プロローグ第2章 「誇るべき時は誇れ!」
私と上牧みなせ曹長の会話に楔を打ち込んだ物。
それは、ローファー型戦闘シューズの靴音と共に地下駐車場に反響する、凛々しくも美しいソプラノアルトの声だったの。
「そんなに謙遜するなよ、ちさ。」
戦闘シューズの足音が止んだ時、先の声の主である所の人影は、私と同様に白い遊撃服を纏った少女に転じていた。
「あっ…、マリナちゃん!」
「爆弾を爆発させず、起爆システムだけをピンポイントに破壊したのは、ちさのレーザーライフルに間違いはないんだからさ。」
切れ長の赤い瞳の右側を隠す長い前髪に、右側頭部で結い上げられたサイドテール。
こうして改めて観察すると、右半身に特徴の偏ったヘアスタイルだね。
この子は和歌浦マリナちゃん。
私と同じ県立御子柴高校の1年生で、堺県第2支局配属の特命遊撃士でもあるんだ。
もっとも、同学年でもクラスは別だし、こっちは准佐で向こうは少佐な訳だから、全く同じという訳ではないんだけど。
「誉められているんだから、素直に胸を張れ。その方が上牧みなせ曹長だって張り合いもあるはずだ。」
レーザーライフルを収納したガンケースを肩掛けしている私と対照的に、右目を隠した少女軍人は至って気軽な手ぶらスタイルだ。
それと言うのも、マリナちゃんの個人兵装は、遊撃服の内側に吊るしたショルダーホルスターに納まる大型拳銃だからね。
でなきゃ、駐車場の柱に寄っ掛かって腕組みなんか出来ないよ。
「そうそう!せっかく誉められているんだから。素直に誇った方が良いと思うよ、千里ちゃん!」
屈託のない明るい声が、マリナちゃんに同調する。
「ホラ!お京のヤツも、こう言ってる訳だし。」
拳銃使いの少女が、小粋に親指を立てて示す先。
そこでは、美しい青の長髪を左側頭部でサイドテールに結い上げた遊撃服姿の少女が、右手を突いて柱に寄っ掛かっていたの。
本人としては、これでもクールでニヒルに決めたつもりなんだろうな。
しかしながら、そういう気取った立ち姿をするには、その屈託のない童顔に浮かんだ微笑は、少しばかり明朗快活過ぎると思うんだよね。
この新撰組の隊士を彷彿とさせる長いサイドテールが印象的な子は、枚方京花ちゃんって友達なの。
マリナちゃんと同じ御子柴高校1年B組の生徒で、やっぱり少佐階級の特命遊撃士。
個人兵装であるレーザーブレードは、刀身を展開させなければポケットに入る程にコンパクトだから、マリナちゃんと同じく身軽なんだ。
明朗快活な童顔に違わず、屈託のない主人公気質な子だよ。
とはいえ面と向かって褒められるのには、どうも私としては慣れてないんだよね。
何となく、むずがゆくなっちゃうんだ。
「う~ん…そんな物なのかな、京花ちゃん?」
軽く小首を傾げた私の問いかけに、京花ちゃんは青いサイドテールをダイナミックに揺らしながら、大袈裟に何度も頷いたんだ。
「そりゃそうだって、千里ちゃん!だってさ…今回を逃したら、何時また今日みたいな大活躍出来るか分からないじゃないの?」
「え~っ?ソイツはちょっと酷くないかな、京花ちゃ~ん?」
言うに事欠いて京花ちゃんったら、こういう意地悪な事を私への返事に選ぶんだから、本当に困っちゃうよね。
まあ、それだけ京花ちゃんが私の事を親しく思ってくれているって証なんだろうけど…
「あっ、あの…それは流石に言い過ぎでは御座いませんか、京花さん…?」
おずおずと発せられた、控え目で上品な声。
「それ見ろ、お京!英里のヤツが御立腹だぞ。」
「んっ…?おっ、英里奈ちゃん!」
B組のサイドテールコンビのやり取りに促されるようにして視線を動かしてみると、私を弁護してくれたソプラノボイスの主が、こちらに静々と歩み寄ってくる真っ最中だったの。
日々の丹念なケアの成果なのか、腰まで伸ばされた茶髪のストレートヘアーは、癖もなく健康的な光沢を帯びている。
エメラルドグリーンの円らな瞳が自己主張をしている幼い美貌には、家柄と育ちの良さに起因する気品と風格が備わっていた。
階級章を確認しなくても、華奢な肢体を覆う遊撃服の右肩で揺れる金色の飾緒に目をやれば、この少女が佐官階級の特命遊撃士である事は一目瞭然だね。
この子は生駒英里奈ちゃん。
京花ちゃんやマリナちゃんと同じく人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局に所属する少佐階級の特命遊撃士で、個人兵装はレーザーランス。
御子柴高校では1年A組に在籍しているから、私にとっては上官兼クラスメイトって事になるね。
そして何より、まだ特命遊撃士養成コースの訓練生だった小6の頃からの、私の親友なんだ。
「ああ…ゴメン、千里ちゃん!つい口が滑って余計な事言っちゃって…決して悪気があった訳じゃないんだよ…」
自分の言動に問題があると理解したら直ちに非を認める素直さは、京花ちゃんの良い所だよね。
私も大好きだよ。
京花ちゃんのそういう、竹を割ったみたいに爽やかな主人公気質は。
「ううん…気にしないでよ、京花ちゃん。実際問題、あの射撃が上手くいったのは私だけの手柄じゃないからね。」
だからこそ、いつまでも京花ちゃんに恐縮させ続ける訳にはいかないんだ。
やっぱり京花ちゃんには、屈託のない明朗快活な笑顔が一番だよ。
「あの作戦に参加した防人乙女全員の頑張りがあってこそ、初めて成し遂げられた。私には、そう思えるんだ。」
ここで言葉を切ったのは、少し思う所があったからなんだよ。
そうして私は改めて、戦友4人の顔を眺めるのだった。
マリナちゃん。
京花ちゃん。
英里奈ちゃん。
そして上牧みなせ曹長。
未だに余韻が残る先の作戦では、それぞれ己が成すべき事に全力で取り組んでいた。
だからこそ、あの作戦は無事に成功した。
敵対勢力以外に一切犠牲を出さない、完璧な形で。
そう自信を持って断言出来るのは、私自身も己が務めを果たすべく、全精力を注いだという自負があるからなんだ。