第九十二幕
「私に、何もするなって言いたいの……?」
「そうです! 何もしないで下さい!」
姫は、扉に背をつけると、崩れる様に尻をついた。
「良いですか、お姉様はミーシャにまんまとはめられた。そして、ミーシャに口封じをされている。だから何も話せない…… 私は、これから牧師様のところに行って話を合わせてもらえるか試してみます。私が、自首した時、初めて口を開いて下さい。皇帝陛下の前で私を晒し上げるのです。そして皇帝陛下と共にミーシャと対立して下さい。共通の敵が出来れば自然と協力関係になります。そうなれば、生き延びれるかもしれません。それまで沈黙の罪人を演じて下さい」
その声は、驚くほどに落ち着いていた。幼さの残る声色からは、想像も出来ないほどに、過激な考え。
「本気で言ってるのよね。貴方は、それで良いの? お父様と対立するなんて、ただじゃ済まない。そうなったら私は助けられないわよ」
「上手くやります。他に方法も無いんですよ。どうせ死ぬのなら、最後に抗ってみても良いではありませんか。それに、駄目でも、お姉様には何の問題もありません。だから…… ミーシャを信じて下さい……」
姫は、視線を下ろした。じっと、手の平を見つめる。
「…………乗るわ。でも、貴方のことも諦めないから。約束よ。二人で生き延びる」
「…………」
ご令嬢は、何も応えず、ただ微笑んだ。
「そろそろ行きますね。あまり時間もなさそうなので。そうだ……」
ご令嬢は、立ち上がると天井を見上げた。
「お姉様! 18の誕生日、おめでとうございます! 言えなくなる前に伝えておきますね! では、失礼します……」
足音が遠退く。
「…………助かった。ミーシャ…… ありがとう…… しくじらないでね」
姫は、ただ漠然としていた。仕方がない。今の私に出来ることなんて無い。他の誰かに助けを求めるよりミーシャを信じる方が良い。だから、私の限られた時間、貴方に賭けるわ。ミーシャ……
"トンッ トンッ"
「リアナ様。ミリアです。お食事を持って参りました」
「…………」
僅かに、無言の時間が流れた。
「リアナ様? いらっしゃいませんか?」
「…………」
「……お休み中でしょうか? オルディボ様はいらっしゃいませんか? …………また、時間を改めて参ります。失礼しました」
足音が遠退く。姫は、ベットに寝そべると一心不乱に天井を見つめた。




