第九十七幕
皆の視線が一点に集中する。
「ミーシャ……」
姫が呟いた。いつもの様に、姫から貰い受けた服を身にまとい、姫の様に髪を結ぶ、ご令嬢。その背後には、正装を纏った牧師の姿、そしてレナード中将。
「皇帝陛下、これは…………」
「ミーシャか。それに、アブロ牧師。本日は外出の予定は無いと聞いていたが……」
皇帝は、牧師に視線を向けた。
「これは失礼…… しかしながら、私はミーシャ様の付き添いとして同行しているだけですので、どうかお気になさらず……」
「そうか。それで……」
皇帝は、ご令嬢へ視線を変えた。ご令嬢は、俯いたまま、ゆっくりと、皇帝の下へ足を踏み出した。皇帝は、腕を組むと、じっとその様子を伺う。
牧師様が、そばにいる。つまり…… ミーシャ…… ここが、勝負よ……
「どうした? わざわざ、アブロ牧師を連れて、私に何か用か……」
「はい…………」
ご令嬢は、迷わず応えた。皇帝と対峙する様に、互いに、じっと見つめあう。思わず、固唾を飲むご令嬢。……そして、笑みを浮かべた。
「おはようございます。皇帝陛下! 朝のご挨拶が遅れました」
一瞬、静寂が流れた。皇帝は、僅かに眉を顰める。
「ああ。おはようミーシャ…… 他に何か用が……」
「"ありませんッ!"」
その声は、宮殿中に響き渡った。えっ…………
「何も……?」
「"ありませんッ!"」
ご令嬢は満面の笑みを見せた。思わず辺りの様子を伺う皇帝。僅かな静寂の中、皇帝は、こちらに背を向けた。
「そうか。それは、良かった。オルディボ、リアナを頼んだ。私は、これで……」
「"待って………… 下さい…………"」
姫の言葉に皇帝は足を止めた。
「ねぇ………… ミーシャ…………? お父様に、お伝えすることが……」
「"ありませんッ!" …………何も、ありませんよ」
思考が止まった。何が起きてるの? ミーシャが、自白するはずじゃ…… 私が間違えた? 今じゃなかった? 今日じゃなかった? 明日……? いや、もう時間なんて無いはずよ。今、やらなかったら、意味がない……
「ミーシャ…… 今しか無いのよ…… 私、明日には、ここを離れることに……」
「そうなんですかッ! 寂しくなります、お姉様!」
その笑みから、瞳が溢れるように姿を見せる。赤く照らされた月の様に、姫を冷たく照らした。姫は、固唾を飲んだ。
「ミーシャ…… ねぇ…… 約束…… 忘れたの……? 助けてくれるって…… 私の身代わりになるって…… だから、私…… この二日間…… 何も……」
「ねぇ、お姉様?」
ご令嬢は、大袈裟に首を傾げた。
「さっきから、何一人でブツブツ喋ってるんですか?」
「ハッ…………?」
姫は、思わず目を見開いた。
「何言ってるの貴方…… 分かってるの……? このままだと貴方も……」
姫の額に汗が溢れる。
「ミーシャ……」
「うーーん。何の事ですかッ……」
「"ミーシャッ!"」
「" リアナッ "」
背筋が凍った。背後から聞こえた声が脳に響く。姫は、ゆっくりと振り向いた。
「……私を呼び止めておいて、背を向けるか」
「す、すみません…… お父様ッ……」
「二分…… お前が、私から奪った時間だ…… リアナ…………」
皇帝は、眼を鋭くさせた。
「"今度は………… 私が、奪う番だ…………"」
姫は、思わず後退りをした。
「…………お邪魔みたいですね。ミーシャは、この辺で失礼します」
そう言うと、ご令嬢は背を向け、来た道を引き返すように歩みを始めた。その光景を前に、姫は、拳を握りしめる。おい…… ミーシャ……
小刻みに震える身体。荒れる呼吸。歯を食いしばる。既に、限界は、超えていた。
「ッ!?」
唖然とする、ご令嬢。その視線の先には、拳を握りめたまま勢いよく詰め寄る姫の姿が。
「"ミーシャッ!"」
絶対に…… 逃がさない!
姫が、ご令嬢の肩に腕を伸ばした。
「エッ…………!?」
姫の視界から、ご令嬢の姿が消えた。宙に浮く様な感覚。次の瞬間には、視界が一色に染まった。
「"ううぅっ…………"」
姫が、うめき声をあげる。全身を打ち付けられた感覚。痛い…… 苦しい…… 今まで味わった事の無い感覚…… 床…… ハ…… ハ…… 視界がボヤける。
気付けば姫は、床に倒れ込んでいた。
「失礼……」
男の声……
「レナード……?」
「第一皇女に対し敵意を向けた者は、即刻拘束すること。この国の法です」
中将は、姫の背中に脚を置くと、逃がすまいと強く押し付けた。
「多少粗くても構わない…… 皇帝陛下のご命令です。ご了承下さい」
「ハ………… ハ………… うっ…………」
何で私が………… 痛い………… 苦しい………… 誰か…… 助けてよ…… ねぇ………… オルディボッ…………!?
「お気を付け下さい、ミーシャ様……」
視界に映ったのは、悪夢だった。男の後ろに隠れる、ご令嬢…… じっと、こちらを見つめる男の姿…… そして、こちらを嘲笑うかの様に見下す、ご令嬢の姿……
「おい…………」
姫は、目一杯、声を張り上げた。腹の底から煮えたぎる様な、怒りが……
「"オルディボぉォオ……"」
守る相手が………… 違うだろ………… オルディボッ!
—— 一章 影の病『ドッペルゲンガー』 ——
いよいよ一章も、終盤に迫ってきましたね。ちなみに、タイトルの影の病をドイツ語表記するとドッペルゲンガーなんですよね。どの位の人が気づいてくれたのでしょうか〜
今までのストーリーを見返すとミーシャの伏線が幾つがありましたので、良かったら見返してみて下さいね! では、また次回。遅れない様に頑張ります…




