第20章 「見よ、枚方スペシャル!」
それでも何とか身体を起こしてくるんだから、「あのライオン怪人も審判獣の端くれなんだな。」って事が再認識出来るよ。
「奥の手だ…!この獅子ドゥン様の、奥の手を見せてやる…獅子クロー!」
痛みを振り切るようにして振り上げた、赤い剛毛に覆われた左手の五指は、鋭利に尖った鉤爪状に変化していたんだ。
「人類防衛機構の小娘共!その貧弱な身体、ズタズタに引き裂いてくれる!」
勇ましい啖呵を切るまでは良かったんだけど、ライオン怪人の視線はフラフラと左右に泳いでいた。
さっき私にモートルコマンダーの前輪で顔面を張られた時に、どうやら脳を強かに揺さぶってしまったんだろうな。
こういうサイボーグ怪人でも、パンチドランカー症候群にはかかるんだね。
「ウウッ…!貴様らだけは…貴様らだけは!」
断裂して短くなった右肘で頭を抑えている様子から見ると、審判獣ったらかなり苦しそうだね。
そろそろ引導を渡してあげるのが人助けかな。
もっとも、初手は京花ちゃんだけどね。
「ウオオオッ!貴様、殺してやる!」
「見せてあげるよ!これが堺県第2支局所属特命遊撃士、枚方京花少佐の必殺技!その名も…」
鉤爪を振り回して突っ込んでいく審判獣に、京花ちゃんはまるで恐れずにモートルコマンダーを一気に加速させ、大胆不敵にも大見得まで切っていたんだ。
その名も…?
京花ちゃんったら何時の間に、新しい必殺技を編み出したのかな?
「地平嵐ダッシュアタック・枚方スペシャル!」
「グォワッ!」
京花ちゃんったら何の捻りも衒いもなく、ハンドルを引き上げて後輪にトルクをかけ、ウィリーさせたバイクの前輪で強かに怪人をぶちのめしたんだ。
まるで、さっきの私の攻撃技を丸々トレースしたみたい。
「何それ~っ?それじゃ私のと同じじゃない、京花ちゃん…」
呆れるように呟いた、突っ込み混じりの独り言。
誰かに聞かせる積もりなんて、私には毛頭無かったんだけど…
「フフッ…同じじゃないよ、千里ちゃん!」
そんな私へのレスポンスは、スマホのハンズフリーイヤホンから聞こえてくる、明朗快活な笑い声だったんだ。
「ウワッ…聞こえちゃってたの、京花ちゃん?」
「オープン回線だから丸聞こえだよ、セッカチな千里ちゃん。」
面白そうにからかう京花ちゃんの声に、血の気がサーッと引いていくのが自分でもよく分かるよ。
あんな間抜けな独り言を聞かれちゃうだなんて、穴でもあったら入りたい気分だね。
「長い人生、そんなに焦ってどうするの?枚方スペシャルの真骨頂は、ここからなんだから!」
私へのからかいを小気味良く切り上げると、京花ちゃんはウィリーしていた前輪を路面に着地させ、鮮やかなハンドル捌きで急カーブを試みたの。
「ウッ、ウオオッ…!」
無公害エンジンを静かに唸らせ、猛スピードで急カーブする戦闘バイク。
その進路上では、先の衝突で吹き飛ばされた獅子ドゥンが未だに滞空している所だったんだ。
「行くよ、アポカリプスの審判獣!」
あどけない口元に不敵な微笑を浮かべながら、モートルコマンダーを右手だけで器用に操る京花ちゃん。
その空いている左手には、手のひらサイズの白い柄が握られていたの。
一見すると細身の懐中電灯みたいだけど、これこそ京花ちゃんの個人兵装であるレーザーブレードのグリップ部分なんだよ。
「レーザーブレード・壱ノ太刀!」
白い柄に設けられたボタンが押されるや、真紅に輝くフォトン粒子の刀身が瞬く間に生成され、裂帛の気合いと共に縦方向へ薙ぎ払われたんだ。
「ギャアアアッ!」
この世の生物とは思えないような審判獣の絶叫と共に、サッと舞い上がった物がある。
赤く硬い毛皮の生えた棒状の物体は、肘の辺りで断たれた獅子ドゥンの左腕だった。
クワッと宙を掴むようにして曲げられた鉤爪状の五指が、空しく宙を舞う。
敵ながらその姿は、何処と無く物悲しかったね。
それはさておき、これで例のライオン型審判獣は火炎放射能力に続き、両手の鉤爪までも失った事になる訳だよ。
「まだまだ!こんな程度じゃ終われないよね?」
両腕を断裂して苦悶する敵の身体が地に落ちぬうちに、モートルコマンダーがキキッとタイヤを軋ませて即座に反転し、先の獲物目掛けて一直線に突進する。
象牙色の戦闘オートバイを操る少女の美貌に浮かぶのは、普段と変わらぬ屈託の無い笑顔であるだけに、ある意味では一層鬼気迫る物があった。
「続けて、弐ノ太刀!」
「グエエエエッ!」
フルスロットルで疾走するモートルコマンダーによって、普段以上の加速を得たレーザーブレードによる横薙ぎの一閃。
その真紅の旋風をまともに受けた獅子ドゥンは、腹の辺りで上下泣き別れに両断されてしまったんだ。
腸と思わしき臓物を触手みたいに断面から溢れさせた下半身は、ゴロゴロと猛スピードで転がって路面を血で汚し、そのまま錆びかけたガードレールに激突して挽き肉と化した。
そして残る上半身は、両腕を途中で断たれた満身創痍の状態で、天を目指して真っ直ぐ吹っ飛んでいる。
「おっ、おのれ…かくなる上は…!」
審判獣ったら、まだブツブツと呟いている。
四肢も飛び道具も全て失い、戦闘続行どころか自力での移動も覚束ないのに、恨み言だけは一人前。
この時の私は、浅はかにもそう結論付けていたの。