第9章 「窮鼠は猫を嚙み、手負いの審判獣は少女士官に抗う」
さっきはあんな言い回しをしちゃったけど、あれだとまるで私が捨て石になったように誤解されちゃうかも知れないなぁ。
そんなの、たとえ冗談であっても御断りだよ!
私はキチンとした勝算あっての上で、バスから審判獣の身体ごと飛び降りたんだからね。
「よし…!ソイツは頼んだぞ、ちさ!」
「千里ちゃんの勇気が開いた今のチャンス、無駄にはしないからね!」
ほらね…
B組のサイドテールコンビだって、別に私の事なんか心配していないでしょ?
それは、私が無事に勝利をおさめて帰還出来ると確信しているからなんだ。
私だって、こんなイカれたカルト教団の三下風情と心中するだなんて真っ平ゴメンだよ。
そもそも心中ってのは、美しくてロマンがないといけないよね。
小学生の頃の芸術鑑賞会で見た、文楽の「曾根崎心中」みたいにさ!
こんな具合に私が審判獣とやり合っている間にも、対テロ作戦は滞りなく進捗していたんだ。
銃剣が展開されたレーザーライフルを構えているので両手が塞がっちゃっている私だけど、耳の穴に捻じ込んだワイヤレスイヤホンは事態をバッチリ伝えてくれたよ。
『準備は出来ているな、お京!』
『任せて!突入開始だよ、マリナちゃん!』
ハンズフリーにしたスマホのイヤホンから聞こえてくる声を聞く限り、どうやらサイドテールコンビもドローンからバスに上手く飛び移り、無事に突入出来たみたいだね。
どうやら私も、そろそろケリをつけないといけない頃合いかな。
巴蛇ヒュドラとかいう、いけ好かない蛇怪人とね!
「おのれ、まだだ…ヒュドラ蛇眼光線!」
「むっ!」
悪あがきと言うべきか、執念と言うべきか。
イカレたカルト教団員の転じた蛇型審判獣は、最後の死力を振り絞るようにして、黄色く明滅する両目から殺人光線を発射してきたんだ。
スクールバスから吹き飛ばされている無茶な体勢で、オマケに喉笛を銃剣で串刺しにされている状態なのにだよ。
カルト宗教って連中は、本当に怖いよね。
古人曰く、「窮鼠猫を嚙む」。
追い詰められた相手ってのは、時として思わぬ反撃を食らわしてくる物なんだね。
「くっ…!」
どうやら殺人光線は私の首筋を掠めたらしく、ジュッと焼けつくような熱い痛みが、顎の下辺りで弾けたんだ。
何とか寸での所で避けたつもりだったんだけど、そうは問屋が卸さなかったよ。
「痛っ…痛いなぁっ!貴様よくも、この私に傷を!」
審判獣の蛇面に赤い水玉模様がパラパラッと飛んだ所を見ると、頸動脈までやられちゃったみたい。
この程度の殺人光線、普段だったら当たっても傷すらつかないのに。
やっぱりメガパワーでナノマシンを特定の筋肉に集中させた分だけ、皮膚の防御力がおろそかになっちゃうんだなあ。
だけど切迫した今の状況では、弱音や泣き言なんか吐いてはいられないよ。
「うぬっ…!まだだ…まだだよ、この位…!」
傷口の痛みと再生の遅さとに半ば苛立ちながらも、私はレーザーライフルを操作してモードチェンジを適切に執り行ったんだ。
この程度の痛みで大騒ぎしていたら、養成コースに通っている小学生の子達に示しがつかないもん。
そもそも3年前の掃討作戦で負った重傷に比べたら、こんなのは掠り傷にもならないよ。
あの重傷が原因で中学時代の大半を昏睡状態で過ごした事を思えば、頸動脈へのダメージなんてどうって事はないね。
今は負わされた手傷に拘るのではなくて、手傷を負わせてきた敵への闘志を燃やすのが先決だよ。
「イカれた狂信者め…もう絶対に許さないからねっ!」
悪態をつきながらも、私は喉笛に突き刺したままな銃口の角度を少し上向きにずらしたの。
そうしてレーザーライフルの引き金へ掛けた人差し指に、そっと力を加えるのだった。
頸動脈に裂傷を受けようが、そこから鮮血を噴き出そうが。
照準を定める両目も愛銃を握る両手も、普段通りの反応を示してくれる。
臨済宗妙心寺派の快川紹喜の辞世の句として後世に伝わる「心頭滅却すれば火もまた涼し」という言葉の通り、心を強く持っていれば多少の手傷や苦痛なんてどうって事はないんだよ。
正義と友情を尊ぶ崇高な志と、破邪顕正の使命に裏付けられた闘争心。
その二つを信じる事が出来るからこそ、私はこうして戦えるんだ!
「こいつでくたばれ!レーザーライフル・高出力モード!」
裂帛の叫びと共に銃口から放たれた、高出力のレーザー光線。
その真紅に輝く光芒は、ポイントしていた怪人の喉笛から頭頂部までを真っ直ぐに貫いたの。
小気味の良い「ジュッ!」という音と、タンパク質の炭化する香ばしい匂いを残してね。
そうして蛇そっくりなグロテスク極まりない頭部を、あたかも波に洗われた砂上の楼閣よろしく瞬時に消滅させたんだ。