧誘マニュアルに、信者達を骨の髄まで搾取するべく巧みに構築された教団運営の手引書とか。
いずれも「無辜の人々の弱みに付け込んで視野狭窄に陥らせ、自分達に依存させて食い物にしよう」っていう卑劣極まりない魂胆が見え見えな代物だけど、これだけなら過去に摘発された有象無象のカルト教団と大差ないでしょ。
だけど邪教の秘儀が記された禁書や呪術のマニュアル本なんかが見つかっちゃうと、ちょっと洒落にならないよね。
その中には、明治時代に壊滅した黒魔術系の邪教集団である「黒主崇教」の経典まで混ざっていたんだから。
嵐山の分家に引き取られた英里奈ちゃんの妹さんから聞いた話なんだけど、この「黒主崇教」って連中は呪殺系の魔術を使って有名な仏教学者を暗殺しようと企てていたんだって。
確かにアポカリプスの奴等は呪術にも明るかったけど、そのルーツは明治の御世の日本を騒がせた邪教集団にあったって事だね。
こういう黒魔術だの呪術だのといったオカルト系の資料も危なっかしい限りだけど、廃墟と化したアポカリプスの教団本部から見つかった物騒な代物はまだまだ沢山あったんだ。
既存の社会秩序を破壊してアポカリプスによる新政権を樹立するために計画されていた各種テロ作戦の指令書に、審判獣の設計図に生体改造手術の手引書。
さっきまで紹介していたのが黙示協議会アポカリプスの「邪教集団」としての側面を物語る資料ならば、こっちは要するに黙示協議会アポカリプスの「テロリスト」としての側面を物語る資料達だね。
こちらの資料群にはナチスやファシスト党といった大昔の危険な連中に由来する各種の邪悪な知識や情報がまとめられていて、人間の業の深さが改めて実感させられるよ。
石川や、浜の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ。
釜茹での刑にされる直前の石川五右衛門が残した辞世の句にもあるけど、この世の悪の種ってのは根絶できないのかな。
まあ、そうして無限湧きする悪から人類社会を守るために、私達みたいな公安職の公務員がいる訳なんだけどね。
とはいえこういう悍ましい資料ばっかり発見されちゃうんだから、押収物件の目録をジックリ眺めていると目がクラクラして胸焼けしてきちゃうよ。
まあ、押収物件の目録を作成していた事務職の皆様方の御苦労を思えば、私なんかが愚痴っていちゃいけないんだけど。
そうした具合に様々な資料が見つかったんだけど、その中には新型生物兵器の設計図や化学式等も含まれていたんだって。
『そうした設計図や化学式の中には、特定の条件下にある審判獣達を合体させる『キメラ細胞』に纏わる物があったとの事です。』
2年半前の鎮圧作戦でも部隊の指揮を執っていた東条湖蘭子上級大佐は、そうした資料を目にする機会が何度か御有りだったみたい。
とはいえ「キメラ細胞」に関する詳細な情報は、発見された膨大な資料の何処にも記されていなかったの。
恐らくキメラ細胞はアポカリプスの中でも最重要機密になっていて、具体的な内容は一部の研究者と被験者だけしか知らなかったんだろうな。
今の私に分かるのは、あの3匹の審判獣達の身体にキメラ細胞が移植されていたって事と、そのキメラ細胞のせいでアイツらがグニャグニャの肉団子になっちゃったって事だね。
『彼らが教団壊滅前に改造手術を受けていたのか、設計図を入手した在野の信者達が今更になって自身を改造したのか。それは今となっては分かりません。しかし、複数の審判獣が各々の形質を融解させ、1体に集合しようという性質から考えますと、彼らにはキメラ細胞が移植されていると判断するのが適切です。』
成る程ねぇ…
こうして東条湖蘭子上級大佐のお話をお伺いして、引っ掛かっていた事が分かってきたよ。
あの3大審判獣がアポカリプスの切り札として研究されていたキメラ細胞の被験者だとすれば、幹部の牛頭鬼ミノタウロスより重武装なのも自然だよね。