第九十一幕
姫は、思わず目を見開いた。
「身代わりって…… どういう意味?」
「そのままの意味ですよ、お姉様! 私が、本を持っていたことにするんです。明後日、皇帝陛下が戻って参ります。その時、私がやったと自首するんです。そうなれば、お姉様は解放され、私が身代わりに……」
「でも…… それじゃ貴方が……」
「言ったじゃないですか、本番はこれからですと。それに、本来ならミーシャは既に死んでいる身なんですよ。お姉様が、助けてくださったから今日まで生きていられた。ミーシャはそう思うんです。もしかしたら、お姉様はミーシャの守る為ではなく、ご自分の命の為にミーシャを助けただけなのかもしれません。……それでも、お姉様が守ってくれたことが本当に嬉しかったんです」
「……」
姫は、後ろめたい事でもあるのか言葉を詰まらせた。
そうだ…… この子の言っていることは間違ってない。私は、自分が死なない為にミーシャを生かした。その後のことなんて考えてすらない。ずっと思っていた。あわよくば、私の代わりに…………
「……何も言わないのですか? もしかして、図星ですか? お姉様!」
ご令嬢の態度は何処か落ち着いていて、余裕すら見えた。
「仕方ありませんよ。どう頑張ったってミーシャは死ぬしかないんです。未来が、操作し示しています。皇帝陛下は、時間をかけて自らの後継者を次々と消し去っているんですよ。二年前に、ミーシャの兄が亡くなったのも、きっと必然だったんです。そして、皇帝陛下が後継者最後の生き残りに選んだのは娘である、お姉様です。ミーシャではない…… ミーシャが、お姉様になれない限りミーシャの死は覆りません」
ご令嬢は、悲壮な表情を浮かべた。
「……まだ、チャンスはある」
姫は、突如、力強く応えた。
「時間ならあるわ。いつか、必ず貴方の両親は、この宮殿に来るはずよ。その時、今まであったことを全て話すのよ。そして逃げなさい! 貴方の家系は教会との繋がりも深い。上手く匿ってもらえれば、お父様だって下手に手は出せない……」
姫の、言葉に、ご令嬢は思わず笑みを溢した。
「"もう皆んな、死にました。お姉様……"」
「死んだ………… って…… どういうこと…………?」
「ミーシャ、当主になったんです。たった一人の、ミラノ家当主です。ですから、ミーシャには帰る所なんて無いんですよ。ここだけが、ミーシャの居場所……」
姫は、呆気に取られた。今まで一度として、そんな素振りは無かった。同情を誘うわけでもなく、ただ一人で抱えていた事実。姫は、固唾を飲んだ。
「ごめんなさい。嫌なこと、思い出させたわね」
「良いんですよ。もう、過ぎたことですから」
ご令嬢は、非常に淡々とした態度を見せた。
まさか、ここまで徹底しているとは思わなかった。いや、思いたくなかっただけかもしれない。実の娘を殺そうとしている人間が、親戚を手にかけられないはずなんてないのに……
「ですから、後はミーシャにお任せ下さい! どうにかしてみせますから」
「……そう。……ありがとう。ただ、一つ問題があるわ。私が、本を盗んだのは貴方が宮殿に来る前日のことよ。これじゃ貴方が盗ったなんて辻褄が合わない」
「大丈夫ですよ、お姉様。協力者がいたことにすれば良いのです。ほら、この宮殿内にはミーシャと交流の深い方々がおられるではありませんか」
「……まさか、礼拝堂の人達ッ」
姫は、扉に視線を向けた。
「ミーシャだって、簡単に死ぬ気なんてありませんよ。いくら皇帝陛下でも、教会が相手だと分かれば下手に手は出せなくなるはずです。もちろん、教会の方々に見捨てられればミーシャは終わりですけど。せめてもの悪あがきですよ、お姉様!」
「随分と大きな賭けに出るのねミーシャ。大変なことになるわよ……」
「はい…… ですから、お姉様に一つ協力していただきたいことがあるんです。お願いできますか?」
「何かしら……」
ご令嬢は、呼吸を整えてると、落ち着いた様子で話を始めた。
「私が、自首するまでの間、誰とも連絡を取らないで下さい。部屋からも、極力、出ないでいただきたい。……それを守っていただけなければ二人とも死にます」




