表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
独裁者の姫 (一章完結!「表紙有り」)  作者: ジョンセンフン
一章 影の病

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

98/135

第九十八幕

「お父様! 見てください! ミーシャ、また褒められたんです! 他の同世代の方達と比べても非常に優れていると教育係の方が……」


「だから何なんだ…………」


 男が冷たくあしらった。私は、幾つもの教材を手に、扉の前にただ立ち尽くすだけだった。目も合わせずに、ただ机に向かう、お父様の背中を前に。


「お仕事中でしたか…………」


「それ以外、何に見えるんだ……」


 私は、言葉を詰まらせた。いつも、そうだった、お父様はいつも、同じ事ばかり口にしていた。どこか遠くを見ている様だった。


「あの………… ミーシャに、何か手伝える事はありますか……」


「なあ…… ミーシャ…… 頼むから早く消えてくれ。邪魔だ」


「ごめんなさい……」


 私には、お父様の顔すら見せてもらえなかった。

 静かに扉が閉まる。


「ミーシャ? こんな所で何をしているのですか?」

「お母様……」


 振り返ると、そこには僅かに痩せ細った一人の女性の姿が。私のお母様だ。


「お母様! 見てください! 私……」


「なんで、お父さんの部屋にいたの? ねぇ…… 約束したわよね。邪魔をしないでって私、言ったわよね……」


「でも、ミーシャ頑張りました……」

 


「"知らないわよ!"」

 


 耳鳴りがした。凄くうるさかった、痛かった、痛かった……


「貴方が、頑張ったから何になるのよ…… ミーシャ…… お願いだから…… 邪魔しないで…… 部屋から出てこないでよ……」


「ごめんなさい……」


 私は、ただ謝るだけだった。


「……ねぇ、兄のグリアは見なかった? ずっと探してるのにどこにも……」


「ごめんなさい…… 分かりません……」


「もー………… 何で分からないの! 兄妹なんだから、そのぐらい知ってなさいよ。本当…… 何にも出来ないじゃない…… なんで…… こんな……」


 お母様は、どこか焦った様な表情を浮かべていた。


「ごめんなさい……」


「ねぇ…… どこにいるのよ…… ……グリアッ! グリアッ! グリアッ!」

 


「"うるさいぞっ!"」

 


 扉の向こうから怒鳴る様な怒号が響いた。


「あ、貴方が呼べって言ったんでしょっ! 何よ! こんなに必死に探してあげてるのに怒鳴らないでッ!」


「仕事中だっ!」


「な、何が仕事よ! 一日中そうやって机に向かってボーっとしてるだけでしょ!」


 その瞬間、勢いよく扉が開いた。


「おい…… 今、何て言った……」


 始まった。これが、ミーシャの日課だった。お母様は、僅かに顔を引きつると、自然とこちらに視線を向けた。


「貴方が…… 早く見つけてこないから………… なんで…… いっつも…… 私ばかり…………」


「ごめんなさい…… ごめんなさい……」


 私は、ただ謝ってさえいれば良い。この宮殿には悪人が必要だった。家族は助け合わないといけない。脚を引っ張る人間は、この宮殿にはいらない。そう教えられたから…… 兄と違って、家の後取りになれないミーシャに出来る事なんて、これしかないんだから……


「ミーシャ…… もう時期、皇帝陛下がお越しになる…… 分かるか……」


「はい! 部屋にいれば良いんですね!」


「違う…… この宮殿内から出ていけ。庭で適当に時間でも潰していろ……」


「分かりました! お父様! お母様!」


 私は、いつも笑っていた。嬉しいわけじゃない。楽しいわけでもない。でも、何故だかいつも笑みが溢れた。それが、私の役目だから…… 私の居場所だから……


 私は、言われるがままに庭に向かった。ひっそりと置かれた木製の机と椅子に腰掛け持っていた教材を広げる。そして、晴れ晴れとした笑顔と共に空の下で今日も、一日を終える……

 


「"空の下で勉強か…… 良い心がけだ"」

 


 空が、青く着飾った。いつもは、薄く見えた空が今だけは鮮やかに映った。背後から聞こえてくる声に私は聞き覚えがあった。


「こ、皇帝陛下…………」


 皇帝は、一人、護衛もつけずに、ゆっくりと私の側に詰め寄った。


「お、おはようございます! 皇帝陛下!」


 私は、思わず席を立った。


「良い挨拶だ。……おはよう、ミーシャ」


「ど、どうして…… こんな所におられるのですか……」


「なに…… 会談の時間まで、まだ少しあるようだったからな。軽く散歩でもと」


 皇帝は、そう言うと持っていた懐中時計を懐にしまった。


「しかし…… 護衛も無しに……」


「君も同じだろ。ミーシャ……」


 皇帝は、覗くように私の乱雑に置かれた教材を目にした。


「何を学んでいたんだ」


「……天文学を少々」


 私は、思わず細々とした声で応えた。


「……天文学? 随分と難しい分野を学んでいるんだな。年齢的にもまだ………… いや、勉強が進んでいるんだな。立派だ」


「えっ…………」


「どうかしたか?」


「いえっ! なんでもありません……」


 あれ? 褒められた…… いや、褒められることなんて今まで何回だってあった。教育係や使用人達にだって、いつも褒められてるはずだから…… 何のに、何だろう…… この感覚……


