第10章 「モルトウイスキーは百薬の長」
背中の攻撃端末の大半ばかりか、首から先まで消失した審判獣。
だけど、コイツらみたいなサイボーグ怪人には常識外れの生命力があるからね。
どんなふざけた奴であっても、油断大敵なんだよ。
その証拠に頭が吹き飛ばされてゴロゴロと路面を転がっても、最終的には何とか立ち上がってきたじゃない。
もっともさっきの銃撃で脳味噌が消し飛んでしまったせいか、本能か脊髄反射だけで立ち上がっているって感じだけどね。
足取りもフラフラの千鳥足で覚束ないし。
「クソッ…コイツ、しぶといなぁ…!」
歩くのも覚束ない審判獣とは対照的に、私は音もなく路面に着地した。
この辺りになると、首元の痛みなんて全く気にならなくなっていたよ。
「今度こそ引導を渡してあげるよ!」
そうして直ちに、愛用のレーザーライフルを構えるのだった。
「もう一太刀行くよ…!レーザーライフル・銃剣モード!」
再び銃口から真紅の刀身を煌めかせ、私は気合いと共に刃を一閃する。
「どうだっ!アポカリプスの審判獣!」
既に流れ尽きてしまったのか、袈裟懸けにザックリと斬られた蛇型怪人の身体からは、血飛沫の一滴さえ吹き出なかったよ。
「よ、よし…!次は!」
「次は体勢を立て直して下さい、千里さん!」
二太刀目を浴びせようとした私の動きを止めたのは、審判獣の脇腹に突き立ったレーザーランスと、血風と死臭が立ち込める凄惨な戦場にあっても高貴な気品を失わないソプラノボイスだった。
「うっ…?あっ…英里奈ちゃん!」
頭を失った巴蛇ヒュドラに、レーザーランスを携えた遊撃服姿の少女が立ち向かっている。
鮮やかな槍捌きに合わせてダイナミックに揺れ動くライトブラウンのロングヘアーに、幼いながらも上品に整った細面の美貌。
彼女こそ、堺県立御子柴高校1年A組、生駒英里奈少佐だ。
「この審判獣は私が引き受けます!千里さんは傷が癒え次第、私の援護をお願いします!」
そう言えば私って、首筋に殺人光線を受けていたんだね。
こうして英里奈ちゃんに指摘されるまで、きれいさっぱり忘れていたけど。
「ああ、そう言えば…うっ!?」
何の気なしに首筋へ手を当ててみると、驚いたよ。
「えっ…?うわぁ~!ひどいなあ、これは…」
軽く傷口に触ってみると、予想以上の深手だった事に驚かされたんだ。
既に血は止まっていたものの、結構深くザックリと抉れているね。
もしも薬物やナノマシン等による生体改造措置を受けていなかったら、今頃は頸動脈からの大量出血であの世行きだったろうな…
クワバラ、クワバラ…
敵対勢力との戦闘の末に手傷を負うのは戦場の常。
いちいち騒いでいては、軍人なんてやってられないね。
後漢初期に武将として活躍した馬援の「馬革に屍を包む」という言葉にもあるように、大義の為に辺境の戦場で命を散らすのは戦士として名誉な事なんだよ。
余談だけど、そんな馬援の子孫である馬超は病死という形で「三国志演義」のストーリーから退場するんだから、世の中というのは上手くいかない物だよね。
蜀では五虎大将軍の一角に任じられる程に武勇に優れ、オマケに劉備から「錦馬超」と呼ばれる程に堂々としてカッコいいのに、ヒッソリとフェードアウトしていくのは不本意だったろうな。
いずれにせよ、戦闘時に負った怪我を軽視するのは言語道断だね。
後で取り返しのつかない事になったなら洒落にならないし、本調子じゃないのに継戦したら自軍の足を引っ張る事になり兼ねないもん。
この後の戦闘でキチンと活躍する事が出来るように、ここは素直に上官兼戦友の有難い申し出に従わせて頂くよ。
「ありがとう、英里奈ちゃん!すぐに加勢するから頑張ってね!」
こうして周囲の安全を確認した私は、遊撃服の内ポケットに手をやり、目当ての品を取り出したんだ。
アルコール度数40%の国産モルトウィスキーを満たしたポケット瓶は、かつては国鉄の夜行列車で貧乏旅行を楽しむ男子大学生に親しまれ、今は若き防人乙女の戦時特効薬として携行が推奨されている品だ。
「ホントはカルーアミルクやグラスホッパーが良いんだけど、贅沢は言えないよね…」
誰に聞かせるでもない愚痴をこぼしながら、私は景気づけにポケット瓶の蓋を勢いよくねじ切ってやったの。
「頂きます!」
そして瓶を満たしていたモルトウィスキーを一気に飲み干したんだ。
口腔に含んだ琥珀色の原液が、食道を経由して胃袋に流れ込む。
私の五体を構成している全ての細胞に、滋養と生命力が一気に注入されていくみたいだよ。
「うっ…むっ!」
そうして身体の芯がカッと熱くなったのも束の間、身体と精神に蓄積されていた疲労が瞬時に消滅し、全身に活力がみなぎってくる。
「よし…効いてきた!」
試しに首筋へ触れてみると、先程までの抉れた傷口は何処へやら。
他の部分と変わらない滑らかな皮膚が、早くも再生されていたんだ。
これでまだまだ戦えるよ!