第19章 「ライオン狩りだよ、少佐殿!」
何度目かの轢き逃げアタックを終えた私は、地平嵐1型に騎乗したままの姿勢でチラリと視線を下に向けた。
私が跨った武装オートバイの前輪の下では、胸板と右腕を轢き潰されたライオン怪人がボロ雑巾みたいになって路上に見苦しく転がっていたんだ。
「グッ、ブフッ…」
半ば白眼を剥いた仰向けの姿勢で、時折咳き込む度に血塊を吹き出しているよ。
さっきのあれは、やっぱり肋骨が砕け散る音だったんだね。
「大丈夫、京花ちゃん!?」
そうして京花ちゃんの傍らまで戦闘バイクを走らせた私は、敵と向かい合うように車体を急ハンドルで方向転換させ、マシンを停車させた後にようやく戦友へ呼び掛けたんだ。
「信じてたよ、来てくれるって!貴官の援護に感謝します、吹田千里准佐!貴官こそ正に、防人乙女の誉れです!」
「はっ!御褒めに与り恐悦至極であります、枚方京花少佐!」
京花ちゃんが戦闘シューズの踵を鳴らして美しく決める敬礼に、私も人類防衛機構式の答礼でビシッと応じさせて頂いたんだ。
何しろ私達は、誉れも高き「防人の乙女」。
凛々しくも美しく整った敬礼は、私達みんなの誇りであり自慢なんだよ。
そんな京花ちゃんも、どうやら一陣の風となって一暴れしたいみたいだね。
「ところでさ、千里ちゃん…随分と便利な物があるじゃないの。ここは友達の誼で、少しばかり貸しちゃくれないかな。」
だって京花ちゃんったら、私が跨がっている地平嵐1型を物欲しそうに指さしてくるんだもの。
「持って行きなよ、京花ちゃん。援護射撃は私に任せて、京花ちゃんは一走りしてきなよ。」
タンクを軽く叩いて戦闘バイクを降りた私は、すぐさま背中からレーザーライフルを取り寄せ、テキパキと射撃体勢を整えたの。
どうせ多分、すぐに使う事になるだろうからね。
「ほ~らねっ!表で御獅子が待っています。お眠のうちに駆けつけてあげないと、寝起きと待ちぼうけで御機嫌斜めだからね。」
そうして振り向き様に顎をしゃくり、我が目線の先へと京花ちゃんの注意を促すのだった。
モートルコマンダー極東支部仕様「地平嵐1型」と共に、私が進んだ軌跡。
それは、黒々としたタイヤ痕としてアスファルトの路面に刻まれていた。
戦闘中とはいえ、随分と無茶な運転をやっちゃったかな。
何せタイヤ痕を辿った先には、至る所を轢き潰されたライオン型審判獣が、ヒクヒクと痙攣しながら横たわっているんだから。
全身色んな所の皮膚が破れ、筋肉が断裂し、折れた骨が突き出しちゃって。
特にさっき轢き潰したばかりの右腕なんか、掌はスルメみたいにペッタンコだし、肘関節の骨が完全に断裂して、皮1枚で何とか繋がっている状態だもん。
まるで、小動物に突っつかれた産卵後の鮭みたい。
北海道だと、そういう鮭は「ホッチャレ」と呼ばれるらしいけど。
「助かるよ、千里ちゃん!それじゃ私、眠り姫を起こしに行ってくるね!」
極東支部仕様にカスタムされたモートルコマンダーへヒラリと跨がるや、スロットルに手をかけて微笑を閃かせる京花ちゃん。
満身創痍な審判獣のグロテスクな有り様を見た後だと、心が洗われるような思いがするよ。
君こそ正しく、溌剌と清々しい青春の権化だね。
「行ってきなよ、京花ちゃん。それじゃ私は新しいレジャーとして、ライオン狩りのアクティビティと洒落込みますか!」
そして私はレーザーライフルを構えて、倒れているライオン怪人にピッタリと照準合わせ。
正直言えばライオン狩りなんて、お父さんが子供時代に読んでいた漫画雑誌の特集記事でしか知らないんだけどね。
物置に積まれていた「月刊コミックエリート」や「少年冒険者」を引っ張り出して読んでいた、小学校3年生の頃を思い出すよ。
「おっ!それ良いね、千里ちゃん!私も混ぜて貰っちゃおうかな?」
そう京花ちゃんが言うが早いか、モートルコマンダーは一気に加速し、審判獣目掛けて一直線に突っ込んでいったんだ。
「おっ、おのれ…よくも我々アポカリプスを、ここまでコケに…」
覗き込んだ照準器の向こうでは、タイヤ痕だらけの獅子ドゥンが、漸く息を吹き返そうとしていた所だったの。
「おっ、お前達だけは…ウガアッ…!」
手を付いて起き上がろうとした獅子ドゥンだったけど、電気ショックを受けたみたいにビクビクッと身体を震わせ、そして濁った悲鳴をあげて倒れ伏してしまったんだ。
それも無理もないか。
皮1枚で辛うじて繋がっていた右手で起き上がろうとして、全体重をかけちゃったんだもの。
そりゃ千切れちゃうよ。
「ブボッ…ゴボッ!」
そうして倒れた時に、折れた肋骨が肺にでも刺さったのだろう。
ゴボゴボッと咳き込む度に血塊を吐き出し、アスファルトの路面を赤黒く汚しているね。