「それにしても大した物だ。私の娘ときたら、もう時期15を迎えると言うのに、未だ文法学を終えていないと聞く。それに比べれば、よく出来ているなミーシャ。感心する……」


「…………ミーシャ」


 皇帝は、私の言葉に耳を澄ました。


「ミーシャ…… 凄いですか……」


「ああ。……この国の君主が、そう言っている」


「ミーシャが…………」


 突然、頬から何かが流れ落ちた。熱く肌に染み渡るそれは、頬を伝った、雫となり芝生を潤した。あれ…… なんで……


「……どうした?」


「ごめんなさい…… ごめんなさい……」


 思わず感情が昂った。言葉が乱れる。


「ごめんなさい…… ごめんなさい……」


「何故謝るんだ」


 皇帝の言葉に涙が止まった。


「お前は何も…… 間違っていないだろ」


 すると、皇帝は徐に、一枚のハンカチを取り出した。


「そう言えば、今日、誤って予備のハンカチまで持ってきてしまったみたいだ。荷物がかさばってしょうがない。すまないが、貰っていってくれないか。これは、私のミスだ……」


 皇帝は、僅かに笑みを浮かべると、視線を逸らしたまま、手を差し出した。私は、無意識にハンカチに手を伸ばした。


「……ところで、ミーシャ。本は好きか?」


「はい…………」


 すると、皇帝は、一冊の小さな書籍を取り出した。


「良かった…… 私が、良く愛読している本があるのだが、それをお前に貸そう」


 皇帝は、本を机に置いた。


「良いんですか…… でも……」


「今度会った時、感想を聞かせてくれ。楽しみにしている。時間だ……」


 皇帝は、そう言うと、何処かへと消えて行った。あの日から、私は毎度のように皇帝と本について語り合った。皇帝は、宮殿に来ると必ず私の元へと通ってくれた。一度も忘れる事なく、いつも楽しく話してくれた。誰よりも、私を見てくれていた。だから、私は皇帝陛下が……


「皇帝陛下!」


 その日、私は皇帝の宮殿での社交界で、皇帝を見つけた。そして、何食わぬ顔で、いつもの様に足を運んだ。


「こんばんは! 以前、貸していただいた本なのですが、凄く……」


「お父様?」


 突如と、皇帝の影から何かが出てきた。私は、手に持っていた本を握りしめる。


「お姉様…………」


 お姉様は、不思議そうにこちらを見つめると、そのまま皇帝へ視線を移した。


「あの…… 皇帝陛下……」


「すまないミーシャ。今は、リアナの相手で忙しい。また、今度にしてくれ」


 冷たい目だった。いつもの目じゃない。なんで……


「ごめんなさい…… ごめんなさい…… ごめんなさい……」


 私は、逃げるように会場を後にした。一人黄昏れるように夜空を見上げた。


「なんで…… なんで…… なんで…… なんで…… あんな目で私を見るの? なんで、謝るの…… なんで…… 私の方がお姉様より……」


 瞳が赤く腫れ上がる。しばらく、時間が漠然と過ぎていった。


「そっか…… 皇帝陛下は…… 間違えたんだ。ずっと…… 最初から…… 本当は、私が本当の娘だったんだ…… なのに、お姉様が勝手に一番になったら…… 可哀想…… 可哀想…… 私が、一番じゃなかったから…… 皇帝陛下は…… いや…… お父様は…… 私のせいで…… ごめんなさい…… ごめんなさい…… もう…… ミーシャは…… 間違えません……」


 貴方の一番になります。どんな手を使っても…… 悪人になったとしても……

 


 ——"トンッ トンッ"

 

 私は、その日。一つの扉を叩いた。


「お兄様? いらっしゃいますか?」


「ミーシャか? 何か用か?」


「疲れていると思ったので、紅茶を持って参りました」


「そうか。なら、もらうよ」


 私は、部屋の扉を開けると机に向かって何か作業をしている兄の机に、そっとカップを置いた。


「今日は、やけに気が利くな」


「実は、良いことがあったんです!」


 私が、そう言うと兄は手を止めた。


「良いこと?」


「はい! 実は、以前お姉様と話し合った時に、お姉様が継承権を破棄すると約束して下さったんです!」


 満面の笑みで応える私に対し、兄は首を傾げた。


「何、子供みたいなことを言っているんだ。そんなの、ただの口約束だろ。それに、相手も本気で言っているわけじゃない。その場のノリだよ。まさか、本気にしているのか?」


「お姉様は、嘘はつきません。つけません。そういう人です」


 兄は、ため息を吐くと、紅茶を一口、口にした。


「苦いな…… やはり、紅茶は使用人にまかせるよ……」


「……嬉しくないんですか?」


「だから…………」


「喜んで下さい。もっと、嬉しそうにして下さい……」


「なんだ………… これ…………」


 お兄様は、何故か身体を震わせていた。


「お姉様がいなくなれば、お兄様が一番になれるんですよ! そして……」

 


 "バリーーンッ"

 


 突如、カップの破片が床に散らばる。


「ミーシャ…………」


 お兄様は、最後に悲しげな表情を浮かべた。


「"お兄様が、いなくなれば…… ミーシャが一番になれます……"」

 本日は、度々更新が遅れた分、分量を増やしてお送りしました! もうすぐで100幕! このまま頑張っていきたいと思いますので良かったら応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