第21章 「邪悪なる浮遊肉塊」
私と京花ちゃんの連携攻撃によって、アポカリプスの残党審判獣こと獅子ドゥンは早くも虫の息。
そう確信した私は嬉々としてレーザーライフルの照準を覗き込んだんだ。
「よし!後はレーザーライフルで木っ端微塵…」
四肢が断裂している獅子怪人に照準を正しく合わせれば、後は引き金に力を加えるだけ。
これで今作戦は、晴れて終幕の時。
そう思ってたんだけど…
「って…!えっ?何これ、どうなってるの?」
その手を思わず止めて凝視したのは、空中で繰り広げられている異様な光景だったんだ。
レーザーブレードによって両断された、獅子ドゥンの上半身。
下半身と両腕を失い、空中に吹き飛ばされた審判獣は、何故か地球の重力に従って落下せず、未だに地上5メートル辺りの高度を保って滞空し続けていたの。
「ねえ、千里ちゃん…何か様子が変じゃない?」
手足をぶった切られたライオンが、フワフワと空中に浮かんでいる。
これだけでも充分変だけど、緊迫した声と顔で呼び掛けてくる京花ちゃんの言葉通り、その光景は常識外れに異様だったの。
「うわっ!何がどうなってるの、あれ!?」
こんな素っ頓狂な声を出しちゃう程にね。
空中に吹き飛ばされた審判獣の上半身が、徐々に輪郭失って溶けていく。
攻撃的に鋭く尖っていた牙も、硬質な赤い毛皮も、もうみる影もないよ。
まるで日向に置いた雪ウサギみたい。
もっとも、溶けて水になった雪ウサギは、いずれ後腐れなく蒸発してくれるけど、こっちは綺麗に消えてくれるとは思えないね。
すっかりドロドロに溶け崩れた審判獣の身体は、ブヨブヨした赤い球体となって、そのまま空中浮遊を続けている。
駄菓子屋や百均ショップの玩具コーナーで売っているスライムを丸く捏ねた団子を想像してくれたら、イメージしやすいかな。
それが時折グニョグニョと表面を波立たせていたから、悪い予感を掻き立てられる事頻りだったよ。
「このまま野放しにしたらヤバそうだね、京花ちゃん…」
「右に同じだよ、千里ちゃん!」
あどけない童顔に焦りの表情を浮かべながら、戦闘オートバイに跨がったままで頷く京花ちゃん。
さっきまで大活躍していた左手のレーザーブレードは、いつの間にやら自動拳銃に持ち換えられていたよ。
「吹田千里准佐、撃ち方始め!」
同学年の友達としてではなく、少佐階級の上官として私に命令を下した京花ちゃんは、既に自動拳銃の発砲を開始していたんだ。
「ハッ!承知しました、枚方京花少佐!復唱します、撃ち方始め!」
それに人類防衛機構式の敬礼で応じた私もまた、空中の怪球体に向けてレーザー光線を発射する。
もしも獅子ドゥンが、先程までの手足を失ったトルソーのままだったら、確実に仕留められるはずの火力だった。
現に浮遊する赤い球体は、至る所を銃弾で抉られ、レーザー光線でザックリと焼き潰されている所もあったんだ。
しかし、その後に起きた光景は私達の予想を超えていたんだ…
「ああっ!アイツ、傷口を食べてるよ!」
京花ちゃんが放った舌打ち混じりの叫び声には、落胆の感情がハッキリと含まれていた。
銃撃を受けた赤い球体は、怯んだように一瞬ビクッと震えたものの、無事な部分が薄く広がって患部を覆い尽くし、再び全身を不気味に波立たせるのだった。
それはあたかも、銃創を穿たれた患部を滋養に変えて、元のサイズにまで急成長したようだったね。
「仕方ない!だったらレーザーウィップで百叩きにしてみよう!それが駄目なら、今度は…」
「いえ…恐らくは、同じ結果に終わってしまう事でしょう。京花さん、千里さん…」
京花ちゃんの手を止めたのは、北加賀屋住江一曹の操る武装サイドカーが届けてくれた、馴染み深いソプラノボイスだった。
「おっ、英里奈ちゃん!それに住江ちゃんも!どうしてここへ?」
「私達もいるよ!ちさ、お京!」
声がした方に振り向いてみると、そこには地平嵐1型に跨がったマリナちゃんが、武装サイドカーに乗った上牧みなせ曹長を従えて、こっちに向かってくる所だったの。
「どうしたの、マリナちゃんも英里奈ちゃんも御揃いで…?」
「私と英里は、あれを追っていた所なんだ。」
私と京花ちゃんへの挨拶もそこそこに、サッと空中へ指を指すマリナちゃん。
そこには、私と京花ちゃんを今まで悩ませていたスライム玉と同じ物が、更に2つも飛んでくる所だったんだ。
まあ、同じ物と言っても後から来たのは白と黒の玉だったけどね。