第13章 「悪魔の増殖、無支奇イエティ」
カルト宗教団体「黙示協議会アポカリプス」の残党集団の幹部クラスだった、審判獣の巴蛇ヒュドラ。
プラズマ光弾や火炎放射といった飛び道具を多用する、なかなか厄介な敵だったね。
だけど今となっては、もう見る影もないよ。
プレートアーマーを思わせるメタルブラックの装甲で覆われた身体は、レーザーライフルとレーザーランスの高出力攻撃をマトモに食らった事で、ついに限界を迎えたんだ。
今までの戦闘で出来た無数の裂傷や傷口から、火花や黒煙が盛大に上がっている。
そして間髪を入れずに、空中で大爆発を起こして砕け散ってしまったんだ。
やがてバラバラに破壊された残骸の雨となって、戦場と化した泉南郡郊外の路面に降り注ぐのだった。
「よし、残るは二匹!京花ちゃんとマリナちゃんの援護に行かなくちゃ!」
「心得ました、千里さん!」
こうして私と英里奈ちゃんはサッと踵を返すと、次なる敵を求めて戦場を駆けるのだった。
そんな私達二人が次に目撃したのは、江坂芳乃准尉が率いる特命機動隊の小隊と猿怪人の群れとの集団戦だったの。
ザっと見ただけでも、猿軍団の頭数は二ダース近かったね。
だけど数ばかり揃えた所で、実力が伴わなければ何にもならないよ。
そして分隊長を務める江坂芳乃准尉も、私と同じ考えだったみたい。
「いくら審判獣のクローンとはいえ、所詮は頭数だけの烏合の衆…我々江坂分隊の力をもってすれば、こんな奴等になど!総員、撃ち方始め!」
「はっ!承知しました、江坂芳乃准尉!撃ち方、始め!」
分隊長の号令一発、八丁のアサルトライフルが一斉に火を吹き、大量の猿怪人を蜂の巣に変えていく。
「ヴギイイッ!ギイイイィッ!」
猿怪人共ったらギィギィと耳障りな断末魔をあげちゃって、まるで猿山の民族浄化って感じだね。
「ふんっ…貴様らに何匹殺されたとしても、ワシの子猿達には幾らでも代わりがおるわい!」
と思ったら、仲間の猿達を盾にして生き残っていた白い大猿が、死体の山で威張り腐っているよ。
頭や腕に生えている白い体毛を引き千切ったかと思えば、今度は分厚い胸板を拳骨でボコボコとドラミングして、まるで動物園のゴリラみたい。
ゴリラみたいな体格の良さに、人間由来のズル賢そうな憎々しい表情。
どうやらコイツが、塾長か副塾長の変身した審判獣の片割れみたいだね。
多分、無支奇イエティって名乗った方かな。
「産まれるがよいぞ…我が子達よ!」
今度は何を思ったのか、猿顔の審判獣ったら千切った体毛に息を吹き掛け、そこら一面にパラパラとぶちまけたんだ。
-えっ…!
声もなく息を飲んだのは、今度は私になっちゃったね。
だって、引き千切られた体毛がムクムクと急成長を始めたかと思うと、あっという間に猿怪人の群れが一ダースも追加されちゃったんだもの。
あの審判獣、どうやらクローン技術を応用した人造兵士を作り出せるみたいだね。
「ウキーッ!ウキキキキッ!」
もっとも、あの騒々しい鳴き声から察するに、頭の中身は本物の猿同然みたいだけど。
「見たか、ワシのイエティ毛髪分身を!貴様らの気力と弾薬は、あとどれだけ持ちこたえられるかな?」
「ウッキーッ!ウキキーッ!」
子猿というべき量産型審判獣に囲まれて、無支奇イエティったらすっかり勝ち誇っちゃって。
まあ、たとえ頭が猿並みだとしても、無尽蔵に兵士を生産出来るってのは厄介だよね。
「おのれ…またしても性懲りもなく!」
「これではキリがありません、天王寺ハルカ上級曹長!」
副長である天王寺ハルカ上級曹長も、御子柴高における私と英里奈ちゃんのクラスメイトでもある北加賀屋住江一曹も、焦りを隠せない様子だね。
幾らナノマシンによる生体強化改造手術を受けているとは言っても、無尽蔵に投入される兵士が相手だと、ウンザリするだろうな。
気力や体力、何より武器弾薬は無限じゃないんだからさ。
「大変!加勢に行かないと!」
「ああっ…御待ち下さいませ、千里さん!」
慌てて走ろうとした私の右肩をガシッと掴んで制する、白魚みたいに華奢な細指の持ち主。
それは我が上官にして無二の親友である所の、生駒英里奈少佐だったんだ。
「何で止めるの、英里奈ちゃん…?マズイよ、あのままじゃ…」
「マリナさんの晴れ舞台、水を差しては不粋で御座いますよ。」
私の抗議など何処吹く風。
英里奈ちゃんは幼いながらも上品に整った美貌に小さく微笑を浮かべ、軽く頭を振っていたんだ。
マリナちゃんの、晴れ舞台?
何が何だか私にはよく分からないけど、ここは英里奈ちゃんの言う通りにした方が良さそうだね。