第14章 「燃える猿人」
そんな私達の思惑を他所に、無支奇イエティは特命機動隊の下士官達を相手に勝ち誇っていたんだ。
「ハッハハハ!貴様らの弾丸の用意はどれ程だ?この毛皮がある限り、ワシは何匹でも子猿達を産み出せるぞ!」
既に勝利を確信したのか、猿人型審判獣は有頂天になって笑っている。
全く、憎々しいったらないよ。
「随分と景気が良さそうだね、猿山の大将…!私からも御祝儀を送らせてはくれないか?!」
「ムムッ、誰だ!この無支奇イエティ様を愚弄する奴は…グッ、ギャアアアアッ!」
氷のカミソリみたいにクールで鋭いアルトソプラノの声と共に、十二十二発の銃声が戦場に轟いた。
「むっ…」
弾倉一ケース分をマトモに浴びて悶絶する白い猿人を尻目に、大型拳銃の主は音もなく着地する。
そうして八人の曹士達を庇うようにして、スックと立ち上がったんだ。
大型拳銃に新たな弾丸を装填した人影は、友軍達をチラリと一瞥する。
その仕草には、一分の隙もない。
「エテ公百匹の皆殺しに手間取ってしまいましたが…御健在で何よりです、江坂分隊の皆様。」
「オオッ!貴官は和歌浦マリナ少佐!」
「和歌浦少佐、御無事でありましたか!」
青い戦闘服と黒いアーマーで武装した機動隊曹士の群れの各所から、次々と黄色い歓声が聞こえてくる。
高一の割にはスタイルの整った優美な肢体を包む、金色の飾緒が付けられた少佐仕様の遊撃服。
右側頭部でサイドテールに結い上げられた艶やかな黒髪に、赤い切れ長の瞳が自己主張しているクールな美貌の右半分を隠した長い前髪。
そして何より、個人兵装として右手に携えられた、重厚な黒い光沢も頼もしい大型拳銃。
彼女こそ御子柴高校一年B組が誇る大型拳銃使い、和歌浦マリナ少佐だよ。
どうやらマリナちゃんったら、クローンの猿怪人百匹を相手にした大立ち回りの後みたいだね。
それにも関わらず息一つ乱していないんだから、全く大したものだよ。
とはいえ、ある意味じゃこの無支奇イエティも大したものだよね。
「ふん…小娘一人が今更増えた所で、一体何が出来るというのだ?こんなチャチな弾丸で、ワシを殺せると思うてか?」
何せ十二発も銃弾を浴びせられたにも関わらず、ふてぶてしくも余裕を見せているんだからさ。
「大体ワシには無限に子猿達を産み出せる力が…グオッ!?」
自信満々な猿怪人の講釈は、彼自身の苦悶の絶叫で掻き消されてしまった。
穿たれた十二発の銃創からメラメラと紅蓮の炎が上がり、それが瞬く間に全身へ燃え移ったんだから。
「グワアアアッ!熱い、ワシの身体が燃える!?」
全身を紅蓮の炎に包まれた無支奇イエティが、ビクビクッと苦し気に痙攣して路上に倒れ伏した。
何とかして火を消そうとして転がるものの、銃創から燃え上がる炎は勢いを増すばかりだ。
「私が御贈りした焼夷弾の御祝儀、お気に召してくれたかな?」
赤々と燃え上がる炎に照らされながら弾倉を取り換えるマリナちゃんの横顔は、鬼気迫る程に恐ろしく、また妖しい美しさに満ちていたんだ。
どうやらマリナちゃんが先程ぶっ放したのは、人類防衛機構謹製の拳銃用焼夷弾だったみたい。
マリナちゃんの大型拳銃は、弾倉を変えれば様々な特殊銃弾を発射出来る優れ物なんだ。
未だ銃口から白煙が上がっている個人兵装を構えた少女の口元には、微笑のような物が浮かんでいたの。
「そうそう…お前達アポカリプスに泣かされた人達の分も、御祝儀を預かってきたんだ。」
クールな美貌に浮かんだ微笑と同様に、トーンを落としたアルトソプラノもまた、何とも酷薄そうな声色になっている。
そうして重厚な大型拳銃が狙う先は、身体に引火した焼夷弾の炎を消そうと躍起になっている猿人型審判獣だ。
生半可な攻撃じゃないって事だけは、確かなようだね。
「ほぉら…遠慮せずに、受け取りなよ!」
「ギャッ!アアッ!アアッ!」
大型拳銃の銃声が立て続けに轟き、火だるまと化した無支奇イエティが断末魔の絶叫を上げる。
更に勢いの増した炎を消そうとする猿人がアスファルトの路面をゴロゴロと転がる度に、燃え上がるその身体からボロボロと剥離していく物があった。
焼け焦げたボロ雑巾を思わせるそれは、下の皮膚ごと剥がれ落ちた猿人の毛皮だった。
「ウキィィ…ッ!ウキィィ…ッ!」
まだ燃え尽きていなかった毛皮から急速成長したのか、クローン猿の赤ん坊がアチコチで弱々しい産声をあげている。
もっとも、この赤子猿達の命も長くないだろうな。
何しろ材料が燃え残りの毛皮だったのが災いしたのか、手足の形成は不完全だし、目や鼻などの感覚器官も満足に機能していないんだもの。
「ウキィ…キィィ…」
案の定と言うべきなのか、そうした奇形の赤子猿達は満足に身体を形成する前に次から次へと炎に包まれて燃え尽きていったんだ。
敵とはいえ、何とも儚い命だったね。